第9話 ステージ2のエリアボス
「おっ、初めての獣人だ。気を引き締めろ、瑠璃」
「あっ、本当……ゴブリンだ~、気をつけないと!」
部屋の敵を発見した2人の言葉は、警戒レベルに合わせてやや緊張していた。ファンスカでも知性のある敵は厄介で、特に平気で魔法やスキル技を使ってくる獣人の類いは、低レベルでも強敵の部類に入るのだ。
ただし、彼らなりの文化を持っているせいか、ドロップが豊富なのが嬉しい点。
1匹倒す毎に必ずHPを全快させる念の入れようで、部屋の獣人を駆逐して行くハズミンとルリルリ。それでも一度は魔法の詠唱を止め損なって、ハズミンのHPが激減。
炎の魔法に焼かれて、2人で大慌ての一面も。
瑠璃は悲鳴を上げながら、水スキルの回復魔法を唱えに掛かる。戦闘中に回復魔法を飛ばすのは、実はこれが初めての試みだったり。
これまでは、そこまで切羽詰った場面は訪れてなかったのだ。弾美も超接近戦を仕掛けて、敵ゴブリンの追撃を何とか阻止する事に成功。
「魔法は怖いっ! おっ、ゴブリンが服を落としたな……これで端切れシリーズから卒業か?」
「怖いね~、私も服欲しいけど……もうすぐボスの筈だから、ハズミちゃんが先かなぁ?」
「防御力が3つも上がるしな、じゃあボス戦だけ借りておこうか」
オートマップの地図の完成度から、あと1部屋が精々と2人は見て取ったのだが。案の定、次の部屋は今までと全く別の造りになっていた。
精巧な石の細工の、どこか神殿を思わせる壁と石畳の間が拡がっていて。しかし、見渡す限りでは敵の姿が見当たらないのが逆に不気味かも。
気合いを入れ直して、そんな最終部屋へと乗り込む2人。
「仕掛け部屋かな、敵がいないねぇハズミちゃん?」
「……鏡と、足の位置を置く印があるな。瑠璃、導き出される答えは?」
「……ドッペルゲンガー?」
ファンスカでは、結構有名な鏡の仕掛けである。当たり外れ式のトラップと言うか、当たりが本当にあるのかは誰も知らない嫌な仕掛けで。
外れで、作動させた本人のドッペルゲンガーが湧くと言うのは周知の事実。
ちなみに、湧いたドッペルゲンガーは、他人から幾ら攻撃を受けようと反撃して来ない。自分を湧かせた本体をひたすら殴り、取り憑き殺すという厄介な存在なのだ。
つまりは、湧かせたキャラが常に的になると言う事で。
そんな訳で、ハズミンが印に乗っかり、ルリルリは少し離れた場所で待機の運びに。一瞬の間の後、仕掛けが作動。鏡の割れる音と同時に、ドッペルゲンガーが出現した。
どうやら今回の仕掛け、否応無しにこいつと戦闘となるようだ。闇属性のオーラを発し、ハズミンと同じグラフィック姿のドッペルゲンガー。
影のような容姿は仕様で、どの属性キャラが湧かしてもどの道闇属性の敵でもある。但し、装備は分身の方が良い物を装着している模様なのが狡い。
そして闇を纏った迫力と共に、分身の攻撃がヒット!
仕様の金縛り中に一撃を受けたハズミンが、怒涛の反撃を開始する。敵の攻撃も重く、武器の射程も攻撃間隔も一緒なので、回避が上手く取れないのがネックか。
かなりの熱戦が繰り広げられたが、そこは2人パーティの底力がモノを言って。最後はやはり、縁の下の瑠璃の回復が勝負の明暗を分けた。
勝ちを決めた瞬間、弾美と瑠璃は思わずハイタッチ。ドロップ品には、初期武器よりは上等の片手剣や闇の術書など、良い物がちらほら含まれていて。
これには確かに、興奮の歓声も上がろうと言うモノ。
「むっ、俺のキャラの分身だから片手剣落としたのかな?」
「そうかも~……あっ、ハズミちゃん! 鏡の割れたとこ、通路になってるよ」
ぽっかりと空いた鏡の後ろの空間に、確かに薄暗い通路が見て取れる。2人がいそいそと入って行くと、すぐに行き止まりになっていて、正面の壁に小さなレバーが1つ。
弾美はそのレバーにカーソルを合わせ、選択ボタンをゆっくりと押す。瞬間、短いイベントCGが挿入されて、どこかの扉の閂が1つ取り外された映像が流れた。
映像が終わった後、2人のキャラは元の中立エリアに戻されていた。
「一面クリアか~、掛かった時間は40分くらいだな」
「うん~、もうすぐ8時だね。……ちょっとサンドイッチ食べる」
緊張が解けたら、思い出したようにお腹が空いて来た。瑠璃は朝食を取りながら、ちょっとお行儀悪く、コントローラーを弄って自分のキャラの装備チェック。
弾美も追加のハムサンドを食べながら、ルリルリにトレードを申し込んで来た。さっきの部屋で取得した皮の服や指輪を、どうやらこちらに融通してくれるようだ。
ルリルリは有り難く受け取って、いそいそと着替えタイム。何しろ操作の下手な点は、装備でカバーしないと。一部屋クリアしただけなのに、結構装備が充実して来た気が。
レベル1からの育て直しは、考えてみれば新鮮かも?
名前:ルリルリ 属性:水 レベル:08
取得スキル :細剣11《二段突き》 :水14《ヒール》
装備 :武器 粗末なレイピア 攻撃力+5《耐久8/10》
:耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1
:胴 皮の服 防+6
:腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4
:指輪1 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1
:指輪2 水の指輪 水スキル+3、精神力+1、防+1
:背 皮のマント 防+2
:両脚 皮のズボン 防+4
:両足 ゴーレムのブーツ MP+5、防+4
ポケット(最大3):中ポーション :小ポーション :小ポーション
NMドロップの指輪を弾美に融通して貰ったお陰で、水スキルが14まで上がった。前衛に必要な防御力も、先ほどのエリアでの取得で少しはマシになった気がする。
後は、メイン世界では割とポピュラーなMP+の装備が、もうちょっと欲しいと思う瑠璃なのだけれども。まだまだステージは序盤、この先に期待だとはやる心を抑えてみたり。
今日の攻略も、あと1時間以上残っている。
「ハズミちゃん、ちょっと装備見せて」
「ん……今、着替え終わった」
ハズミンも、今の休憩時間で入手した武器などを装備し直していたらしい。瑠璃に見せるため装備ウィンドウを開いて見せた後、紙パックの牛乳を口に運ぶ。
バスケット部員だけに、弾美が自分の身長を常に気に掛けているのを瑠璃は知っている。いつか訊ねてみたところ、牛乳は一日に1リットルは必ず飲むらしい。
弾美の成長期は、キャラも含めてまだまだ伸びしろ充分の様子。
名前:ハズミン 属性:闇 レベル:08
取得スキル :片手剣16《攻撃力アップ1》
装備 :武器 シミター 攻撃力+10《耐久12/12》
:耳1 妖精のピアス 光スキル+1、風スキル+1
:胴 端切れの服 防+3
:腕輪 炎の腕輪 火スキル+3、知力+1、防+4
:指輪1 皮の指輪 防+2
:指輪2 皮の指輪 防+2
:背 皮のマント 防+2
:両脚 なめしズボン 攻撃力+1、防+5
:両足 皮のブーツ 防+3
ポケット(最大3):小ポーション :小ポーション :小ポーション
指輪やブーツで防御力は格段に上がったが、やはり瑠璃に較べて勝るのは攻撃力の高さであろう。前衛への慣れもあるが、殲滅スピードなど瑠璃は全く敵わない。
弾美は食べ終わったサンドイッチのビニール袋を片付けると、次のエリアに続く階段へとキャラ移動。瑠璃も慌てて口の中のパン切れを嚥下し、ルリルリを従わせる。
慌ててる瑠璃を見て、弾美はのんびりと声を掛けた。
「待っててやるから食べ切れよ。次はどんなエリアかな~?」
結果を言ってしまうと、最初に入ったエリアと全く同じ構造、全く同じ敵配置だった。弾美はこの手抜きにブー垂れながら、新しく入手した片手剣でどんどん敵を駆逐して行く。
武器の攻撃力が上がったせいか、攻略速度が最初に入った隣の部屋とは格段に違う。瑠璃は必死に後についていって、弾美の殴る敵に標準を合わせ、何発か攻撃を入れるのがやっと。
楽は楽だが、達成感はちょっと物足りない。
防具のドロップも、最初の部屋と同じくらいで1~2個がせいぜい。ボス部屋に辿り着くまでに、弾美も何とか皮の服を入手に成功する。
これで弾美も、初期装備を脱する事が出来てご満悦の様子だ。レベルもエリアの最初で9に上がり、もう少しで10が見えて来た。
「レベル10で種族スキル覚えるんだっけ? ボス倒す前に覚えておく、ハズミちゃん?」
「そうだな、今インして30分くらいだから……後30分ほど、雑魚倒して回りながらNM湧くかチェックしてみようか。
ちなみに、次にボス部屋の仕掛け作動させるの、瑠璃だからな?」
「……が、頑張る」
あんまり美味しくない敵も、それなりの数を倒せば経験値は入って来る。2人はそれぞれ部屋に散らばり、再ポップした雑魚をサクサクと狩って行く作戦を実行。
2部屋目のエリアインから1時間が経過、予定通りレベルは上がったがNMの影は未だ無し。瑠璃はボス戦を前に、ちょっと怯えた声で時間縛りを口にする。
瑠璃はどちらかと言えば、心配性の部類なのだ。
「2時間経過したら、毒状態になっちゃうよ~? そんな状態でボス戦は嫌だなぁ」
「むうっ、確かにそうだな。種族スキルも覚えたし、そろそろ行くか?」
覚えたスキルは、闇属性のハズミンが《敵感知》――範囲内の敵を簡易レーダーマップに捉えて、敵の接近や不意打ちを察知する事が可能になるスキルだ。
水属性のルリルリは《魔法回復量UP+10%》――そのものズバリ、回復効果が上昇する効果で、回復魔法の得意な水属性らしい初期スキルである。
オマケ的な感じに捉えられがちな種族スキルだが、あると無いとではやっぱり違う。
種族スキルは、補正スキルみたいにセットしなくても効果が発動するのが特徴なのだ。レベルが10上がる毎に取得し、大体はその種族属性に見合った物を覚えて行く。
スキルPを振り込んで覚えないで良い上に、冒険や戦闘に便利なスキルも豊富に存在する。逆に属性スキルみたいに、スキルを振り込めば誰でも取得出来る物ではない。
その種族特有のオリジナル特性なので、キャラの個性がくっきりと浮き立つ仕組み。例え欲しい便利スキルがあっても、種族が違うと取得は不可能なのだ。
だから最初の種族選択は、重要だしみんな悩む事になるのだ。
「か、回復量増えたから、ハズミちゃんがボス湧かせてもいいよ?」
「そっちも武器必要だろ、瑠璃っ? びびってないで、さっさと向かえ!」
ところが、待ち望んでいたNMは、何とボスエリアの手前の部屋に湧いていた。しかも、手強い獣人タイプで、2人を感知するといきなり攻撃魔法を使ってくる始末。
気持ちの準備もなしに、とにかく距離を詰めて特攻を掛ける弾美。魔法はこのゲーム必中なのだが、詠唱時に潰す事は可能なのだ。
強いイメージの魔法のバランスを、そうする事で取っているのだろう。
逆にプレーヤーに魔法使いがいる時は、仲間は必死に壁になって敵の接近を防がねばならない。後衛職は何より防御力が無いし、詠唱中断は味方にとっても致命的なのだ。
咄嗟の弾美の特攻と、瑠璃の後方支援の甲斐あって。何とか勝ちはしたのだが、思いっきりHPもMPも削られた。瑠璃は過ぎる時間にじりじりしながらも、戦闘後のヒーリング終了を待つ。
ボス戦にすっかり気を向けていた瑠璃は、あまりな演出におカンムリ。
「何か酷いっ! これって、嫌がらせの時間稼ぎ?」
「大丈夫、まだ時間はあるから焦るなって、瑠璃」
休憩を終えていざボス部屋に入ってみると、今度は焦りよりも緊張感が湧いて来た。自分のドッペルゲンガーは、システム上自分しか殴って来ない。
心強い相方であるハズミンは、タゲを取る事が出来ないのだ。何も出来ないまま、自分が倒されてしまったらどうしよう……。
「心配するな、瑠璃……お前が殴られている間に、俺が完璧に削り切ってやるから。自己回復だけはしっかりな!」
「う、うん……お願いね、ハズミちゃん!」
迷う心にようやく踏ん切りをつけ、ルリルリは鏡の装置を作動させる。出て来たドッペルゲンガーは、予想通りの♀の水属性キャラ。
切れの良さげな細剣を装備していて、シャープな動きでこちらに近付いて来る。
物凄く強そうに見えた気がするが、瑠璃の記憶はあまりはっきりしない。自分のHPゲージばかり気にして、あやふやな思考のままに戦闘していた気がする。
たまに敵のHPゲージが目に入るのだが、狡い事に敵も回復魔法を使っているらしい。隣の席の弾美の荒い非難の声が、やけに瑠璃の心に響いた。
こちらは2人掛かりなので、あまり文句も言えないが。
弾美の声が、敵を倒した雄叫びに変わった瞬間。瑠璃は思わず身体を硬直させて、自分の分身キャラのHPを確認する。何とか生きている事実に、瑠璃も思わず叫んでいた。
今日一番の、熱のこもったハイタッチが幼馴染み同士で交わされる。自分のキャラにも労いの視線を送りつつ、これでこのエリアにも用事は無くなった事を確認して。
妖精の警告が発される前に、仕掛けのレバーを操作して脱出。
「時間も丁度いい感じかな~、今日はここまでだなぁ」
「つ、疲れたぁ……」
2時間ちょっとのプレイに、思わず脱力感を覚える瑠璃。気合いが入り過ぎたと自己反省しつつ、身体の凝りをほぐしてみたり。弾美の方も、隣で同じく伸びをしているのが伺える。
何にしろ、2人での合同パーティは順調な滑り出しのよう。
時計を見たら、まだ朝の9時過ぎ――連休は、まだ始まったばかり。
☆追記――ちなみに、今日の2部屋目のエリアのNMとボスの収穫。
――木綿のローブ MP+5、光スキル+1、防+4
――ブロンズレイピア 攻撃力+8《耐久11/11》
後は水の術書とか、マナポとか中ポーションとか。術書のお蔭でルリルリの水スキルは、順調に育って行きそうな模様ではあるのだが。
――前衛操作に関しては、及第点はまだまだ遠いかも?
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