第6話VS乳酸菌飲料の営業 4−3

「うぅ…… ごめんなさい、心配かけてしまって」


 ひとしきり泣いてようやく落ち着いた。


「お前もアレか? 営業成績が全くで上司に詰められているってやつ……」


 この前、夏に保険会社のレディが来たときもそうだった。上から詰められてゼロ成績だったら殺されるってやつ。営業は大変だな。


「そうなんです…… 憧れのベンチャー企業に就職したと思ったら何故か営業に回されて、今に至るまで全く契約が取れないといった状況で……」


 そりゃそうだろ。あんな営業でどうやって顧客が契約に至るというのか。


「でも、それ以上に今日のこの寒さがとても耐えられなくて…… こんな暖かい環境を味わっちゃっただけに、自分の惨めさが一気に押し流れてきたって感じ…… つらいんだよぉ、寒い中新規開拓するの」


 メソメソし始めるレディだけどその気持ちはめちゃくちゃ分かる。めちゃくちゃわかるけど……


「そうとは言っても…… お前、それは流石にずるいぞ。散々引っ張っておいて泣きつくなんて。こんなん契約しない俺が悪者になっちまうじゃねえか」

「そうですよね…… すみません。私もまさか離れ間際にここまで情が乱れるなんて思ってもいなくて……」


「大体、俺が契約しないのってお前のことが気に食わないどうこうより、俺は決定権がねえんだよ。今日は親いねえし俺は未成年だし」

「分かってます。でも、ここの居心地がとても良くて……」


「でもここにいたらいたで契約取れねえぞ…… あと親が帰ってくるまで待つとかもナシだからな。最近ちょっと別の事で俺は痛い目を見てるからそればっかりは勘弁してくれ」


「うぅ…… 世知辛いです……」


 またもこたつに縮こまってしまうレディ。相当限界だったんだな。


「もう私無理だ…… 本当に体が動かないよ…… あの寒い中でまた回るって考えるとそれだけでもう体が拒否反応なんだよ。加えて会社は私の居場所なんてない…… 今日がゼロだったら間違いなく私深夜までやらされちゃう……」

「諦めるなよ。まだ午前中だぞ」


 ここにいればただただ無駄に時間だけが過ぎていくというのにな……


 だけどレディは虚な目でぼーっとして動かない。固まった地蔵のようだ。


「うぅ…… 私ってなんなんだろうね。一生懸命やってこのザマだよ。ほんと馬鹿みたい。成績がずっとゼロのままで挙句の果てにこんな高校生に慰められて…… 何やってるんだろ……」


 作り笑顔を作ろうとするけど、とても見るに耐えなかった。


「はぁ〜あ、どうしようかなぁ……」

「即座に帰れなんて言わねえから、自分自身で覚悟が固まったら帰ってくれ。俺はそこでゲームしてるから……」


 正直、今の俺でどうこうできる状態でないくらい精神的に参ってる。なんとかできるのは時間ぐらいだろう。



「あ、そうだ!」


 俺がゲームの電源をつけたと同時に突然大きな声を上げ、俺は身を起こした。


「売木君! 売木君がいるじゃない」

「待て、それ絶対よからぬ考えだろ!」


 もうすでに悪い予感しかいない。大体こう言った時に俺の名前が出てくることは相場が決まっている。俺に外れクジを引かせるつもりだ!


「ちょっと待って。まだ私は何も言ってないわ」

「もう大方予想がついてるんだよ!」


 俺の反駁はんばくにレディは「黙って聞いて」と指示してきた。


「売木君ならきっと、契約が取れると思う。だから…… 私の代わりに……」


 思った以上にふざけた内容だった。流石に俺はここまで予想していなかった回答だ。まさかの、俺を代わりに新規開拓させるという鬼畜極まりない発言であった。


「無理無理無理無理!! こんなクソ寒い中俺を回らせる気なのか!! それが命を助けた俺に対する仕打ちなのか!? もう一回考え直してくれ」


 こんな寒さじゃ俺もすぐに凍えて死んでしまう。俺の身体なんて他の同世代より遥かに脆弱ぜいじゃくに仕上がってるんだぞ、その辺りを配慮してくれ!


 まして俺なんて営業経験のないごく普通の高校生だ。あまりにも無茶な発言につい大きく拒絶してしまう。


「お願いします! 一生に一度のお願いです。人を助けると思って! 1件だけだから、1件だけで私は救われるの!」

「お前その1件に齷齪あくせくしてるじゃねえか! 俺が出たところで無惨な結果に終わるなんて分かるだろう?」


 追い込まれすぎて自棄やけになってるなコイツ…… 俺が何度も拒絶してもコタツの机に額をつけて繰り返し頭を下げられる。客にそれやらせる度胸があるコイツをここまでにさせるなんて、なんちゅう会社だ…… 俺自身も恐れ慄いてしまった。


 ま、マジかよ…… 絶対無理だぞ……

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