ばかっプル、誕生(人間万事塞翁が馬)
ninjin
第1話
目が覚めた。
どうやら、昨夜は飲み過ぎた、みたいだ・・・。
左っ側の目の端に感じるブラインドの隙間から零れる陽の光。察するに、時刻は既に昼近くなのだろう。
と、そこまではいつもの飲み過ぎた翌日の、よくある、何度も経験したことのある、既視感みたいなものだった。
‼
ベッドに横たわる僕の右半身側に違和感を覚え、恐る恐る、頭を右側に捻ってみた。
な、何ですと⁉
僕はゆっくりと顔の向きを元の位置に戻し、暫くの間、白い部屋の天井を見詰める。
何の飾り気も無い白い天井、今は点いていない丸いLED照明器具、ここは間違いなく僕の部屋で、硬めのマットレスの感覚、それに毛布の肌触りも僕のベッドに間違いない。
よーく思い出してみよう。
今現在、恐らくは土曜のお昼前後で、多分昨日は金曜日の筈だ、そうだよな。
昨夜、高校時代の友人たちと久しぶりに集まった。当時の仲良し連中でのプチ同窓会。
場所は僕らが大学生時代に、地元に残った連中とよく通っていたカフェバー『TOMY’S』。
・・・・・・・・・・・・
何の話をしたのか、殆ど覚えていない・・・。
ただ、店の一番奥のテーブルに陣取り、『黒ひげ危機一髪』で負けまくり、ゲラゲラと笑い、笑われながら、テキーラをショットグラスで何杯も飲んだ(飲まされたっ)のは何となく・・・。その時かじった三日月レモンの酸っぱさと皮の苦みも、頬の内側に若干残っている気がする。
思い出した。
当初集まったメンバーは僕を含めて男ばかり四人、だった筈なのだが、どういう訳だか『黒ひげ危機一髪』を囲んでいた時、女の子たちも居たような気がする。
途中参加で高村と中川が電話で呼び出したんだっけ?
よく覚えてはいないが、高校三年生の時に同じクラスだった女の子三人、確か杵築なんとか、なんとか楓、それから七瀬なつみの三人が合流したような気がする。
そして、もう一つ思い出した。
杵築と楓はどうでもいい。
僕は『黒ひげ危機一髪』で七瀬なつみが負けた分も、僕が代わりに飲んでいたっ。
散々酔っ払って、どうやって店を出て、自分のアパートの部屋に辿り着いたのか、まるで分らない、が、部屋に戻ってシャワーを浴びたのは覚えている。
熱いシャワーの後、一瞬目が覚めた気がして、その時、確か七瀬なつみが俺に向かって、『あたしもシャワー・・・』と言ったことも思い出した。
思い出して頭に血が上り、眉間が熱くなり、鼻血が出そうだ。
そして、もう一度、ゆっくりと右方向に首を回して確かめた。
間違いなく、七瀬なつみの寝顔がそこに在る。
僕がそぉっと右の腕を毛布から引き抜こうとした時、不意になつみの腕が絡みついてきて、驚いた僕は、動かそうとした腕を硬直させた。
息を止めて、暫し次の動きを待つのだが、どうやらなつみはそれ以上の動きはしないらしい。
なんだ、まだ寝てるのか・・・。
身体の硬直を解き、再度腕を引き抜こうとして、腕を外側に捻りながら掌に当たったなつみの肌の感覚に、僕は衝撃を受けてしまった。
え?着てない?はだか?え?え?うそ?
僕は慌てて、今度は左の手を、自らの下半身に当ててみる。
辛うじて、パンツは履いている・・・、が、胸に手を当てると、裸、だ。
どういうことだ?
いや、そういうことか?
そういうことを、成したのか?
この状況って・・・
やっぱり、行いが、あったのか?
・・・・・・・・。
やっちまったぁぁぁぁぁっ
どういうことだよ、覚えてないってっ
高校時代から、ずっと憧れてた、七瀬なつみちゃんが、僕の隣で、今、(恐らく)何も身に付けていない状態で、寝てるんだぞっ。
間違った。高校時代からではない。四つの時からだ。
幼稚園のタンポポ組で出会った幼なじみの僕らは、小学三年生の時に一緒に下校していることをクラスのいじめっ子に揶揄われ、それから何となく距離が出来てしまったのだが、同じ中学、高校と進学して、僕は出会ってからずっと彼女のことが好きだった。
小学校では三年生から六年生まで、中学では二年生の時、同じクラスになったが、その距離は縮まることは無く、寧ろ敢て距離をとるような行動をしていたと思う。
そして、成長と共に次第に劣化(不良化)していく僕とは真反対に、彼女は日に日に綺麗になっていったし、僕の彼女に対する『好き』という感情は、いつしか遠い『憧れ』のような気持ちに変わっていった。
高校では、カースト最上層のイケ女グループに属する彼女に、僕なんかが相手にされる筈もないと思っていたし、子どもの頃に揶揄われたトラウマもあってか、女の子と会話することさえも苦手になってしまっていた僕は、ただ遠くから彼女を眺めることしか出来なかった。
叶うことの無い片思い・・・。
高校を卒業して、会わなくなれば忘れるさ・・・。
そして、忘れることも出来ないまま、昨夜、五年ぶりに再会し、今、どういう訳だか、隣で寝息を立てている、七瀬なつみ・・・ちゃん・・・。
なのに、昨夜のことを覚えていないって、何事だっ。
ん?ちょっと待て。
いくら酔っ払ってたからって、そんな大事なことを覚えていないって、有り得るか?
・・・・・・・・。
有り得ないだろう。
ってことは、何もなかった?
でも、彼女も裸、だぞ、多分・・・。
どっちなんだっ?
こんな時に、ふと、サイテーのナンパ男、高村の顔が脳裏に浮かぶ。(嫌いじゃないんだけどね、友達としてはさ)
その高村曰く、
――据膳食わぬは 男の恥
うるせぇわっ
くそっ、今度は下ネタ大魔神、中川も現れた。ニヤつきながら、
――後悔 ○○起たず
やかましいっ
僕は勝手に脳裏に侵入してきた二人を追い払いながら、どうにかして昨夜に戻りたい、と、出来る筈もないことを考えてみたり、夢か?と、思ってみたり、夢なら醒めないで、なんて祈ってみたり・・・。
「ん、んぅん・・・。おはよ・・・」
うっすら目を開けた七瀬なつみと、ガッツリ目を見開いた僕の視線が合致して、僕は慌てて身体を捩じって、彼女に背中を向けてしまった。
条件反射だ。
昔からそうだった。
七瀬なつみと目が合っただけで、僕が恥ずかしさの余り目を逸らしてしまうのは、小学生以来何も変わっちゃいないのだ。
背中の方から、七瀬なつみの不思議そうな声がする。
「どしたの?」
つづく
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