デート

 さて、急遽決まったデートだ。当然、プランと呼べるものはなく、詩音自身デートの経験もなかった。拙速だと文美が満足しないのは明白で、取り敢えず時間を稼ぐことにした詩音は近くのショッピングモール内の喫茶店へ訪れていた。


「こ、此処のフレンチトーストが美味しいんです」


「そうなの……詩音は和、中、洋、甘、どれが好きなの?」


「え? そうですね……」


 和食、洋食、中華、甘味のことが聞きたいのだろうと察した詩音は軽く考える。


「甘味でしょうか……こうして喫茶店へ来ていますし……」


「そう……甘口のカレーが好きなの……」


「カレーの話だったんですか!?」


 静謐な喫茶店の中で、詩音は声を荒げてしまった。周りのお客から白い目で見られ、そこで漸く声が大きかったと肩を落として反省する。

 その一部始終を見ていた文美はニヤニヤとしていて、詩音は揶揄われたと巧まずして分かった。


「あまり揶揄わないでください」


「まあ良いじゃない。それより、私にも一口分けてもらえるかしら」


 コーヒーを嗜みながら文美は頼んだ。いや、命令に近いだろう。


「え、えっと……それって……」


 お皿に分ける、ではなくて俗に言うあーんという奴だろう。その証拠に文美は顔を突き出していて、ぷっくりとした形の良い唇がよく見える。

 先ほどのデートという発言もあり、必要以上に意識していた詩音はドキドキで胸が張り裂けそうになりながらも何とかフォークを彼女の口へと運んだ。


「うん、確かに美味しいわね。でも、やっぱり甘いわ。一口で十分ね」


「そうですか……」


 詩音の返事は上の空で、意識は彼女が使った後のフォークに向けられている。そう、このまま使用すれば関節キスなのだ。


 このまま使っていいだろうか?


 フォークを変えたとして、それはそれでご主人様はショックを受けないだろうか?

 考えた挙句、思考がオーバーヒートした詩音は顔を真っ赤にしながらフレンチトーストを完食した。

 そして、喫茶店を後にした二人は最上階にある映画館へと訪れた。普通に買い物をするのも良かったが、それにしてはショッピングモールだけでは心許なく、二時間ほど潰せる映画が最適だろうと詩音は踏んだのだ。


「映画館ね。久しぶりに来たわ」


「そうなんですか?」


「ええ。それで、何を見せてくれるのかしら?」


「えっとですね……」


 まだ決めていなかった詩音は映画ごとの上映時間が映された大きな看板を見て、万人受けしそうなタイトルを探す。

 そうして見つけたのは当たり障りのなさそうな、ありきたりなタイトルをした映画。恋愛モノらしく、落ち着いた雰囲気が文美に合っているだろう。

 それを視聴することにした二人はチケットとドリンクを購入し、指定されたシアターへと入場する。


 約二時間の映画。

 あまりの人気がないのか、空席が目立つ劇場の中、隣同士で座る詩音と文美。どこか居心地の悪さを感じつつも、なんだかんだデートを楽しんでいた文美は顔を綻ばせる。が、次第に顔色が悪くなっていた。まるで幽霊を見たかのように顔を白くして、文美の逆鱗に触れてしまうのかと冷や汗をかく。

 それもそうだろう。何故なら、映画の内容は女性同士の恋愛を主題にした、先鋭的な内容だったのだ。

 これには失敗したと詩音は頭を抱え、碌にストーリーを理解しないまま地獄のような時間が過ぎていった。





 映画を見終えた二人はベンチに座っていた。空気はどこか重く、詩音に至っては俯いたままで喋ろうとしない。


「ちょっと、さっきからどうしたの?」


 いつまで経っても悪びれている様子の詩音に、痺れを切らした文美は不機嫌そうに腰に手を当てた。


「ご主人様……ごめんなさい」


「何のこと?」


「その……変な内容の映画を見せてしまって……ごめんなさい」


 詩音は伏目がちに謝った。叱責されると無意識に身構える。

 しかし、思ってもいなかったことを謝られた文美は拍子抜けし、溜息を吐いた。


「あのねぇ、確かにあの内容は予想していなかったけれど、あれはあれで面白かったわよ」


「本当ですか? でも、私……私……」


 映画の主人公は同性であるヒロインに片思いしていて、恋を成就させていた。とても幸せそうで、詩音は羨ましく思った。私も、ご主人様とそんな尊い関係になれたら……と、乙女チックな考えをしてしまう。


「時間的にそろそろね。着いて来てちょうだい」


「へ?」


 突然、手を引かれた。

 繋いだ手から伝わる彼女の優しい温もり。詩音の中にあった戸惑いが安心感で拭われていく。

やがて、落ち着いた雰囲気の店が見えてきた。


「此処よ」


「ここって楽器屋さん?」


「そうよ。あのすみません、昨日、ギターを預けた者ですけど……」


 文美は店員へと話し掛け、詩音はその内容に耳を傾けつつ店内を見回した。ギターを始めてから、こういった楽器店に入るのは初めてで感慨深くなる。店内に掛けられたギターやベース、陳列されたエフェクター、色んなメーカーの弦、昔はどれも道端の石ころにしか見えなかったが、今となっては興味の対象、宝の山のように思えてしまう。

 色とりどりのピックを触って「どれがいいんだろう……」と、自分に合ったものを探していると文美が帰ってきた。背中には人質であるギターケースが背負われている。


「はいこれ……」


「えっと……どうして……?」


 何食わぬ顔でギターを返されて、詩音は首を傾げた。何かの罠かと猜疑心でいっぱいになりながらも、ギターを受け取っては過保護のように抱きしめる。


「頑張って楽しませてくれたじゃない。これはそのお礼」


「お礼?」


「そうね……近くの公園に行きましょうか」


 そう言って文美はスタスタと歩き出し、詩音は怪訝に思いながら後に続く。


 着いたのは言葉通り公園だ。狭いのが原因か寂れた様子で、人っ子一人いない。

 二人はブランコに腰掛けて、ギターを取り出した。


「どう? 弾いてみて」


「どうと言われても……あれ?」


 ギターを撫でて、言われた通り弾いてみた詩音は違和感を覚えた。自分のギターの筈なのに、全く知らない弾き心地。しかし、とても弾きやすくなっており、前よりも手に馴染み、弦が押さえやすい。


「色々と調整してもらったのよ。貴方のギター、メンテナンスしてなかったでしょう? 鳴りを良くするためか、弦高が高くされていたから……」


「そうだったんですか? 確かに、前よりも弾きやすいです」


 適当なコードが公園に響き渡る。

 調整されたギターは万全の状態で、本当に弾きやすくなっていた。その証拠として、今までぎこちなかったセーハも軽く出来てしまう。


「ご主人様……ありがとうございます」


 昨日、ギターを没収されたのは意地悪をだと思っていたが、文美は詩音のためにギターをリペアに出していたのだ。

 その事実に、感慨深くなった詩音はますますご主人様である文美に惹かれていく。


「私のために……嬉しいです」


「可愛い奴隷のためよ。この恩は百倍にして返しなさい」


 冗談なのか、本気なのか、ニヤリと笑った文美。また揶揄っているのだろう。

 天の邪鬼な詩音は本当に百倍返ししてやろうと心に決めた。もっと、もっと文美と親しく、深い関係になりたいのだ。

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