お昼休み
騒がしい教室。安心感を持てるほどいつも通りな日常の中で、詩音は隣の席の友人と共に昼食を食べていた。
「ねぇ! 詩音ってさ! 好きな人でも出来た?」
「っ!? ごほっ……ど、どうしてそう思ったんですか?」
耳元で囁かれ、詩音は口に含んでいたお茶を噴き出しそうになった。
「だって最近、上の空じゃん? 私がこうして話してるのに無視するし……」
「ご、ごめんなさい」
「それで? 好きな人は誰なのさ? このクラスにいるの?」
「ちょ、近いです」
腰に手を当ててずいっと迫られる。
背中には壁があり、逃げられないと悟った詩音は白状しようと諦めた。
「実は、気になる先輩がいて……」
「ほうほう……人気の先輩といえば秀樹先輩かい?」
「誰ですか!? というか恋愛から離れましょう!?」
いつまで経っても揶揄ってくる友達に、詩音はいい加減嫌気が差した。
「ごめんごめん……で? その先輩がどうしたの?」
「その、も、物凄くギターが上手かったんです……」
「あー……そういえば詩音はギターを始めていたんだっけ」
友達は納得してうんうんと頷いた。が、その目は相変わらずニヤニヤとしている。
「で?」
「で、とは?」
「いや、ただ上手かっただけじゃないんでしょ?」
「……なんていうのかな。ギターを自分の手足のように扱っていて、それでいて容姿端麗で……兎に角、美しかったかな。憧れちゃって……私もあんな風に弾けたらなぁーって……」
今でも脳内に焼きついているギターを抱えて黄昏ている彼女の姿。少し追想しただけで、詩音の頬は赤く染まった。
「ふーん……すっかりご執心って訳だ……」
「…………」
図星だった詩音は何か言えば揶揄われそうで、ただ俯くことしかできなかった。
「待てよ。もしかしてその人って……あの人?」
友達が指した先には中庭のベンチで昼食を摂っている彼女がいて、まさかの人物に詩音は釘付けになり、窓から身を乗り出した。
「そっか……やっぱりあの人なんだ」
「どうして分かったんですか?」
「此間少しだけ噂を聞いたんだよ。三十木高等学校三年一組にはコンテストで優勝した天才ギタリストがいるって……」
「そうだったんだ……」
道理であの腕前だと腑に落ちた詩音はゆっくりと着席する。その視線は未だに彼女へと注がれていた。
「名前は確か
「文美先輩……」
「まあ詩音が惚れ込むのも分かるよ。成績優秀で、運動神経もあるらしいし、文武両道って感じだよねー」
あはは、と笑う友達に苦笑いを浮かべて詩音は孤独そうに昼食を食べる文美を見つめる。
ブラウスの上からでも分かる小さすぎず、大きすぎない胸。折れるかのようなたおやかな腰。遠目からでも見て取れるモデル体型だが……
「文美先輩……コンビニ弁当なんだ……」
文美の食事がコンビニ弁当という健康に欠ける料理だったことに気づき、詩音は心配から胸に手を添える。
そんな時、不意に文美が顔を上げて、必然的に詩音と視線が合った。
「あっ……」
昨日に引き続き、今日も見ていたとなればストーカーだと勘違いされるかもしれない。そういった懸念から詩音は咄嗟にカーテンを閉めてしまった。
「今、視線が合ったね」
「どうしよう。絶対変な子だと思われた」
慮ってみればあからさまな行動だっただろう。カーテンを閉めたのは失敗したと思ったが、今更後悔しても遅い。
詩音は机に突っ伏して落ち込んでしまう。
「そうだ。詩音はギタリストになりたいんだよね?」
「ま、まあ割と本気だったりします」
「だったらさ! 先輩に弟子入りすればいいじゃん!」
「な!?」
その考えに行き着かなかった訳ではない。ただ無理だと決めつけて、思考の闇に葬っていただけなのだ。
それを掘り返された詩音は文美と師弟関係なった姿を想像してしまい、衝撃から思考がパンクしそうになった。
「そ、そんな弟子なんて……えへへ……」
「おいおい、だらしない顔になってるぞー」
「はっ!?」
我に返った詩音に、友達は呆れた笑みを浮かべた。
「まあ弟子になるのは決定だね」
「ちょ、ちょっと待ってください! そんなの頼める訳ありません!」
「頼んでみないと分からないでしょ?」
「そ、そうですが……」
「なら頼んでみようよ! 詩音だってギターで行き詰っているようだったじゃん!」
「うぐっ……わ、分かりました。私、文美先輩に頼んでみます」
いきなりギターを教えてくださいと頼み込んだとしても、一言で拒否されるのがオチだろう。
正直乗り気では無かったが、友人に背中を押されて、一度頼んでみようと詩音は思い立った。
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