第2話VS保険レディ 3−2

「ほらよ、水だ」


 とりあえず冷蔵庫内で冷えていた飲料水『ゐろはす』をコップに入れてレディに渡す。


 すぐさまぶん取られすごい勢いで飲み干された。


 嫌らしくも「もう一杯!」というので仕方なしにやる。わざわざ冷蔵庫の『ゐろはす』なんてあげる必要なんてなかったな、適当に水道水で良かった。今になってその点は後悔だ。


 プハァーとどこぞのCMみたいに飲み干すとレディは「うっぷ」となんとも言えない声を出した。


「ふぅ…… 生き返りました、死ぬかと思いました。ありがとうございます。」

「あ、あぁ……」


 正直俺はドン引きだ。すでに出会いがアレだし、ビールみたいに人の水グビグビ飲みやがって…… 俺の家は居酒屋じゃねえぞ。 


 しかしながら彼女自身はなかなか小綺麗な格好をしている。

 如何にもオフィスレディみたいな感じで、ビシッとスーツで決め、大手保険会社の営業であるだけに顔立ちも悪くない。


 見た目だけで判断すれば、仕事ができそうなイメージを持つが……



「用は済んだんだから帰ってくれ……」

「ちょ、ちょっと冷たくない君!? 今にも死にそうだった人だったんだよ私、もう少しこう…… 看病とかさ、『大丈夫かい? 君が辛いことは僕にとっても辛いんだ……』とか言ってお粥とか作るとかしないの!?」


 冷たいのは水だけにしてくれ。


 あとなんだその謎の展開は。俺を美少女漫画のヒーローか何かと勘違いしてないか?風邪じゃねえんだから、お粥なんて作らんわ。ふやけたシリアル食品ならよこせるが……



「まあいいわ、本当にありがとう売木さん。あれ、君いくつ? 随分若くない?」


 嘘で答える労力も惜しいので正直に「16」と回答する。


「え、高校生なの? あれ、今日は学校休みなの? ってかご両親は?? というかさあ、部屋広いよね、高校生なのに、いいなあ、私なんてさあ……」


 実によく喋る香具師やしだ、帰っていただきたい。


「って、そういえば私の自己紹介はまだだったわね、売木君! 私の名前はみなもと 聖穂せいほ マムシ生命、北支店営業第一課所属よ。主に保険の新規開拓を軸に営業活動しているわ!」



 聞いてもいねえのに名前と所属を聞かされ、欲しいと言ってねえのに名刺を渡された。



「ふーん。そんな生命保険のレディが客前で水不足によって死にかけるなんて洒落になんねーな。あ、洒落になるか、死亡保険が降りるし……」

「洒落にならないわよ! なんてことを言うの!?」

 

 まあ、保険は事故が起きないと支払われないしね。


「あ、今『全く、じゃあどうして客前で死にそうになったり、水不足で脱水症状になりかけたりするんだ? 俺は気になってしょうがないんだが……』って思ったでしょ売木くん!」


 ビシッと指されてそんなことを言われるが、俺は微塵たりとも思っていない。強いて言うなら「帰ってくれ」の一言ぐらいしか思っていないぞ。


 当然のことながらそんなことを心に浮かべる俺は置いて話し始める。



「実は、私… 今年度入社してずっと新規開拓をしていたんです……」


 話し終えたら満足して帰るのかな? っと思ったので黙って聞くことにする。とても苦痛な時間であるが気が済んだら流石のレディも支店に戻るだろう。


「しかしながら、恥ずかしい話、私は全く契約が取れず毎日上司から怒鳴られ、同期と比べられては罵声を浴びての辛い毎日を過ごしていました。あぁ、華の保険レディになれると思いきやこんな辛い毎日…… 正直精神衛生上も良く無い…… そんな中のことです」


 じゃあやめろやと思ったけど言わない。話がさらに長くなりそうなので。


「私の会社は業績連動型の給与を取っていたため、遂に私の給与は0円となってしまいました。そして、現在財布の中はカラ…… そして今朝蛇口から確保した最後の水は水筒に入れたのですが、街中で出会したヤンキー同士の喧嘩の武器として私の水筒が使われて、こんな有様に……」


 ゴソゴソとカバンの中から水筒を出してくる。水筒なんて立派なものじゃない、ただのラベルレスペットボトルだし、武器として使われたのか知らないが、ペットボトルが破けてしまっている状態だ。

 あんなの武器にできるのか……? 相当火力が低いと思うのだが……



「そして、この近辺では蛇口もなく、あるのは側溝だけ。そして今日の暑い気温も相まって、営業活動中に私の身体は限界を迎えてしまいました」

「そして今に至ると…」


 明らかに営業活動できるような状態でも無いのによくやるぜ……


「いや、限界なのは私の身体だけじゃない、私の成績も限界で……」


 ま、まずいぞ! 成績の話が始まりそうだ! この流れは阻止せねば!



「いーや! 入んねえぞ! 同情誘ったって無駄だって言っただろ!」

「ど、どうしてそんなこと言えるんですか!? こんなにも辛いのに、売木くんのケチ! いけず!」


 よよよと泣き出してしまった。正直演技かも怪しくなるところだ。最近の新規開拓はこんなにも手が込んでいるのか!?


「いやいやいや、間に合ってると言ったし、俺未成年だぞォ!」

「保険料は若ければ若い程安くなります。 今後の人生に置いて絶対損はありません!」


「そういう問題じゃねえって! クッソ、家に上がらせた俺がしくったか!!」

「な〜ん〜で〜! 本当に損させないし、減るもんじゃないし!! 入ってよぉ〜 売木君!!」


 涙を流しながら俺に抱きついてくる。 こんな力技の営業をかけてくるのか!?

 

「離せ離せ! 全く、とんでもねえ奴だ。」


 正直、見た目は普通の女性なので抱きつかれた時、一瞬ドキッとしてしまったが慌てて我を取り戻す。


「ふぇ〜ん、売木君、助けてよぉ…… 私、もう上司に怒られたくないし、来月もまた給料が0円だよぉ〜」


 泣きじゃくる保険レディ。演技かどうかはさて置いて少しだけ気の毒になってしまった。

 来月の給与が0円って、どんな会社だよ。大手なのに中々の力技だな。


「は、はぁ? そんなのお前が営業成績悪いのがいけないんだろーが! 給料が無いなら借金すればいいじゃねえか… 」

「そんなこと、わかってるよぉ、でも…… 今日契約が一件もなかったら今度こそ私、上司に殺されちゃうよ。もう、本当に嫌なんだよ、一生懸命やってるのに、毎日、毎日、毎日、ふぇ〜ん」


 保険会社も大変だな。マジで適性を見極めて入社しないと彼女みたいになってしまうから……


「もう諦めろや、そういう運命なんだって、意を決して帰社しろや。何も生命までは取られねえんだから… 仕方ねえじゃねえか、営業ってそんなもんだろ!? 数字だけしか判断されねえんだから…… 」


 俺が言い切ると、レディは俯いたまま声を殺したまま啜り泣く。 


「俺みたいな高校生にセールスしたって厳しいのなんてわかってるだろ!? そこまで自棄になってるなら高齢者を騙してでも契約を結ばせるまでしろよ!」


 自分の主張に対して、反論もせずただ啜り泣きながら聞いていた。



「けど、けど、けどぉ! 売木君だってそこまで人でなしじゃ無いから分かるでしょ!?」


 涙をため込みながら俺に訴えてくる。



「私、小さい頃から保険の営業に憧れていたんだ。大きな会社の社長や、勇退した方々に対しおじける事なく提案していくその姿に心を惹かれて…… そしてようやく幼い頃からの夢を叶えられると思ってこの会社に入社したの。だけど…自分だって分かっていたよ。あんなカッコ良く振る舞える保険レディなんてごく一部なんだって、自分には営業の才能がないことだって十分分かってるよ。でも、何か、何か奇跡が一つでも起きないかなって毎日頑張ってきたの!」


 知らねえよ、そんなこと…… マジで…… 俺にどうせよと……



「んで結果がこの有様じゃねえか! どうしようもねえだろ! 憧れもあるかもしれないけど、数字取れねえと生活できないぞ! そもそも今の段階で水に困ってるなんてこの先も知れてるだろォ! 気持ちも十分に分かるが現実見ないと死ぬぞ、今日みたいに!」


 ついつい熱くなってしまう。まあ、立派なこと言ってるかもしれないけど俺なんて学校すらめんどくさくて最近通って無いことは内緒。



「そんなこと、重々承知しているよ! でも私は分かるんだ、売木君なら絶対私を助けてくれる!! 口では私に対して色々言っても最後には助けてくれるって分かるの!」


 なんで初対面の人間でかつ、会ってからそう何分も経ってないのにこうも自信を持って言えるのだろうか、やはり俺は騙されているのか!?


「マジかよ、どんな神経してたらそんな領域に至れるんだ!?」

 

 もう疲れてきた。



「お願い〜 せめて話だけ聞いて! 絶対売木君ならなんとかしてくれるはず!!」





……根負けしてしまった、何度も抱きついてくるし、腕からしがみついて話さないし、泣くの辞めないし…… マジで困ってるんだな、コイツ……

 

 やべえだろ、マムシ生命。

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