百合色トニック
劣白
ギタリストの彼女は
賑やかな喧騒が広がる教室を、少しだけ煩わしく思った
白色のブラウスの上で揺れている紺色のネクタイは凛々しく強調され、階段を駆け下りる際、紺色のプリーツスカートはふんわりと広がる。
不意に詩音の耳朶を打ったのはベースが効いた重低音。その中にギターのディストーションやキーボードの軽快な音が入り混じり、リズム良くて、思わず足を止めてしまった。
「軽音部……私も入った方がいいのかな……」
此処、三十木高等学校には軽音部があり、入学したばかりでギターを始めた詩音にとって悩ましいことだった。
(入ればギターを教えてくれるだろうけど……別にバンドがしたい訳じゃないからなぁ……)
詩音は幼い頃、父がよく弾き語ってくれたことを憶えていて、それがきっかけでギターを始めたいと思った。だから高校レビューと同時に父のギターを譲ってもらったのだが、残念ながら師事する人はいない。
本屋で購入した教本を読んだり、ネットで調べたり、何とか独学で頑張ろうとしている最中だったが、心の何処かで限界を感じている自分もいた。
「はぁ……さっさと帰ろう……」
もやもやとする思考を隅へと追いやり、詩音は帰路に就いた。
涼しい風に、豊かな自然の匂い。夏の気配だ。この頃は気温が上がり、虫もちらほらと見かけるようになった。
見慣れた川を横目に、整備された河原を歩いていた詩音は不意に立ち止まった。
「この音は……ギター? あっ……」
辺りを見回し、見つけたのは河原へ繋がる勾配が強い階段に座り込んでいる女性。
腰辺りまで伸びた絹のような漆黒の髪。夕焼けによってきらきらと輝いている瞳。表情は夢という儚さを体現しているかのように哀しそうだ。
「綺麗……」
女性はギターを奏でていて、背景の川が煌めいている。まるで女神様のように美しく、詩音は見惚れてしまった。彼女が弦を弾く度、琴線に触れられているように錯覚し、不思議と胸が高鳴った。
感じた事のない感情に困惑する詩音。やがて、その戸惑いの視線に気がついた女性は手を止めた。
辺りを支配する静寂。
それを破るかのように彼女はニコッと微笑んだ。
「え、えっと……ご、ごめんなさい!」
居心地の悪さを覚え、人見知りを発揮した詩音は衝動的に謝って走り出した。
そして、彼女が見えなくなった曲がり角で深呼吸して息を整えた。が、脳裏に過るのは彼女の笑顔だ。
「綺麗な人だったなぁ……同じ高校だよね?」
思い返しただけで顔が火照り、身体を捩らせてしまう。
同じ三十木高等学校の生徒なのだろう。制服がそれだったし、慮ってみればどこか見覚えがあった。
「少なくとも同じ学年じゃないだろうし……先輩かぁ……」
年齢の割に高い身長。スラリと伸びる程よく筋肉で締められた手足。制服の上に浮かんだ豊満で形の良い胸。大人びた妖艶な色気から察するに三年生なのだろう。二年生の可能性もあったが、詩音はそう確信していた。
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