第8話

『おーい、楓、こっちこっち』

 店の一番奥のテーブルから大きく手を振り、楓を呼ぶ高村君を見付けて、私たちは楓に付き従うようにして、男の子たちと合流した。

 皆で『久しぶり』『元気だった?』と言い合いながらテーブルに就くと、高村君が隣に座った楓に目配せしながら、『コホン』と、ワザとらしい咳払いを一つ。

『えー、本日は、皆さんに僕が最近お付き合いを始めた彼女、渡辺楓ちゃんを紹介します』

 男の子たち三人のキョトンな表情に、麻衣と私は苦笑するしかないのだけれど、それでも私の視線は隠れるようにこっそりと貴教くんの様子を窺う。

 貴教くんも一瞬驚いた表情を見せた後、直ぐにニコリと笑って、高村君と楓に向かって『おめでとう、で、良いのかな?』と言った。


 なになに?貴教くんの声って、こんなにシブくて格好良かったかしら?

 それに、その何だか気の利いた優しい感じの言葉を、みんなの前で平気で言えちゃうの?

 しかも、なんだろう? 胸が締め付けられる・・・。

 私だけが知っている筈だった、貴教くんの優しさって・・・

 ・・・その優しい笑顔と、言葉・・・、そんなに皆に振り撒かれたら、私・・・


『なんだよぉ、今日はプチ同窓会って思ってたら、そういうことかよ。俺たち、馨と楓ちゃんにまんまと嵌められて集まった感じ?ま、いっか。んじゃ、この先は、同窓会じゃなくって、プチ披露宴に変更っ』

 中川君がニヤニヤしながらそう宣言したところで、私もやっとそのことに気付いた。

 初めっから、高村君と楓が、カミングアウトするために仕組んだ飲み会だった訳だ。

『よーし、そしたら、この飛んで火に入る~、そういうことで良いんだろ? ってことで、今夜はこのド変態ふたりを、とことん冷やかし倒そうぜ』

 楓が『やだぁ』と、照れ隠しの声を上げ、高村君は片方の眉だけ上げて見せて、『お手柔らかに』とお道化る。


 でも、『ドM』って言われたふたり、何だかとっても嬉しそう。

 それで、貴教くんは・・・


 貴教くんも、楽しそうに笑っている。

 私って、こんな笑顔の貴教くん、もう随分見てなかったよ・・・


 私たち女子の注文したカクテルが揃ったところで、今度は貴教くんが皆にグラスを持ち上げるように促した。

『それじゃ、改めて、このご両人に、乾杯っ』

 そう、それはずっとずっと昔の記憶の中に在る、優しくて思いやりに溢れた、大好きな貴教くんの姿。

 私だけが知っていると思っていた、いえ、私しか知らない筈だと思い込んでいた貴教くんの本当の姿・・・。


 そういう訳で、私の心はのっけから焦りと不安で、お酒もおつまみも、喉を上手く通らなければ、味もしない。

 そして、私の視線に気付いてもくれない貴教くんは、何故だか唐突に始まった『黒ひげ危機一髪』ゲームで、見る見るうちに酔っ払ってしまうし・・・。

 ・・・いえ、半分は私のせい。私は貴教くんの気を惹きたくって、私が黒ひげを飛ばしてしまう度に、『えー、私飲めないよぉ』って・・・。

 すると代わりに貴教くんが・・・。

    ◇



 日付が変わる頃、そろそろお開きというタイミングで化粧室へと席を立った私を追って、楓もやって来た。

『ねぇねぇ、なつみぃ、訊いて良い?』

『なぁに?』

『石神君といい感じじゃない?』


 ――え、えっ? 何を


 私は一瞬息を飲む。


『だってさぁ、なつみが負けた分も石神君、全部飲んじゃうし、なつみも何だか上手に甘えちゃってるみたいだし。そういえば、あんたたちって、小学校からずっと同じ学校だったんでしょ? 幼なじみ?』

『あ、ええ、うん。幼なじみっていえば、そうなるかな。でも・・・』

 楓は少し意地悪そうに『へぇー』と言いながら、目で何かを促しているようだった。

『な、何よ、その意味ありげな・・・』

『あのね、実は、石神君って、なつみのこと好きらしいよ。好きだった、かな? うちの馨が言ってたの』


 楓今、「うちの馨」って言った・・・。いえいえ、今はそんなことじゃないっ。

 そこじゃなくって、何て言った? 貴教くんが?

 俄かには信じがたいのだけど、


 ――ホントにっ?

 って、飛び上がりたい気持ちを必死で抑える。


『な、何言ってるのよ? そんなこと有る訳ないじゃない。それって、石神くんが高村君に直接言ったの?』

『ううん、違う。でも、中川君も同じこと言ってたよ。あの二人に言わせると、石神くんって、分かり易いんだって、そーゆーとこ。高校の時はあたしも石神君って何だか怖そうでよく分かんなかったけど、あの三人って、仲良かったじゃない』


 ――ど、どうしよう・・・


『だ、だからって、何なのよ。私にだって選ぶ権利があるんだから』

 嗚呼、何言ってんだか、私。

『そーねぇ、あんたもそーゆーとこ、分かり易いよねぇ。顔、赤いわよ』


 ――え? バレてる? 見透かされてる?


『そ、そんな、これはお酒のせいよ』

 私は慌てて自分の頬に左手を当て、右手でパタパタと顔を扇いでみせる。

『嘘よ。ま、いいわ。あたし、先、戻ってるね』

『ちょ、ちょっと楓・・・』

 楓が出て行ってしまい、ひとり化粧室に取り残された私は、振り返り、鏡に向かって自分の顔を確かめた。

 楓は『嘘よ』と言ったが、確かに少し頬が紅潮しているみたい。


 ――もうっ、楓のバカ。どんな顔して戻れば良いのよっ

 でも、早く戻らなきゃ。


 私は鏡に向かって目に力を込めて、パチパチと瞬きをしてから、よしっ、と気合を入れて化粧室を後にした。

    ◇


 つづく

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