風邪
詩音は久しぶりに教室で、友人とお昼を共にしていた。
というのも、今朝、文美から「風邪を引いたので休みます」と、メールが届いたのだ。
お弁当も一つだけで、心配から普段よりも上の空気味だった。
「ねえ聞いてる?」
「あっ……先生の髪の毛の話ですか?」
「あー確かに数学の先生の髪の毛は――ってそんな話してないわよ! 私が訊きたいのは文美先輩とはどうなったかって話!」
「ご、ごしゅ――ごほんっごほんっ」
思わず文美のことをご主人様と呼びそうになった詩音は咳をして誤魔化す。その顔は少しだけ赤らめていた。
「んー? なんか怪しい……」
変なタイミングだったので友人は訝しそうに首を傾げている。
「べ、別に普通ですよ?」
「ふーん……でも毎日、お弁当を作ってるんでしょ? この前だって手を繋いで下校していたし、もしかして付き合っていたり……」
「ち、違います!」
確かに傍から見ればそう思え、詩音自身も文美と深い関係になりたい、と軽い願望を抱いていた。そのため、友人に言い当てられて全身に熱が帯びるほど恥ずかしそうにしてしまう。
「そっかそっか……」
「その意味深な頷きはなんですか?」
「いや、恋してるんだなぁーって……」
ニヤニヤとした友人の眼差しに、詩音の羞恥という火山は噴火し、口をぱくぱくとして顔を真っ赤にした。
「な、なんでそうなるんですか! だ、第一、女性同士は可笑しいです」
「んー? 最近はそうでもないと思うけど……」
近代になって性的マイノリティは淘汰される存在ではなくなってきた。少しずつ世間に認められるようになってきている。
詩音が見た映画だってそうだ。あれは女性同士の恋愛を描いた映画であり、その存在が同性同士の恋愛は普通だと示しているようなものだ。
「そういえば、今日は行かなくていいの? 文美先輩のところにさ」
「文美先輩、風邪を引いて休みなんです」
「へぇー……っていうことはもう連絡先は交換したんだ」
「か、揶揄わないでください」
「で、看病しに行くの?」
「か、看病って……そもそも私、文美先輩の家を知らないです」
「それは文美先輩に聞いたらいいじゃない。メールでも送ったら?」
妙案と言った風な友人を横目に、詩音はスマホを片手に迷う。
いくら風邪だといっても強弱がある。もしかしたら篤い病かもしれない。今頃、文美が一人虚しく、家で療養していると思えば、直ぐにでも駆けつけて看病してあげたかった。横に座って、頭を撫でながら、励ましてあげたかった。
誰だって病を患った時は心細いもの。普段よりも孤独感が強くなって、人肌を求めてしまうものだ。
その経験が幼い頃にあった詩音は狂奔し始めた。
「分かりました。確かに心配なので訊いてみます」
「その調子だよ。文美先輩は人気だから、どんどんアタックしないと誰かに取られちゃうよ?」
「あはは……」
相変わらずな友人に苦笑いを浮かべながら詩音はメールを作成する。
件名はお見舞い。内容は簡潔に『今日、お見舞いに伺ってもいいですか?』とただ一言だけ。これで了承されれば住所を尋ねるつもりなのだ。
暇を持て余してしているのか、以外にも返事は早く返ってきた。
「なんて書いてあった?」
「いや、来れるものなら来てみなさいって……」
挑発的な内容に、思わず二人は顔を見合わせた。
「これはあれだね。強がっているやつだ」
「そうなんでしょうか? でも、行きたくても住所が分かりません」
「そこは詩音が頑張るところでしょ?」
「うーん……どうしよう……」
頑張ると言っても具体的な方法が分からない詩音は腕を組んで唸る。
先生に訊いたら住所を教えてくれるだろうか? いや、しかし学年が違う生徒の住所を訊いたところで怪訝に思われるだけかもしれない。
それじゃあ文美と同じクラスの生徒一人一人に尋ねていくか? 三十人は居るどころか、上級生のクラスに乗り込むのは憚られる。
「あ、そういえば文美先輩は軽音部に入っていたらしいし、軽音部の人たちに訊けば分かるんじゃない?」
苦悩の末、差し込んだ一筋の希望は友誼に厚い友人だった。
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