7.巡回


「太田、おかえり。なんか痩せたか」

「色々あって」

「野次馬にやられたかお前」

「え、はい。なぜ分かったのですか」

「俺もその経験があるからだよ。あの人達の活力は怖さを感じる。容赦ないしな」

「まさしくそんな感じでした」


 交番にいた他の警官も各々頷き、思い出しただけで疲れていた。


「そんで、肝心の家宅捜索の内容は」


 そっちが本題か。忘れてた」


「大方思ってた通りで、特に何も目に見える情報は出てきませんでした」

「だろうな」

「彼は騙された身ですから何も他の犯罪に関わるものは出てきませんでした」

「ご苦労。あとは裁判で終了だ。多分執行猶予付くだろうがな」


 確かに実刑判決は無さそうだが、彼のこれからの人生はどうなるのだろう。前科が着くと世の中生きていくのが難しくなるのは聞く話だ。彼はそれに加えて犯罪に巻き込まれる可能性が高い。ならいっそ実刑判決で刑務所に入った方がいいのではとさえ思ってしまう。普通であればそんなことは思わずないのに。


 帰るにはまだ早かったので、私は少し仕事をしていくことにしたのだが今日は私がそもそも派遣される日であって、人手が少なくなると見込まれていたので交番内は規定人数に達している。つまり、許容オーバーなのである。交番内に何人いてもいいじゃないかと思うが、単純にやることがないのでいるだけ邪魔であり受付に立ってることはできるが市民が来ない限りは何もすることがないので暇を持て余すだけである。やることは1つしかない。

 巡回。以上。


「やることなさそうなので巡回してきます」

「1人で行く気か」


 普通は1人では巡回には行かない

 。

「暇なのは私だけですし、何かあれば無線します」

「そうか、メイン通りだけなら行っていいぞそれより奥は言ってはならん」


 特例ということで私は巡回に出かけた。


 夜であればありえないのだが、昼間のメイン通りや繁華街内は比較的安全であり、観光地化されているのでそこまで目立った犯罪は起きにくい。つまり、私の役割は犯罪の抑止である。警察官の目の前で呑気に犯罪を行うものはいない。やる時は基本私目的の犯行であるか、周りを見てなくてたまたまやってしまったパターンである。要するに基本は無いのだ。

 実際にメイン通りに来てみると華舞伎町らしからぬ華やかなイメージが目の前に繰り出されていた。


「やはり、昼間は危なくは無さそうなのだな」


 安全であることはいいことなので、私としても少し気を緩めながら仕事ができる。

 ガッツリとした警察官の服装なのでもちろん視線は受けるし妙に避けられたりもする。これが今日の私の仕事なのだから当たり前だ。多分この中にも犯罪者予備軍は1人くらいはいそうだが心の中を読めるわけではないので判明させることは不可。いづれ対面するであろう。


 そうこうしていると正面に私の見た事のある者が見えてきた。

 その名は井出晴人。なかなかダンディな格好をしている。

 彼は私を見ると少しへっぴり腰になって、こう話してきた。


「この前はどうもすみませんでした」


 以前の威厳はどこにいったのやら。これには理由がちゃんとある。事情聴取中彼は職業をこう言っていた。

「キャッチ」と

 もちろんキャッチは禁止である。あの時直ぐに言えばいいのではないかと思うだろうが私も事情聴取してから気づいたことであり、普通にそのまま話を進めていた。犯罪には当たらないのでよかったが完全に麻薬のことで頭がいっぱいで忘れてたのである。田村さんは職業を聞いている時前科の確認をしていたので知らず、事情聴取の紙を見て発覚。怒られたのだ。もちろん事情聴取のあと店に連絡がいき、指導が入る結果となったのだ。


「私もマヌケだったから何も言えんな」


 そう言うと彼は普通通りの喋りになった。


「まぁお互いあの時は他のことで考えが追いつかんかったからな、しょうがない」

「井出さん。あなた店から怒られたでしょ」

「当たり前だよ。なんでキャッチって喋ったんだって超怒られましたよ」

「私も上司から怒られましたから」

「警察官の兄ちゃんも大変ね」


 そう。指導が入って1度対面しているので実質これで会うのは3回目。こんな短時間でよく会うことだこと。


「そういえばあの事件何かわかったのか?」


 彼も当事者の1人であったが、川崎のことは事件と認められたからには基本事項以外秘密にしないといけない。


「悪いが言えない」

「そうだよなやっぱり」


 わかってたのか。そう思うと次の言葉で私は恐怖を感じた。


「川崎康太も共犯者の顔を覚えていないもんな」

「!?」

「なぜ知っているって顔か。こちとらこの世界にコミュニティはある。そのくらいの情報は入ってくるさ。俺も出どころは知らないけどな」


 どこからその情報が漏れた。


「井出さん、あなたどこまで知っているんですか」

「一応これだけだよ」


 そこまで情報は出回っていないようだ。よかった。


「驚かせてしまった謝罪として重要な証言をしよう。」

「なんだ」

「あの喧嘩は多分仕組まれたものだ。無意識に俺に喧嘩をするようにな」


 仕組まれた?どういうとこだ


「詳しく言おうか、彼を誰かと喧嘩させたくて俺が標的になってしまった。彼は酒を飲まされていて自己判断機能は鈍い。プロの犯罪者達がそんな操り人形みたいなやつを喧嘩に仕向けるのは容易だ。」

「彼が騙されたのは私達も考えている」

「ほぉ、じゃあ核心を付けたのかい?彼が使われた理由」

「いや、まだだ」

「ふぅーん。じゃあまた会おうか」

「おい、まだ話は終わってない」

「残念ながらこの先の話を確信持って言えるほど信頼のおける情報はまだない。今言ったところで正答率65%の解答だぞ。あんたは正規のルートでこの事件の真相を探りな。俺は俺なりのルートで調べるよ」

「なぜそこまであなたが調べる」

「こっちは犯罪に使われたんだからね。全貌は知っておきたい。それだけよ」


 そう言うと消えていった。

 この巡回は私にとって重要なものとなった。

 その後形だけは巡回をしていたが、頭で考えていることはあの事件のことだけ。あそこまで言われてしまうとこちらもちゃんと調べてみたくなるものだ。探偵ではないので個人で調べることはほとんど無理に等しい。この格好で調査するとまともな調査なんてできやしない。表立った情報の早さは私だが出回っていない情報は彼の方が早い。結論に辿り着くのはどちらが先なのだろうか。


 交番に戻っても何となく上の空な私。


 井出の言っていたことが気になる。核心を持てるほどの情報はないから65点。つまり何となくでわかっているということだろう。彼が使われた理由が。そして、彼曰く、喧嘩になるように仕組まれたということからわかるのは、最初から彼を切り捨てる気でいたかもしくは、彼が途中で何かやらかして首を切られる形で起きたことかどちらか。


 後者はたまにある。詐欺グループと協力した受け子や実行犯が警察に捕まりそのまま大元のグループから完全に切られるパターン。この場合はそれとは少し違いそうなので前者となるのか。そうなると考えられるのは個人情報を奪うことが目的だったのか?


 それだけの割にはやりすぎなのではないだろうか…彼がどこまで確信を持っているか知らないが、個人情報の件は多分知っているはずだ。てことは、これは核心ではないのだ。

 うむ、証拠も何もないのでただの個人の考えに過ぎないから考えるのは一旦辞めよう。

 もう帰って良い時間なので帰ることにした。


「お疲れ様です」

「うん、お疲れ」


 定型文でのやり取りを終えたあと私は自宅へと戻った。

 帰ってからは先程のことは少しは忘れられていたのだが思い出させるように田村さんからLINEが届いた。内容はこうであった

(川崎が起訴されて裁判になる)

 分かっていたことである。普通通りいくと1ヶ月後くらいに裁判が行われ、その2週間後に判決が言い渡されることになる。罪を犯したのだからしょうがない。ただ、何故か悲しみを覚えるのは甚だおかしな話かもしれない警察官としては。逮捕して正解だったのか再度考えさせられた。彼を騙したグループを尻尾でも掴めれば彼の助けになるのではないかとまで思う。

 結末が気になって仕方がない。ここで私は自分で捜査をすることにした。


 どう捜査するかは決めていないが、とりあえずメモ帳にこれまでのことを書き残した。何のためになるかはわからないが、もし自分の中でわからないことがあったり、新しい情報が手に入ったら随時記入しておけばいい。現段階では「事件の概要」と「川崎が何者かに騙されたこと」と「川崎について」しか書けないが、井出の情報や私自身の調査で書くことが増えるだろう。最終的に解決出来たら捨てる覚悟で私は記入した。

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