第8話 初のステージ2エリア
暫しのロード時間の後、いきなり見慣れない部屋に突入する2人のキャラ。石をくりぬいたような味気ない様式の通路が、前方に真っ直ぐ続いている。
そんなダンジョンを、弾美はオートマップを確認しながらゆっくりキャラを進ませる。十字路が出現し、ハズミンは少し迷って左を選択。
ルリルリもそれに倣って、ゆっくりと後に続く。
ちょっと進んだ突き当たりに小さな部屋が現れ、その中に2種類の敵が居座ってるのが見て取れた。ふわふわと浮かぶ手の平の形のモンスターと、地面にはネズミ型の敵が数匹。
数は4匹ずつだが、弾美は画面を見て唸り声を上げる。
「う~っ、遠隔攻撃無いと辛いなぁ。部屋に入ると、囲まれてボコられそう」
「リンクするのかなぁ?」
リンクとは、同じ種類の敵同士が、敵対行動を共にすること。これを無視すると、一匹相手にしていたつもりが、気が付けば数匹にボコられる嫌な事態になってしまう。
アクティブな敵も要注意で、こいつらはプレーヤーを見つけた瞬間、問答無用で襲って来る。ステージ1にはリンクする敵はいなかったが、アクティブの敵は多かった。
敵のタイプの探り分けも、冒険者には重要なポイントである。
「するかもなぁ、見た目だけじゃ何とも……むっ、1匹離れたっ。あいつを倒して、何匹か連れて来るから、瑠璃はここにいろっ!」
「りょ、了解」
ふわふわと海に浮かぶクラゲを思わせる動きで、1匹が弾美の言う通り、単独で部屋の角へと離れていった。ハズミンは部屋の端を突っ走り、その生き物に斬りかかる。
敵対行動を感知したそいつに、動きの変化が現れた。急にクワッと手の平の部分に顔が出現して、ハズミンを平手で押し潰しに掛かる。
最初の見た目はユーモラスだっただけに、その豹変振りはちょっと怖い。
瑠璃は思わず悲鳴を上げそうになるが、とっさに回避したハズミンのダメージは軽微。追撃にまたもや軽傷を喰らうが、片手剣を6回も振るうと、そのモンスターは動かなくなった。
咄嗟に自分のキャラの攻撃力から、敵の強さを逆算する弾美。
「う、こいつちょっと強い……」
弾美の言葉を裏付けるように、パーティに大量に入る経験値。ハズミンは更に、近くにいたネズミに用心しながら近付いて行く。触れるほど接近してから、ノンアクティブだと確信。
取り敢えず無害なネズミを無視して、ハズミンは今度は飛ぶ手の平へとゆっくり近付いて行く。ぐりんと向きを変えたそいつの動きを見て、ハズミンは通路へとダッシュ。
「釣ったぞ、瑠璃っ……確保頼む!」
「わっ、わっ!」
慌てながらもカーソルで迫り来る敵をキャッチ、言われた通りに瑠璃は取り敢えず一撃を見舞う。こちらにターゲットが移り、手の平に現れた厳しい顔と目が合ったと思った瞬間。
ルリルリが二撃目を放つと同時に、手の平の反撃に押し潰された。
「きゅう……」
ルリルリのHPが3割くらい減り、しかも目を回し座り込み状態に。しかし、モンスターの攻撃はここまで。反転して斬り込んで来たハズミンに、あっという間に倒される。
危機は去ったけど、何となくプライドを傷つけられた思いの瑠璃。
「おっ、こいつ皮のグローブを落としたぞ。でも、腕装備は俺ら良品あるから、別にいらないかな」
「……こいつら、全部倒そう」
とんでもない危険技に自分のキャラが恥をかかされ、瑠璃の殺意はマックス状態へ。それ以上に、瑠璃の前衛意欲は、既に完全に折れかけていたのだけれど。
魔法を使って、安全に狩りのサポート役に回りたいと今は切に願う。
まだまだ攻撃を受けても余裕だと判断したのか、休憩も取らずに弾美は次の敵を釣りに行く。地上のネズミは再び無視して、再び浮遊する手の平の知覚範囲に入り込む。
ちょっと不用意なその動きに、今度は2匹の敵が反応。
「やべっ、こいつらリンクするのか!」
弾美の言葉通り、仲良く連れ立った残りの2体が、敵とみなしたハズミンを追いかけて来た。念の為にと自分に回復魔法を掛けていたルリルリは、弾美の後を追って来る敵に大慌て。
倒すと言った手前、自分で何とかしなければと建前では思う瑠璃なのだが。
「瑠璃っ、1匹頼む!」
「えっ、うあっ!」
今のルリルリで、敵のターゲットを取れる行動と言ったら殴る事だけ。最後尾の敵に細剣で切りかかり、半ギレの瑠璃は攻撃ボタンをひたすら連打する。
幸いにも、敵に近付き過ぎていたので、敵の潰し技は発動しにくかったようだ。弾美の助言の「スキル技使え~」の言葉に、思い出したように《二段突き》を使用する。
隣の余裕過ぎる声が、今はちょっと憎く思える瑠璃である。
放ったスキル技のせいで、敵のHPゲージは一気にぐわんと減少するも。技の使用動作のせいで、敵との距離が思いがけず開いてしまった。
しかも、敵のHPはあとちょっと残っている。
この最後の好機に、敵の手の平モンスターは最後っ屁の悪あがきを選択したようだ。先ほどルリルリがモロに喰らった、押し潰し技のモーションが発動する。
ほとんど偶然的な動きで、瑠璃は昨日練習したバックステップを使用出来ていた。技を外した敵は隙だらけ、思わず身体中に広がる感動の波動の中、自然とルリルリは止めのモーションへと突き動く。
華々しい勝利に、心拍数が上がっているのが自分でも分かる。
「おおっ、やるじゃん瑠璃。こっちの応援いらなかったな!」
こちらも敵を倒し終えて、応援に向かおうとしていた弾美の率直な褒め言葉に。瑠璃は思わず、泣きそうになる程の喜びを覚えてしまった。
それから、前衛も良いかもと呆気なく考えを翻してみたり。笑みでほころんだ顔のまま、瑠璃は調子に乗って次なる獲物を指し示す。
「次はネズミをやっつけよう!」
難なく雑魚モンスターのネズミを蹴散らし終えて、2人は十字路の反対側に移動する事に。途中思い出したように、弾美が手の平モンスターのドロップの結果を口にした。
何しろ下の層からこちら、雑魚から碌なアイテムが拾えてなかったのだ。
「あれ……防具のドロップ、4匹倒して1個だけかぁ。てっきりここは、防具揃えるためのエリアかと思ったんだけどな」
「うん……あ、でもまだ落としそうな敵いるよ? 今度は足だけど」
瑠璃の言う通り、反対側の部屋には、くるぶしから下の裸足の肌色足型モンスターが。別の種類のモンスター、空中に浮遊するコウモリと一緒に4匹ずつたむろしていた。
弾美は念をこめるように画面の中の敵を睨み付け、ドロップ率アップを低い声で願掛けし始める。確かに今のスカスカの装備欄を思うと、一刻も早く埋めたいと思うのは当然かも。
幸いにも、ステージ1のボスゴーレムのドロップで当たりを引いた瑠璃。割と性能の良いブーツを入手していた彼女は、弾美に対して何となく気まずい思い。
弾美に融通しようかと思ったのだが、種族の違いのせいでルリルリのHPはあまり高くない。それこそハズミンと較べると、ハッキリ分かる程低いのが判明して。
その分MP量は、自慢出来るほど豊富なのだが。弾美と相談した結果、ブーツは瑠璃が持っていて良い事になって。自信のない瑠璃は、有り難くそれに従った次第である。
そうは言っても、瑠璃にしろ半分以上の装備欄はスカスカである。
この部屋での狩りも、さっきと同じ程度の波乱と順調さで進行を見せた。その過程で、足型モンスターは蹴り飛ばしのスタン技を持ってる事を、ルリルリは身をもって確認する。
それでも、2人ともHPを半減させる程の苦戦もせず、念願のドロップも皮のブーツが2つほど。防御力しか上がらない装備だが、弾美は嬉しそうにキャラに装着させる。
それを見て瑠璃もほっとしつつ、軽い罪悪感を払拭してみたり。
3つ目に廻った部屋は、先程の手の平型モンスターとスライムの2種類のセット。数も4匹ずつで、構造的には前の2つの部屋と一緒である。慣れて来た狩りのペースで、弾美は危なげなく敵の各個撃破を披露する。
お手伝いの瑠璃も、ようやく操作に慣れて来た様子。
「おっ、こいつは指輪落とすのか。もう1個来いっ!」
「ここのスライムはポーション落とすかな、ハズミちゃん?」
戦闘もそっちのけで、取らぬタヌキの皮算用を始めてしまう2人。イベントでレベル1から、ほとんど何も持たない状態でのスタートなので、ある程度それも仕方ないのだが。
スライムはポーションを落としたし、指輪の2個目も何とかドロップしてくれた。ほくほくしながらアイテムの分配を終えて、2人は軽快な足取りで4つ目の部屋へと向かう。
4つ目の部屋は、足型のモンスターと鳥型のモンスターの2種類のよう。どうやら全部屋、地上と空中のモンスター2種類での編成となっている模様である。
そういうこだわり配分は、ダンジョンなどでは良く見かける仕掛けだ。
「あっ、ここはズボンなんだね? 股下無いのにねぇ」
「……本当だな、股下無いよなぁ」
この部屋のドロップは初期装備よりはマシなズボンのようで、2人は順調に装備を整えて行く。4部屋回り終えたところで、残りの通路は北へ真っ直ぐ伸びている1本のみ。
弾美はメニュー欄からマップ表示、それをしばらく観察して、それをボスエリアへのルートだと推測。時計を見ながら、瑠璃にこの後のルート相談を持ちかける。
「このまま北に行くと、ボスエリアになっちゃうかな。まだ30分も経ってないし、もう少し経験値貯めておくか?」
「うん~、それより貯まったスキルポイント、何に振ろう?」
ここに至るちょっと前、ルリルリは4部屋目で、ハズミンは3部屋目でレベル8に達していた。弾美は迷わず、ボーナスポイントは全て片手剣に振り込んだのだが。
瑠璃は2度のレベルアップ分、貯まった4ポイントを保留してあるのだ。何しろ、武器系のスキルはダメージ率などに影響するので、伸ばし甲斐もあるのだが。
水や闇などの属性スキルは、スキル10まで伸ばさないと無用の長物になってしまう。
かと言って、属性スキルを伸ばさないと魔法を覚えられない。パーティのバランスを考えると、ルリルリが便利魔法を覚えて行くべきだろうとは思うのだが。
要するに、他の魔法もスキル10ポイント払って、覚えるべきかを迷っているのだ。
「状態回復魔法、あった方がいいかもな。装備で半端に伸びてる属性を伸ばすのも、まぁ1つの手だけど。
貯めとくだけなら勿体無いから、武器スキルに振れよ」
「何の魔法を覚えるか、ランダムなのが怖いよね~。……光か炎、伸ばしてみようかなぁ?」
「炎伸ばすなら、下の層でNMの落とした術書渡すぞ?」
現在、装備で半端に伸びている属性は、風と光が+1に炎が+3である。光の属性魔法の初期魔法に、状態回復魔法があるので、それを目指すのが良いかも知れない。
瑠璃はちょっと迷って、結局光スキルを+3、攻撃ダメージ増量を目論んで細剣スキルを+1伸ばす事に。武器スキルはともかくとして、属性スキルは偶数に揃えておいたほうが管理しやすいとの考えである。
レベルアップで貰えるポイントは、偶数の2と決まっているからだ。
「あれっ、装備落とすモンスター、湧いてないぞ?」
瑠璃が振り分け操作をしている間に、弾美は通路を戻っていたようだ。しかし、最初の部屋に再ポップしていたのは、ネズミ型のモンスターのみ。
これはとんだ期待外れ、防具類は売れば金策にもなったかも知れないのに。
「ん~、ドロップ装備の個数管理のためっぽいな~。あの敵、経験値おいしかったのに」
「あ~、弱い奴しかいないのかぁ……どうする?」
弾美はちょっと考える素振りの後、取り敢えずこのエリアを攻略しようと告げた。もう1つ、隣のエリアには、おいしい経験値のモンスターが存在するかも知れない。
2時間縛りのルールもあるし、変なところで時間を掛けるのも危険かも。
「そうだね、1回は攻略して勝手を把握しとかないとね~。あっ、ポーション落とすスライムだけは倒しておこう!」
瑠璃の提案は受け入れられ、スライムを倒した経験値とポーションをゲットした後。2人のキャラは、ようやく未踏のボスエリアへと向かう事に決めたよう。
一直線の通路の先には、さっきより一回り大きな部屋が。モンスターも2種類4匹ずつの配置は先程と同じである。空中には蜂のモンスターが4匹、地上を徘徊するのは一見スライムを2匹くっつけたような、肌色のユーモラスなモンスター。
時折、触手を伸ばして周囲を観察している。
「あれも、身体の部位のモンスターなのか? お尻に見えるが……」
「あれに踏み潰されたら、痛そうだね~」
普通に、素で言葉を返す瑠璃である。そんな敵に、2人でそろりと近付いて一斉に殴りかかってみると。触手での、鞭のような強烈なお返し攻撃が飛んで来た。
案の定、お尻モンスターは踏み潰し技も持っていたようだけど。ハズミンの方がタゲを取っていたので、コントローラー操作で直撃は受けずに済んでいる。
戦ってみると、手前の部屋の敵より明らかにHPも多く難敵だったけど。2人パーティで息が合っていれば、どうと言う事も無く戦闘は無難に終了の運びに。
しかし残念ながら、期待のドロップは無し。
次の敵に向かおうと部屋を移動するハズミンに、空中から蜂が攻撃を仕掛けてきた。ノンアクティブだと思っていた弾美は、不意をつかれて一撃を喰らってしまう。
大慌ての弾美に、更にステータス異常の告知が襲う。
「うおっ、不味い……麻痺したっ!」
「ええっ、状態回復魔法も万能薬も無いよっ、ハズミちゃん!」
ハズミンの動きが、途端にカクカクと遅くなる。どうやら蜂は、麻痺毒を持っていた模様。ルリルリが慌てて駆け寄り、蜂に攻撃。二段突きで一気に勝負を決め、ここは事無きを得る。
それからしばらく、麻痺が去るのをじっと待つ2人。
「……考えたら、毒受けたりしたら怖いよねぇ」
「2人揃って麻痺するのも、充分怖いけどな。この部屋は、もうちょっと慎重に行こう」
「そうだね、そうしよう」
ファンスカでは、麻痺も毒も、ステータス異常はほとんど万能薬で回復する。細分化してしまうと、ポケットからの使用が面倒過ぎるのがその理由だろうけれど。
それ故に、ポケットに状態回復薬が無いと言うのは、麻痺や毒を使って来る敵を相手にする時には、結構な重圧になったりするのだ。
しかし在庫の品薄で値上がりした薬品を買うほど、現時点で2人のキャラはお金を持っていない。しかも稼ごうにも、イベントの時間制限が邪魔をして。
普段の店売りはそれ程高くないのだが、イベント時に高騰するのはどの薬も一緒。
ただし、少しずつ良い風も吹いて来た。2匹目と4匹目のお尻モンスターが、布のマントを落としたのだ。順調に防御力が上がって行くのは嬉しいが、この敵の謎は深まるばかり。
やっぱりお尻なのだろうと言う弾美に、瑠璃は微妙に反論する。この敵の形状は、心臓か背中の肩甲骨なのではと推論を口にする。
そんな2人は何とか部屋の敵を一掃、そして次の部屋へ。
――装備の充実と共に、少しずつ気も大きくなって行く2人だった。
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