第2話
え?『どうしたの?』って・・・、君は何ともないのかい?この状況で・・・
そう思って凄く悲しい気分が胸を覆いかけた、次の瞬間、
「ええっ⁉ああっ、うっそぉ?、やだぁっ、ごめんなさいっ」
僕が次にどういうリアクションをするべきかと迷う間もなく、背中になつみの叫び声がしたと同時に、毛布がグイと引っ張られて、僕の身体は毛布の外に放り出された格好だ。
なんだ、寝惚けていたのか、なつみちゃん・・・。
僕は七瀬なつみの反応に少しだけホッとしたのも束の間、グチャグチャと心は乱れだす。
ダメだ、耐えられない。
「お、俺、シャワー浴びてくるわっ」
僕は逃げるようにベッドから跳ね起きて、ドタドタとバスルームに向かったのだった。
◇
落ち着け・・・落ち着け・・・。
シャワーから出て、何て言えばいい?
――君も、シャワー、浴びてきなよ。(爽やかに、二カッと笑う)
いやいや、何か違うだろ。
――おはよう。よく眠れた?(ちょっと上から目線で)
うーん・・・、イマイチ。そんな演技は出来そうにない。
――ごめん。
謝るようなことがあったのか?覚えていないし・・・。
ええい、ままよっ。
考えたって仕方がない。出たとこ勝負だっ。
◇
バスルームから出て、Tシャツとジーンズに身を包み、落ち着き払って(自分ではそのつもりで。でも恐らくは前のめりだったと思うっ)部屋に戻ると、既に身なりを整えたなつみが、ベッドの上で自らのハンドバッグを両手で抱きかかえるようにして正座していた。
シーツは伸ばされ、毛布もキチンと足元の方に畳まれている。
そして、なつみの方が僕より先に口を開く。
「ほんっと、ごめんなさい。あたし、もう帰らなきゃ」
なつみは上目遣いで僕をちょっとだけ見遣ると、直ぐに視線を落とし、頬を赤らめ、モジモジときまり悪そうだ。
きまり悪いのは僕も同じで、つい、全く思ってもいない可笑しなことを口走ってしまう。
「そ、そっか。きょ、今日も仕事?うん、じゃあ、気を付けて・・・」
土曜日の昼から仕事?んな訳ないだろ。
可笑しいのは僕だけではなかった。
「あ、う、うん。そう、仕事なの。うん、だから、あたし、急がなきゃ」
なつみもまたシドロモドロでそう答えると、立ち上がり、僕の脇をすり抜けるように玄関に向かおうとした。
――ちょっ、待てよ。(キムタクばりに彼女の腕を掴んで)
そんな妄想をしてみたが・・・
無理に決まっている。
どうすりゃ良いっ?
そうこうしている内に、なつみは玄関でパンプスを履き終わり、ドアノブに手を掛けようとしているではないかっ。
「あっ、あの、七瀬さんっ」
「は、はいっ」
僕の思い余って口を突いた叫びにも近い呼び声に、なつみがまたそれに輪を掛けたような素っ頓狂な声で、ドアノブを回そうとしていた手を止めて、勢いよく振り返る。
「き、君の連絡先、ま、まだ教えて貰ってないんだけど・・・」
「あっ」
「えっ」
なつみが何故だか慌ててハンドバッグから携帯電話を取り出そうとして、手を滑らせ、携帯電話を床に落としてしまい、思わず二人同時にしゃがみ込んで、落としたそれに手を伸ばすと、お互いの額をゴツンッと。
漫画かよっ。
「ィって」
「いったーい」
二人で額を摩りながら顔を上げ、目と目の距離は四十センチメートル。
今度は、理性をコントロールするのが、無理、でした。
僕が七瀬なつみの頬を、両手でそっと包み込むように触れると、彼女は静かに目を閉じた。
唇が離れ、涙ぐみトロンとした瞳で見詰め返す七瀬なつみを前に、僕はもう自分が果たして自分なのかも分からない。
「仕事って、嘘・・・、だよね?」
コクンと、なつみは小さく頷く。
「きゃっ」
僕はいきなりなつみをお姫様抱っこして、そのまま部屋に戻り、それからゆっくりと、そして大事にベッドに横たわらせた。
永い永いキスの後、なつみが言う。
「もう一度、シャワー・・・、浴びてきて・・・、良いかしら・・・」
◇
二人、毛布の中で手を繋いだまま、白い天井を見上げていた。
僕は、何をどう切り出していいか分からない。
でも何か、言わなくちゃいけないような気もするのだけれど、言葉が出てこない。
そんな僕を察してか、それともそうではないのか、はたまた、こんな時は女性の方が頼りになるのか、なつみが口を開く。
「初めて・・・、だった?」
「あ、いや、・・・うん・・・」
「・・・よかった」
「『よかった』って、それ・・・君も・・・」
「うん・・・。私も・・・。やだぁ、恥ずかしいじゃない。言わせないでよ、そんなことっ」
「って、君が先に・・・んぐんん・・・」
なつみが覆いかぶさるように、そして僕の口はなつみの唇で塞がれる。
つづく
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