第5話VS乳酸菌飲料の営業 4−2
「あ、ありがとうございます。生き返りました」
こたつに入って数分。俺のあげた暖かいお茶とともにセールスレディの息が吹きかえった。
「んじゃ帰ってくれ」
そんな俺の一言に「コイツマジかよ」みたいな顔される。ふざけるな、それは俺のセリフだ。
「わ、私はまだ死んでます…… もう少しここで……」
「さっき生き返ったって言わなかったか? 長居されても困るんだよ」
俺の言葉は一方に無視しコタツでわざとらしくぬくぬくし始めるセールスレディ。お前の家かよ。
「売木くぅん…… お腹すいた」
こたつに突っ伏しながらそんなことを呟き始めたぞコイツ…… なんで俺がこんなやつに飯食わせねえといけねえんだよ!
あ、そうだ。
「丁度いいや、この前庭で死んでいたネズミが確か下のゴミ箱に……」
「何を食べさせようとしているんですか。こういう時は決まってコーンスープとか暖かい飲み物でしょうが。だから彼女がいないんですよ、貴方は」
うっわ。命と共にあの生意気な口調も復活してきやがったぞ。なんでこんなにふてぶてしいのか俺が問いたいくらいだ。
「んなもんねえよ! 注文して出てくると思ったら大間違いだ。俺ん
「仕方ないですね。おや、あそこに美味しそうなフロマイティがあるじゃないですか」
もう少し遠回しに所望しろや。律儀に人の家の食品を指差しやがって。他の家だったら間違いなく犯罪だぞ。
「あ〜あ、フロマイティ、美味しそうだなぁ〜 お腹すいたなぁ〜」
「ぜってぇやらねえ。あれは俺の宝物なんだ」
しまったな、上がられる前に隠しておけば良かった。
「うぐっ、空腹で死にそう」
こたつでジタバタし始めるレディには大変苛立ちを覚える。俺は茶番に付き合う気なんて全くないんだけど。
遺憾の意を感じるところであるが、あまりにもうるさいのでフロマイティを与えてやった。贅沢にもホットミルクまで用意しろとか言い出すし、俺はお前の母ちゃんじゃねえんだぞ。
「なかなかの味ね。見直したわ」
満足そうにキリッとした表情でそんなことをほざきだす。今更何しようが、もう取り戻せないぞ。
「なんでそんなに上から目線でいられるんだよ。餓死しそうだったくせによく言うぜ」
「そういえば自己紹介、まだしてなかったわ──」「いい!!」
俺がレディの言葉を遮る「?」みたいな表情を浮かべる。
「お前の
「え、ちょっとせめて自己紹介ぐらいさせて! じゃないと帰らないわ!」
堂々不退去を宣言しやがって。お前帰れよ!
ただ、今の俺には一番キツいことを言われてしまったため、これを言われると素直に耳を傾けるざるを得なかった。
「私の名前は
「コブラ飲料? 聞いた事ねえな。あ、今の発言は決して御社に興味を示したものではねーからな」
「安心して、私は人の言葉の揚げ足を取らないタチだから。曖昧返事で契約合意させようなんて気はさらさらないわ」
安心する要素など一つもないのだが。ってか飲料ってことは何かジュースでも買わされるんか?
「それよりも会社名聞いたことないって言ったわね。弊社に興味を持っていただいて何よりだわ」
「お前、さっき言ったこと全く聞いてねーだろ! マニュアル対応染み込みすぎだろ!!」
「ふざけないで。私はそんな型にはまるようなやわな人間じゃないわ」
「そうだよな! 型にハマってたらこんな状況、普通帰るもんな!!」
おもいっくそ皮肉をぶちかましてやる。できればこれに
流石に営業やってる奴の図太い神経には響かなったようでレディは淡々と続けようとする。
「我が社は実は最近立ち上がったばかりのベンチャー企業なの」
「さっさと
「それで、主な事業は飲料の製造と販売で……」
「不祥事でも起きねえかな。あ、今のこの状況が既に不祥事か!」
「ちょっと! 黙って聞きなさいよ、客風情がゴチャゴチャうるさいわね」
毒を吐く俺を、暴言で静止しようとするレディ。命を助けた俺がアイツにとって客風情程度になってるなんてあまりにも腑に落ちない。
「主に弊社が販売しているのは『乳酸菌飲料』なの」
よりにもよって乳酸菌飲料かよ!
ベンチャーがやる新規事業にしては随分と真新しさがねえんだな。そんなの我が国でぶっちぎりのシェアを誇る会社があるじゃねえか。
って言おうとしたけどまたアタけられそうなので黙っておこう。
「そして私はその新規開拓営業を任されている! いわば貴方の『お腹をすこやかにする使者』なのよ!」
バァーンと謎の決めポーズをされる。痛々しくて見ちゃおれん。コイツ…… なんか拗らせてるな。さっきから僅かだがそんな雰囲気を感じたけど。
「だっせえ名前。何が貴方の『お腹をすこやかにする使者』だ。『お腹が満たせない死者』の間違いだろ。現に餓死しそうだったし」
お、この皮肉には彼女に相当聞いたようで「くっ……」とかなり悔しそうな顔をしている。『お腹をすこやかにする使者』がレディのアイデンティティだったか?
「まぁいいわ。貴方にはもれなく弊社新商品の半年契約をしてもらうから」
「ぜってえしねえぞ」
「どうしてよ。しっかりと週に一回私が来て配達するのよ。男だったらこんな可愛い女の子に週一で来てもらうなんて嬉しいことこの上ないでしょ?」
さも当たり前かのように馬鹿みたいなことを言ってくる。酔ってるだろコイツ……
「んじゃ、喜ぶ男ん所行けばいいじゃねえか。俺は残念ながら
わざと強調してやる。正直年齢なんてどっちでもいいけど、最も合理的な反論だと思ったので……
「くっ、このアリコンが! 私はとんでもない者と出会ってしまったようね」
どの口が言うだ、馬鹿たれが!
「とりあえず。断る断らないはさて置いて、一度弊社の乳酸菌飲料をご賞味いただけないかしら。飲んで気に入らなかったら私も諦めて帰るわ」
正直、すっごく飲みたくない。すっごく飲みたくないけどコイツの口からようやく「帰る」というワードが出てきて今俺は無茶苦茶迷ってる。
『諦めて帰るわ』…… うーん、この言葉。あまりにも魅力的すぎて……
負けた。
「……分かった。一回ソレを飲みゃいいんだな」
それで適当に「まずいっ」って言って諦めて帰ってもらおう。
「そうだ、そうと分かれば話が早いぞ少年!」
俺の言葉に目を輝かせゴソゴソとバックの中から一本の乳酸菌飲料を取り出した。サイズはそこまで大きくないけど、ベンチャー企業の品だけあって店頭では見かけないパッケージをしていた。
「これが我が社で販売している『ヴェノム
明らかに飲み物につける名前じゃねえぞ! ヴェノムって意味分かって付けてるのか? なんちゅうひどいセンスしてるんだここの会社は。
「ヴェノム……」
名前からしてもうヤバそうだ。賞味すらも嫌になってくるぞ。
「そう! ヴェノムゼクス! カッコよくないか!? 私が名付けたんだぞ」
でしょうね! 一会社内にこんな奇人が何人もいてたまるかってんだ。善良な他社員に風評が及んでしまって申し訳ないが、コイツに名付けさせるのはどうかしてるぞ。
とは言ってのヤバそうなのは名前だけあって、中身は至って普通そうだ。
なんか、目の前で時間が経過するにつれて飲む気が失せてきそうなので俺は勢い任せにグビッと一口で飲み切った。
「ど、どうだ……?」
まるで合格発表を控える受験生みたいな顔でこっちを見てくる。
味は…… うーん、不味くもなく美味くもねえかな。薄味なんだよな。簡単に言えばビミョい。やっぱ大手だわ。
「あんまり…… だな。どうも俺の舌には合わなかったようだ」
「そ、そうか……」
それを聞いてしゅんと萎れてしまうレディ。不合格を食らった受験生のようだ。
「残念だったな。いくら自慢の商品であっても舌に合わなきゃ仕方ねえだろう。ということで諦めて帰ってくれ」
「……分かった。自分で言ったことなんだ……」
流石に自分で提言したことだったので諦めて帰ろうとこたつに入りながら荷物をまとめはじめるレディ。
おしゃべりだった先程とは異なり黙って哀愁を漂わせながら片付けているので、どうにも居心地が悪い気分になる。俺の部屋なのに。
まぁ、俺みたいな高校生相手に営業かけたって見込み無いことなんてはなっから目に見えてたことだろう。
そしてレディがバッグに荷物を全てしまい。いざ立ちあがろうとした時……
「……」
「ん? 出口はあっちでトイレはそっちだぞ。ちゃんと水に流せよ」
なんだかぐずってるので俺が案内するも、レディはこたつに身を埋めたまま固まって動かなくなってしまった。
「……だ」
「ん?」
「嫌だ! はなれたくない! 帰りたくないよ、売木くん!」
ブワッと大粒の涙を流し突如としてわんわん泣き始めた。なんてやつだ! この機に及んで泣き出すなんて。
「嘘だろ、お前自分で言ったじゃねえか。俺の舌に合わなければ大人しく帰るって!! 今更そんなに泣かれて情に訴えるなんて流石に卑怯だろォ!」
「分かってるよ売木くん。あの時は帰るって決めてたの。本当だよ…… でも…… こんな暖かい部屋味わってまたあの寒い外に出るってこと思ったら…… 耐えられなくなっちゃって」
「ただの寒がりじゃねえか! 会社に戻ればいいじゃねえかよ!! 今日は寒いんで明日やりますって言えねえのかよ」
こたつを濡らされても困るのでとりあえずティッシュは与えてあげる。
「それができたら、苦労しないよぉ…… そんな帰る会社があったら、あたしもこんなにならないって!」
もう滅茶苦茶だ。澄ましたキャラも崩壊してるぞ。
「助けてよ〜 売木君!」
「落ち着け落ち着け! お前は情緒不安定か!」
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