第10話 ゲームに関わる者の休日の過ごし方



「でね、静ちゃんと茜ちゃんの発表会は中学生の部だから連休中にはさせて貰えなくて、もっと後なんだって。その代わり、大人の発表会があるから、それを聴きに行くって」

「んじゃ、明日はオフ会無理だな。やるとしたら6日の最終日かなぁ?」


 時間は休日の朝の10時過ぎ、小さい折りたたみ机を挟んで座っている2人。弾美と瑠璃は時折談話を交えながらも、一応真面目に勉強会を開いていた。

 クラスは違うが同じ中学校、連休中の課題がちょびっとずつあるのだ。後顧の憂いを無くすために、早い内に片付けておこうと言う瑠璃の提案だ。弾美にしても、否は無い。

 弾美は教科書の英訳を延々と、瑠璃は数学か何だかの問題集をやっつけている。


「ピアノとか弾けたらいいよねぇ? ハズミちゃん、今度一緒に習いに行こうか?」

「やだよ、あいつら1日2時間とか平気で練習してんだろ?」


 正確には、発表会前はそのくらい以上は、余裕でするらしいのだが。静香と茜は普段から練習熱心らしく、ピアノ教室をズル休みしたという話は全く聞かない。

 弾美は前もって進に念を押されていた、オフ会の日程を瑠璃に相談していたのだが。瑠璃は彼女達のスケジュールを思い出しつつ、思い切り脱線した話題を振って来る。

 習い事など、ゲームの時間がなくなるだけだと弾美は渋い顔。


「イベントの賞品が音楽ホールの貸切とかだったら、私は絶対静ちゃんと茜ちゃんにコンサート開いて貰うけどなぁ。2人とも凄く上手だし!」

「どんな賞品だ、それはっ。俺はまた商品券とか図書券で、充分嬉しいけどなぁ」

「あ~、私もそうだなぁ……そうだ、後で本屋に寄ろうよハズミちゃん」

 

 本の虫の瑠璃は、図書館で3冊も本を借りているにも拘らず、平気でこんな事を口にする。実際学校の得意科目は数学などの理系なのだが、好きな科目は国語などの文系なのだ。

 文芸部に所属してから、週に平均4冊は本を読む。自他共に認める、立派な活字病である。そんな系統の好みから、オールラウンダーの才女が誕生したらしい。瑠璃の学校の成績は、母親が自慢するまでもなく、とても優秀である。

 全国模試でも、一度凄い点を取った事もあるのだ。




 外はようやく気温が上がり始め、開け放した窓からの風の通過が心地良い。連休初日の天気は上々の様子で、外に遊びに出るには本当にもってこいだ。

 ケーブル通信の気象情報によると、連休中は大きく天気は崩れないとの事。各家庭に必ずある、パネル式の簡易伝達情報末端システムは、慣れた者には超便利。こういう日常の瑣末事から、いざと言う時の災害時まで、利用者に迅速な情報を提供してくれるのだ。

 ここら辺は、モデル都市ならではのシステムだ。


 作動した事は無いが、防犯システムもケーブル通信で制御されている。これも最先端モデル都市の試験導入、各家庭に使用されており、一旦不法侵入者を感知すると、平均5分で警備会社から警備員が駆けつけるらしい。

 治安も万全な大井蒼空町、犯罪発生率もかなり低いとの統計もある。


「お昼どうする、ハズミちゃん? ウチに材料あるから、私作ろうか?」


 11時を過ぎた頃、瑠璃が何気なく話題を振って来た。母親から連休中の特別お小遣いを貰ってはいたのだが、外で食事するよりも本を買ったほうが特だと瑠璃は考えるタイプ。

 ちなみに、弾美の所有するコミックや雑誌類も、瑠璃は全て読み漁っている。更に自分が面白いと思った本があったら、わざわざ弾美の部屋に置いて帰る手の懲りよう。


 そして、そうやって強引に貸した本は、感想を聞くのを絶対に忘れない。弾美の読書癖は、実は瑠璃によって形成されたとも言える。

 まぁ、当たりの本を探すのは大変だし時間は有限だ。それを勝手にしてくれる存在がいるのは、本当は有り難い事なのだろうけど。

 お蔭で弾美の国語の成績も、平均以上をキープ出来ている。


「あっ、母ちゃんが瑠璃と昼飯でも食えって、お小遣いを台所に置いてったらしい。折角だし連休の初日くらいは、外食にしようか」

「私も特別お小遣い貰ってるから、折半でいいよ、ハズミちゃん?」

「朝飯代払うの面倒だから、今度は俺が昼飯奢るでいいだろ?」


 結局は、弾美の意見が通ってそう言う事になった。お昼までは勉強したり本を読んだり、休憩にちょっとファンスカのメイン世界にインして進達と情報交換したり。

 連休の初日で学校の課題を全て終わらせてしまった弾美は、ちょっと得した気分である。瑠璃が隣にいると、何故だか勉強の進度は容赦ないハイペースになるのだ。

 理由は定かではないが、子供の頃からの刷り込みではないかと弾美は推測する。


 その後、弾美はテーブルの上でお小遣いの1万円札を発見し、有頂天になってみたり。これだけ軍資金があれば、連休中は思いっ切り楽しく過ごせるであろう。

 進達とのオフ会が少々ハードになっても、これだけあれば恐らく平気。


「マロンとコロンを連れて行くか? 食べれる場所決まっちゃうけど」

「ん~……アーケード通りなら、ペットショップ近いから、あの子達預けられるかな?」

「そうだな、一度戻るのも面倒だし、そうするか」


 そんな訳で、2人は取り立てて着替えもせずに、お昼過ぎには兄弟犬を従えてアーケード通りへと歩き出した。しっかり家に鍵をかけ、カバンや財布も忘れずに。

 住宅街の人影は、いつもよりは確かに多かった。休みを取れた家の主が、愛車の掃除をしていたり、庭で寛いでいる姿もぽつぽつと見える。窓際に布団を干している家も結構多い。

 平均的な休みの風景の中、2人と2匹は歩を進めて行く。


 2匹の大型犬は、行くべき場所が分るのか、一度も道を間違わずに駅前の通りへの道を選択する。いつもの散歩道とは真逆なのに、なかなかに侮れない能力である。

 小学校の頃は、容赦なく一緒に遊びに連れ歩いたものだ。友達の家に行く時も、連れて行って庭で放置して2匹で遊ばせておく。


 外で遊ぶ時は、鎖を外して一緒に駆け回るのが定番のパターン。そこまで元気になれない瑠璃が一緒だと、彼女が犬の世話係に回る感じだ。

 そんな接し方から、生まれた能力かも知れない。


 大井蒼空町の駅前の広場は、平均より広く小奇麗な造りに設計されている。何しろ、人待ちやバスの乗り継ぎなどで、街の施設でも利用頻度の高い場所である。

 半分はレンガ造りの洋風な駅の建物は、外見もお洒落で立派かも。そんな似たような構えのビル群を、統一感を示しつつ脇に従えるように建っている。


 その駅の向かって右にアーケード通りへの入り口が存在し、その入り口の通りの外れの一面に、オープンカフェの洋食屋さんが存在する。

 弾美達が犬を連れての散歩の途中でも、一緒に休める事が出来る、ここら辺りで唯一のお店だ。ペットショップと獣医さんにも、割と近いところがミソ。

 寄った帰りに、お茶したり出来るのだ。


 幸い、通りに面したテーブルが空いていたので、2人は迷わず自分の席を確保する。マロンとコロンも、白い丸テーブルの下に、勝手にのそりと陣取って行く。

 小学生の頃、学校が終わった後など散々連れ回ったせいか、2匹は騒いで良い場所と駄目な場所を的確に感知出来るようになっていた。


 例え人の視線が多い場所でも、2匹は動じる事無くおとなしく待機モードに移行出来る。賢さとは、様々な経験の中から培うものだと、瑠璃は2匹を見て思ってしまう。

 しかし今は、そんな事よりオーダーが先だ。お腹がきゅーきゅー鳴いていて、早く空腹を満たせとせっついて来ている。


「ん~、朝にサンドイッチ食べたから、スパゲティ食べたいなぁ。でも、パスタは犬達に分けてあげられないしなぁ……」

「俺がチキンバケット頼むから、瑠璃は好きなの頼めよ」


 自分が奢ると言った手前、瑠璃には好きにオーダーする権利がある。弾美はそう言ってオーダーを通し終えた後、寛いだ感じで何気なく周りの景色を観察しに掛かった。

 知り合いの顔は見つけられないが、学校の体育系の遠征なのか、揃いのジャージ姿の一団が少し離れたテーブルで食事している。恐らく高校生だろうか、地元の学生とは違うデザインだ。

 朝に散々身体を動かしたと言うのに、弾美はちょっとうずうず。

 

「あ~、そう言えば連休始まったんだねぇ。どうりで賑やかだと思った!」

「どっかの運動部が遠征に来てるな。他の街の人から見たら、この街どう見えるのかな?」


 恐らく変わった街に見えるであろうと、2人は思う。街の基礎設計段階から、色んな分野の専門家が意見を出し合い、採算度外視のテストケースで創られた街。

 それがモデル都市、大井蒼空町なのだ。


 住民も、初期に入居する家族は厳しく選ばれた者達だったらしく、今もその名残りは存在する。知能の高い子供達の数が潜在的に多く、街ぐるみでそれを伸ばすような教育方針が義務教育の時点から見え隠れしている。

 傍目には、楽しく自由に授業をしているようにしか見えないのだが。


 ランチが運ばれて来て、2人はさっそく空腹を満たし始める事に。途中、給仕さんの目を盗んで、素早く鳥の肉片がテーブルの下の2匹の口の中に消えて行く。見つかったら怒られるので、弾美もちょっと必死だ。

 瑠璃も何食わぬ顔で、黙々と食事を続ける。


 食後の飲み物を口にする頃には、遠征軍らしき高校生の一団は席を立っていた。2人の隣を通る時『この街でしかプレイ出来ないオンラインゲーム』の話題が、彼らの口にのぼっていた。

 ファンスカは、他地区の学生にとっても余程好奇心をくすぐる異世界らしい。


「……今の人達、ファンスカの話してたねぇ?」

「意外と知名度高くてビックリだな! そう言えば、ゲーセンにファンスカのキャラグッズ置いてるの知ってたか、瑠璃?」

「えっ、そうなの? それっていつの間に!」

「よく知らないけど、弘一がつい最近見つけたって。クレーンゲームの景品らしい」


 その話を聞いた瑠璃は、驚き顔で弾美を見遣る。どうやら初耳らしいが、ゲームセンターになど滅多に立ち寄らない瑠璃なら、知らなくて当然かも知れない。

 弾美もクレーンゲームやぬいぐるみにあまり興味が無いので、そっち系にお金を使った事はほとんど無い。仲間との付き合いで、ゲーセンに寄った時にちょっとたしなむ程度である。


 ギルドメンバーで一番よくゲーセンに通うのは、やはり帰宅部のC組ペア、晃と弘一の2人であろう。その割には、ゲーム全般を通して得意なジャンルが無いと、仲間内では良く揶揄からかわれているけど。

 好きと上手は、一致しない良い例かも知れない。


「……後でちょっと、寄って見ていい?」

「おうっ……んじゃ、出ようか」


 そのお店でお勘定を済ませると、2人はちょっと離れたビル群に向かう。アーケード沿いではなく、その通りに90度交差する感じの、駅前通りと呼ばれるメイン通りである。

 人通りも割と多く、当然だが駅を利用する人の7割近くがこの通りを利用する。


 駅の反対側は、住宅街やビル街は全く無い。ほとんどが倉庫街だったり、途端に田舎の風景になったりである。アーケード通りを通勤や通学に利用する人も、殆どいない。

 つまりは、集客立地条件の良い通りと言う事だ。


 駅から数分離れた場所に、2人の目的地のペットショップ『マリモ』がある。結構広い店舗で、ペットショップの癖に動物の数がやけに少ないという変わったお店だ。

 子犬や子猫の展示はほんの数える程、鳥や爬虫類の数もそこそこ。殺風景に感じる反面、動物の入ったゲージが山積みにされて、商品扱いの雰囲気はお店のどこにも無い。

 それがある意味、このお店の売りである。


 その代わり、熱帯魚を始めとする水槽の数はやたらと多かったりする。それから、ペットフードや各種ペット用品の置き場も、そこそこスペースを取ってある。

 一番多く場所を取っているのは、犬や猫との『ふれあい広場』で、15畳近くはゆうにある。専属の癒し系ペットは何匹か存在するのだが、お客が展示されている以外の子犬や子猫を買おうと思ったら、このお店ではまずモニターで欲しい種類を確認しないといけない。


 ペットは生物、店頭に置くと人件費や食費、売れ残りのリスクなどを背負う事になる。衛生面や体調にも気を遣わなければならないし、鳴き声だってもちろんする。

 そんなマイナス面を省いて、モニターディスプレイで表示するのがマリモ方式である。


 5面あるモニターは、ひっきりなしに子犬や子猫の可愛らしい映像を写している。お客さんが気になる種類がいたら、パネル操作でその犬なり猫なりの特徴や性格を呼び出して調べる事も可能である。

 即日持ち帰りは出来ないどころか、場合によっては数ヶ月待ちになる場合もある。直接、信頼のおけるブリーダーさんのところに出向いて、子供を選んでもらう場合もある。

 ここまで来ると住居探し並みの苦労だが、昨今のペット飽和事情を考慮する姿勢は、概ね町民に理解を得ている。


 おまけにマリモの店長さんは、隣のビルで獣医をしている姉の影響もあるのか、簡単なペットの健康診断までしてくれる。弾美いわく「人当たりが良く、傍目にはまともな人」である。

 ふれあい広場の癒し効果も相まって、客足は平日でも割と多い。それでも営業中に、店内のモニターを利用してオンラインゲームにインする店長は、ある意味立派だと言える。

 もちろん、嫌な方向にではあるのだが。


「こんちは~っ、店長! ちょっと買い物してくるから、その間犬達を預かってて!」


 マリモの店に着くや否や、弾美は元気に挨拶してマロンとコロンを連れて店内に入る。大柄な店長は一瞬ぱっと顔を明るくさせたが、再び2人が店を出ていく姿を見て思わず文句を口にする。

 その落胆具合は、オヤツ抜きを宣言された子供のよう。


「そんなっ、休みの日はお店忙しいんだよっ! 手伝ってくれてもいいでしょっ!?」

「1時間したら戻ってくるよ~」

「ごめんなさい、本屋に寄る間この子達を預かってて下さい」


 軽く手を振って、弾美はそ知らぬ顔でお店を後にする。瑠璃はちょっと可哀想に思ったが、考えてみたらこの店に正規に雇われている訳でもない。

 ちょっと春休みに、店内のディスプレイ変更や配達の手伝いをした程度である。いつもお店で2匹の餌を買ってるのとファンスカでの縁で、親しくはしているのだが。


 マロンとコロンは事情を察知したようで、飼い主に早く戻って来てねと愛嬌たっぷりの一瞥をくれて。それからのんびりと、店内を闊歩し始めた。

 その姿は、まるでこの店の主のよう。





 ――店長の権威など、どこ吹く風のマロンとコロンだったとさ。








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