第12話 連休初日の夜のイン
今夜の津嶋家の夕御飯は、ちょっとしたご馳走だった。ゴールデンウィークにどこにも連れて行ってあげれない罪滅ぼしにと、両親が気を遣ったのがその理由。
上握り寿司の入ったお皿が、テーブルの中央にデンと置かれていて。後は生ハムのサラダや酢の物や、いつものお惣菜が彩りを変な方向に添えている。
瑠璃の作った品も並んでいて、ややアンバランスなのは仕方が無い。
その代わり、デザートにはケーキが買い置かれてあり、ポットにはコーヒーが沸いている。家族の人数分より多い分は、明日お隣さんと食べなさいと言う事らしい。弾美も瑠璃も、甘い物は結構好き。
もっと言うなら、甘いものを食べている幸せな時間が好き。
夕食も滞りなく終わり、テーブルの片付けも済んでしまうと、母親の恭子さんがさっそくケーキをお皿に分けて行く。津嶋家の両親は、2人ともお酒を嗜む習慣がないので、記念日を作っては食後のデザートがテーブルに出現する事が実に良くある。
今日は良く分からないが、連休に休めなかった残念記念日らしい。恭子がそう宣言して、家族全員にコーヒーを注いで行く。
良い匂いだねと、呑気な父親の言葉。
父親の目の前のお皿には、可愛らしい苺のショートケーキが。それを黙々と食しながら、恭子さんの会話に適当な相槌を打つ瑠璃の父親。
割と厳しい顔付きの瑠璃の父親だが、家庭では威厳や存在感が極端に低下する。母親の恭子さんが、極端にインパクトの強い性格のせいかも知れない。
「あ、8時だ……インしなきゃ」
洗い物の手伝いをしながら、今日あった事を母親に話していた瑠璃は、弾美に言われていたオン会の約束を思い出す。今日は昼間に色々あったので、うっかり忘れそうになっていた。
面倒なので、いつものように1階の予備モニターを使う事に。メイン画面では父親が野球を見ている。母親が洗い物を終え、話の続きを聞きたがって瑠璃の横に陣取った。
ペットショップでの顛末が、余程面白かったようだ。
「店長さんは、基本寂しがり屋なのねぇ。一緒にイベントを予定してた人が旅行に行っちゃったから、誰か身近な人に構って欲しかったのよ、きっと」
「そうかなぁ……? でも、仕事放っぽり出してゲームするのはどうかと思う」
「それで、お人好しな瑠璃は、明日も店のお手伝いするの?」
「ん~、ハズミちゃんが行くって言ってたし、明日も行くかなぁ? あ、明日は一緒に押し花展行く事になってるの」
母親の恭子は、2人の仲の良さを知っているだけに、微笑ましいとは思いつつ。付き合い方が恋人のそれではなく、まるで兄妹みたいな態度なのにやきもきしていたり。
自分が焦れても仕方が無い事だが、瑠璃の色気の無さに少々いただけない思い。
「弾美ちゃんと出掛けるなら、ちょっとはお洒落しなさい。あなたももう年頃なんだから!」
「ん~……でもお出掛けは近場だし、コロンが抱きついて汚すかも知れないし」
ああ、なんて色気の無い会話! 父親がリビングで耳をそばだてているのを無視して、恭子は女の手練手管を伝授し始める。
瑠璃は不思議な顔をしつつも、母親の言葉を受け流して行く。才女との噂の母親は、時々訳の分らない事を口走る癖があるのだ。
『遅いっ、みんなもうインしてるぞ!』
ファンスカのメイン世界では、既に全員がインして瑠璃を待っていた様子。ギルド内の会話が盛んに飛び交い、盛況な雰囲気を醸し出している。弾美が瑠璃のログインを察知し、ルリルリに文句を言った後、全員揃った事を告げる。
総勢10名、今日はサブメンバーも全員参加してのオン会らしい。
『ごめんなさい、お母さんが張り付いて何だかんだか言って邪魔するの』
『……恭子さん、隣にいるのか?』
『今はいない、お風呂沸かしに行った』
一瞬だけ、弾美が物凄く安堵した顔が脳裏に浮かんだ。瑠璃の母親は、恐らく弾美をもの凄く気に入っているのであろう。
一旦捕まえたら平気で長話に持ち込んで、2人のスケジュールなどお構いなしである。そのため弾美は、少々瑠璃の母親を苦手としている。
瑠璃が父親を尊敬するのは、あの母と付き合う忍耐力によるものが大きかったり。
久々の大人数でのオンライン会は、ギルマスの弾美の発言により統制を取り戻していた。架空の自室にいたり、別々の場所にいたメンバーが、集合場所を告げられ集まり始める。
普段はどちらかと言うと活発でお調子者の弾美だが、何故か同年代から厚い人望がある。集団を纏めたり揉め事を仲裁したりするのが、嫌味が無くてとても上手いのだ。
小学生の頃は、6年を通して半分以上は学級委員長に推薦されていたのを瑠璃は思い出す。取り立てて勉強が出来るタイプではないのに、妙に先生からの信頼も厚いのだ。
不思議な事に弾美が委員長に選ばれるたび、副委員長の座が瑠璃に巡って来る。それはセットのように、同じクラスの時はほぼ必ず。
そんな弾美の運営するギルド『蒼空ブンブン丸』は、前回の限定イベントでは5位入賞を果たし、一躍人々の知る所となった。
中学生のみの構成で上位に食い込んだ事が、どうやら街の人々の関心を買ったらしい。
高校生や大学生の運営する大型ギルドからも、それから次第に声を掛けられるようになって。何度か共同戦線を張って、超大型モンスターの縄張りへと出向いた事もあったりして。
かなりドキドキの体験だったが、とても面白かったと言うのが皆の感想。集団戦闘は疲れるし、互いの息が合わなければ途端に全滅に追い込まれる特性があるのだが。
それでもまたやりたいねと、たまに計画が持ち上がる。
今夜はそんな上級者が出向くような狩場に、初心者マークがやっと取れた程度の、静香や茜、それより少し前に入った進の弟と弘一の妹――2人とも小学生6年生――を招待しようと言う意図らしい。
レベルが足りない分は根性でカバー、上級者は進んで庇って散るように!
いかにも不安そうな初心者組と、妙な盛り上がりの上級者組。瑠璃の心情はその中間、それでも頼ってくる静香と茜は死んでも守らなければと、やっぱり変なハイテンション。
エリア移動する前から、あっぷあっぷの状態である。
進のキャラのシンが、出掛ける前にちょっと情報提供の時間をくれと提言した。慎重タイプのサブマスの進は、盛り上げるだけ盛り上げて肝心な所は根性論の弾美とは違い、丁寧な段取りや細かな注意事項を、いつも必要に応じて語ってくれる。
性格がそうさせるのか、運営の細々した取り決めは進が担っている。今もイベントの為に買い置きしていたポーション類を弟に配分を頼みつつ、狩り場での注意点を述べていた。
少しでも皆の生存率を上げようとの、気配りの行動である。
『それから、これは今日の狩り場探検とは関係ないけど、ここ数日で皆から集まった期間限定イベントの情報だな。
ギルドでもパーティがばらばらになってるけど、今後の参考にして欲しい』
みんなの持ち寄った情報を纏めると、こんな感じらしいと進はレポートを読み上げて行く。後でホームページを運営しているC組の弘一が、箇条書きにしてアップすると明言。
ここら辺の分担も、幼馴染みならではかも知れない。
*あらゆる中立エリアは、2時間縛りの影響を受けない。何時間インしていても大丈夫。フレンドとも通信可能で、同じイベントエリアの別ステージにいる者とも、たとえメイン世界にいる者とも通信は出来る。
ただし、エリア攻略中はパーティ内での通信以外は不可能である。
*ステージ2~3は2人パーティ、4以降は3人パーティでの攻略との噂。それより少ない人数での攻略情報もある。それ以降の情報は、まだ入って来ていない。
最終的には、6人パーティでの攻略ではないかとの噂あり。
*同じエリアに1時間滞在で、NMが湧く条件を満たすと考えられる。それ以降は30分か? 恐らく全部のエリアに存在するが、アスレチックエリアは確認した者おらず。
ドロップ品には性能の良い防具が多いため、スピード攻略が無意味なら狙うべし。
*スピード攻略した者には、それなりの褒賞が貰えるらしい。妖精にクリア後に話す事で、装備品や薬品セット、更にはギルや金のメダルが貰える事がある。
逆に、同じエリアで何日か足踏みすると、妖精に装備品が貰えたとの報告があるので、最速攻略にものんびり攻略者にも、妖精はプレゼントをくれるとの推測が成り立つ。
妖精は邪険にしない様に、常に話し掛けるのが吉。
*メイン世界とは異なり、スキルPの振り分け+10ごとに武器も魔法もスキル取得が可能のようだ。エリアボスからの術書のドロップは、今の所ほぼ確実の様子。
合流出来たら、ギルド内で必要術書の交換をするのも良いかも。
*エリア攻略中に2時間が経過したら、HPが徐々に減少して行く仕様になっている。この状態は15分ごとに酷くなるので、2時間過ぎのエリア攻略は自粛するべし。
更に、イベント限定のライフP制も大事なので確認しておく事。ライフPはスタート時に2個所有し、死亡するごとに減って行くが、ステージ攻略によって増えて行く事もある。
ステージ4到達で、+1Pの増加を確認。
*メイン世界でも見掛けない仕掛けやモンスターが、多数登場しているのは周知の事実ではあるけれど。期間限定イベントが終了した後に、バージョンアップでメイン世界で公開される予定があるとか無いとか噂されている。
今後のバージョンアップ情報は、要注意である。
*期間限定のイベント実施期間は、今回は4週間という長さ。1日のプレイ時間に2時間縛りが存在するとは言え、異例の長さである。
故に、今度のイベントは最速でのクリアプレーヤーが優勝とは限らない可能性がある。それとも、攻略の難易度がやたらと高いのかも知れない。
なお、今回の優勝賞品は未だに発表されていない。期待して良いのやら?
レポートの合間に、へ~とかお~っとか、質問などが飛び交ってはいたが。長い情報の羅列が終わって、やはりみんなが気になるのが今後の展開と賞品の未公開だったり。
最後に進は、今後も引き続き情報の提供を求む、他の学生ギルドには負けないよう頑張ろうと言って報告を終了。その言葉に、おーっと合いの手が上がるのは、若者独特のノリの良さか。
お互いに、限定イベント頑張ろうと称え合う仲間達。
『弾美の方は、ステージ4からパーティ編成どうすんの? こっちは幸い、仲間割れする事無く3人パーティ結成出来たけど……』
『あ~、3人目のパーティー員か……そこは適当に探すかなぁ? まあ、晃の離脱で
『全然よくねえっ!!』
実は、C組パーティの2人に異変と言うか災難が発生して。片割れの晃の方が早々とライフポイントを2つ喪失して、何と3日目にしてイベント資格を失ってしまったのだ。
それでもパートナーだった弘一は、何とかかんとかステージ4までソロでの到達に成功。こうなってはもう、後悔もやり直しも不可能と言う結論に達した弘一は。
進と淳のパーティに合流して、更に高みを目指す事に。
この3人のギルド員は、実は既にステージ4の攻略に取り掛かっており。つまりは、弾美と瑠璃のパーティとはかなり差が開いてしまっている現状だ。
そんな状況が、良い事か悪い事なのかは別として。どちらかでも優勝圏内に入って欲しいとの思いは、ギルド全体の偽らざる思いでもある。
ある意味別々の方法での攻略は、共倒れにならない分良い案かも?
『静ちゃんと茜ちゃんは、今ステージ3だっけ?』
『そうだけど、今日1回目の全滅しちゃった……クリア無理かも~』
『難しいよね~?』
静香と茜も、イベント参加はしているが苦戦している模様である。連休中はイン時間が割と自由に選べるので、各々空いている時間を模索しながら進めているらしい。
ギルド会話はそれから、これから先の展望や、まだ知らされていない賞品の推測などに移って行った。妖精の話にしか未だに出て来ない魔女とは、一体どんな奴なのかとか。
更には、ステージの長さは一体どれだけあるのかとか。
賞品がイベント開始時に知らされていない事態も、今回が初めてである。もったいぶっているのか、まさかまだ決まっていないって事は無い筈。
まぁ、それはさすがに無いだろう。期間の長さを考えれば、演出の可能性が高い。徐々に発表して、気を持たせる作戦なのかも知れない。
まさしく、期待して良いのか悪いのかさえ良く分からない。
ギルド『蒼空ブンブン丸』主催のオンライン会は、ようやく雑談も一段落着いたよう。進の案内で、全員揃って狩り場に移動を開始する運びに。メンバーの半数は、未体験の狩り場に揃って不安とドキドキ感でいっぱいになっている様子だ。
弾美が今日は晃の残念会だと明言したので、道中は離脱した晃への慰めと叱咤激励の言葉が飛び交う事に。お気楽な一行に、進が何度注意を呼びかけても効果は皆無。
そんな、襲ってくれと言わんばかりの隙だらけの集団に。
案の定、地中から不意に現れた大型モンスター。襲い掛かられた集団は、阿鼻叫喚の慌て振りよう。ベテラン陣が咄嗟にタゲを取って、何とか最初のコンタクトでの死者は出さずに済んだのだが。
不意に始まる戦闘だったが、異変に気付くのもやはりベテラン陣が先だった。
雑魚ではあり得ない、大量のHPと凶悪な各種スキル技に戸惑う一行。これはエリアボスくさいぞと、通信での確認がなされて行く。
それに呼応して、ベテラン冒険者一同は嬉々として自身の得意な武器を振るい始める。滅多に出会えない大物に、燃え上がらない方が嘘である。
もしかして全滅するかもって危機の中、一瞬の情熱を精一杯に体感しつつ。
――ギルド『蒼空ブンブン丸』のメンバー達は、今日も元気である。
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