第3話
二回戦は何とか・・・、上手く(?)いき、少し心にゆとりが出来た僕は、それでもまだ半信半疑でなつみに尋ねた。
「ホントに、俺なんかで・・・、良かったのか?」
「・・・何言ってるの?・・・忘れちゃった?」
そう言って彼女は、僕の胸に手を当てる。
「あっ」
思わず小さく声を上げる僕に、彼女は少し驚いて「ごめんなさい。痛かった?」そう言うのだが、痛くはないのだ。
僕の胸にある古い傷跡・・・、それは、もう二十年近く前の傷であり、痛い訳ではない。
「痛い訳ないよ。ただの傷跡だし・・・。でも、ひょっとして・・・、覚えてる・・・の?」
僕が恐る恐る訊いてみると、
「うん・・・。当たり前じゃない・・・」
そう答えたなつみは、僕の胸の傷跡を、優しく指先でたどった。
◇
僕のあだ名は、小学生の頃、『ブラックジャック』だった。
顔半分が、皮膚移植で色が違ったのだ。
胸にも大きな手術跡があり、体操着に着替える時に他の生徒に見られないようにと、小学生の時分からずっと、大人が着るような下着シャツを着けていた。
もちろんプールの授業はいつも見学だった。
幼稚園から小学校低学年までは、自分でもそのことを余り気にしたことが無かったと思う。小学三年生のあの時までは・・・。
いや、それでも僕自身はそれほど傷付いた訳ではない。何故なら、その僕らのことを揶揄ったいじめっ子連中を、僕は一人ずつボコボコにしたから。
ボコボコにしたからって、小学生のことだ、今思えばたかが知れている。
しかしそのことは、僕の溜飲を下げるには充分だったのだけれど、なつみに対しては、何となく、申し訳なさを感じ始める切っ掛けになっていた。
――俺なんかと一緒に居るせいで・・・
それからだった。何となくから始まった距離感が、次第に大きく広がって行き、いつの間にだか遠くから眺めるだけの存在に・・・。
そして、なつみはどんどん綺麗に、そして素敵になっていき、僕は次第に落ちこぼれていく。笑っちゃうくらい、絵に描いたみたいに。
だけど、悪いことばかりではなかった。
中学、高校と進学する頃には次第に顔の皮膚の色も落ち着き、あまり目立たなくなったし、逆にまだ若干残ったその傷が、僕の顔を怖く見せたみたいで、所謂ヤンキー連中からも一目置かれ、変にちょっかいを出されることもなかった。(いや、寧ろ仲間と思われて、おかしな絡まれ方はしていたのかも知れない。余り気にもしていなかったけれど)
それでも中学三年の時に知り合った高村と中川のせいで(いや、今は敢て『お蔭で』と言っておこうか)、僕の人生は多少の軌道修正が行われた。
中学を卒業したら、実業系の高校にでも行って、その後は適当に就職すれば良いさ、そう思っていた僕に、この二人は何を思ったのか、自分達と同じ普通科進学高校に来いと言う。
切っ掛けは実に単純だった。修学旅行の班分けの際、仲間の居ない浮いた三人、ただそれだけで、担任教師に勝手に同じ班にされた訳で・・・。
そして何故だか、この二人は僕にビビらないのだ。
それどころか、何なら僕のことをイジリに来るし、呼び方だって僕の下の名前で「
そもそも僕は先生以外には、名字でだって呼び捨てにされたことは無かった。同級生からはさん付け、君付け、上級生からだって「石神君」。
上級生でも、もし呼び捨てにされるようなことがあれば、僕はあからさまに嫌な顔をして睨み付けていたと思う。
『おい、石神・・・いや、石神くん・・・』みたいな。
なのに、高村と中川は違った。
この二人も元々仲が良かった訳ではなく、僕同様、其々にクラスで、いや、恐らくは学校中で浮いた存在だった。
大体、高村と中川は学校の成績に於いて、お互いがライバル同士みたいなものだったようで、クラスではテストで毎回一番、二番を競い合い、学年でもいつも二人揃って十位以内に入っているという、いつだって熾烈な争いをしていたみたいだ。
そして、お互いに口も利かないが、それでも相手のことを意識だけはしていたらしい。
成績が真ん中よりやや下程度の僕にとっては、全く別世界の二人だったが、担任から勝手に同じ班を組まされ、勝手に二人が意気投合し、勝手に僕を巻き込んでいく。
面喰ったのは、名字の呼び捨ても一足飛びに、高村が言い出したことだ。
『同じ班になったんだからさ、僕ら、下の名前で呼び合わない?』
中川がそれに応じる。
『構わないよ』
僕は
『・・・・・・・・・・・・』
『じゃ、決定で』
高村がそう宣言して、僕はこいつらにとって『たかのり』になってしまった。
初めは僕も、こいつら頭おかしいのか? そう思った。
僕に殴られたいドM野郎どもなのか? とも。
それとも周りの状況が判断できないイタいタイプなのか?
しかし、面食らった僕がアタフタとしている内に、僕のキャラクターは少しずつ壊れていくのだった。
それでも、僕の方から高村
特に理由は無い筈なのだけれど・・・。
◇
つづく
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