第4話VS乳酸菌飲料の営業 4−1
どうも皆さん、そろそろ俺の名前を覚えたかな?
ところで最近寒いね、寒くない? そうでもないか。
だって、俺の部屋は暖房がしっぽり効いていて寒さ知らずだからねえ。あ〜あ、今日も寒い寒い、とてもじゃないけど学校なんて行く気も起きやしないぞ。
外も北風が猛烈に吹いておりこんな日…… 絶対外出ちゃダメだろ。良い子はお家で暖かくしてましょうね、俺みたいに。
ということで、ゲロッグ社の珠玉のシリアル食品、『コーンフロマイティ』にホットミルクをかけて心も体もぽっかぽかの状態で一日のスタートを切ると致しますか……
あいも変わらず粉雪のように美しいシュガーがとても眩しい。宝石みたいだ!
その上に暖かいミルクだぞ、不味くないわけがない。こんな食品を作ってしまった米国ゲロッグ社は本当に罪深い存在だと思っている。
さて、余談はここまでにして…… そろそろ頂くとしますか。
一口食べると幸せが広がるんだ、これが…… くぅぅ!
やはり本場アメリカ育ちの穀物はワケが違いますなぁ。フロマイティからアメリカンソウルをひしひしと感じるぜ。
この美味しさはしっかり口に出して実況してあげないと流石にフロマイティとその製造会社であるゲロッグ社に申し訳が立たなくなるが、俺一人室内でボソボソ言ったって仕方ねえだろう。心の中でしっかりとこの気持ちを噛み締めるとしますか。
ハァ〜 この舌から伝わるアメリカの荒野、鉱山、そして絵にも描けない美しさ。こんなの再現できる食品なんて世の中に『コーンフロマイティ』以外あるのだろうかねぇ〜 あぁ…… テキサスの空が見えてきたぞ。
ドンドンドンッ
ん? なんだ? 誰かが扉をノックしてるのか……? 誰だよこんな時間に…… 俺は通販なんて頼んでねえぞ。無視だ無視。
どうせ碌なやつじゃないだろう。そんなの目に見えてる。
ドンドンドンドンドンッ!!
なんだよコイツ! インターホン使えよ! わざわざノックなんて古典的な手法を使おうとせずに横にあるボタンを押せよ! 押しても俺は出ねえけどな。出ねえけどまずインターホンだろ!
ドンドンドンドン!!!!! ドンドンドンドン!!!
「うるせーよ! ドンドンドンドンと! 俺の家の扉をぶっ壊す気か! 今は誰もいねーんだから諦めて帰れや!」
あんまりにもうるさすぎるので痺れを切らした俺はおもいっくそ力を込めて扉を開けることに…… 根負けしたんじゃねえぞ、近所迷惑になるからだ。平穏な住宅街は故もしれぬ人間に脅かされちゃたまんねーだろうが。
「って……」
目の前には赤い営業服をきた黒髪ぱっつんの小柄な女性が立っているじゃねえか。やっば、明らかにセールスだぞこれは……!
「こんにちは、今お時間ございますか? 売木さんのご家族で是非ともご賞味していただきたい商品がございまして──」
「今間に合ってるんだ! 俺は『フロマイティ』以外賞味しないタチなんで諦めろ!!」
相手の会話が全部終わらないうちに扉を閉めようとするが「ちょっと、待って!!」と言われながら無理やり開かされた。なんて力だ……
「待ってください売木さん! せめて、最後までお話しだけでも……!」
「嫌だね! 俺は今無茶苦茶忙しくて今にも死にそうだったんだ。セールスの相手なんてしてる暇ないの!」
「嘘つかないでください! 平日のこの時間に貴方みたいな高校生がいるだなんて。明らかに不登校じゃないですか。絶対暇ですよね!」
こ、コイツ…… なんてことを言い出すんだ。俺は不登校じゃねえぞ、寒いから学校に行っていないだけで、断じて不登校じゃない! 行く時は学校にちゃんと行くぞ、今日は気分が乗らないだけだ!
「やることなんてゲームや漫画以外に何かあるんですか? どうせ勉強もしてないだろうし」
「うるせえな! 暇でも俺は忙しいの、少なくともお前の話を聞いている時間なんてない! ってかなんだよ、初対面の相手にズバズバ言いにくいことを矢の如く放ちやがって」
「図星ですか? 図星なんですね?」
なんでコイツ煽ってきてるんだよ! セールスだろコイツ…… 俺が年下だと分かって馬鹿にしてるな……
こんなやつ、かまってるだけで労力の無駄だ。そっと扉を閉じて……
「だから待ってくださいって! 最後まで話を聞いてくださいよ、売木さん!」
「いやいやいや、俺を煽っておいてそれはねーだろ! ってかセールスなら多少なりとも客にゴマすっていい気分にさせろよ! この展開でよく話を聞いてもらえると思ったな!」
「それはもちろん、耳があれば馬鹿だって話は聞けますからね」
「んだったら他所いけよ! 何しに来たかわかんねえけど、俺は買う気ねーからな。俺を相手するだけ時間の無駄だぞ。おらシッシ」
俺が手で追い払うとセールスレディは「ぐぬぬ……」と悔しそうに歯を見せる。ザマァみろ、お前なんかが客に物売れてたまるかってんだ! 俺じゃなかったら確実に暴力沙汰だった。むしろ俺の海のように広く、深い心持ちに感謝をしていただきたい気分だ。
再度扉を閉めようかとノブに手をかけた時、冷たい北風が大きく吹いてきた。おぉ、さみいさみい、こんなところにいたら凍えて死んでしまう。さっさと閉めよう──
「へっきゅん!」
目の前の女性がくしゃみをした。なんだか格好も寒そうだし、こんな中営業周りなんて大変なこった。同情はしねえけどな!
「ほら、寒くなってきたし閉めるぞ。風邪ひかねえようにお前も今日は諦めて帰社したらどうだ?」
俺が心温まる言葉を差し伸べてやったにも関わらず、前方セールスレディはブルブルと肩を震わせていた。
「うぅ…… 寒いです。売木さん…… 助けてください……」
顔を真っ青にしながら脚もかなりガクガクしている。よく見れば唇が紫色になっているではないか……
「って、そんな同情を誘う手口で家に上がりこもうたってそうはいかないぞ。いるんだよなあ〜 そうやって情に訴える奴。残念だったな、俺みたいな若者じゃなくてもっと年寄りが相手だったらそれが有効だっただろうに」
「うぅ…… さ、寒いよぅ…… ぐすっ……」
生意気だった先程とは打って変わって泣きそうな顔になり始める。なかなか芸達者な奴だ。まるで本当に寒すぎて泣いてるように錯覚してしまうぜ。本当に残念だ、高齢者相手だったら絶対に効いていたと思うけどなぁ〜
「寒かったら公園の土管を案内してやるからそこで凌いでくれ。段ボールもあるからそれでなんとかしろ」
「な、なんでそんなホームレスみたいな…… うぅ、無理だよぉ」
声を震わせながらなんとか声を振り絞ろうとする姿がとても上手だ。とても演技とは思えないなぁ。
「もう、だめ…… 私げんか──」
彼女はそう言い残しふらぁっとよろめき倒れそうになる。
ごめん、肩貸しちゃったよ。だって玄関の前で凍死されたら困るじゃん。一応俺の家の敷地内だし、公道にほったらかしたら死体遺棄として疑われてしまうからな……
「おぉ、マジかよ! 死ぬならよそで死んで…… って冷た!」
ふと触れ合った彼女の手がかなり冷たかった。これはガチで死にそうな奴じゃん。むしろよくさっきまですました顔をしていたなコイツ。
「す、すみません……」
「おいおいおいおい……」
マジでやむなく、やむなーく俺の家のコタツに案内してやった。
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