8.夜回り先生

 1週間を越えたあたりで1日オフの日ができた。何をするかなのだが、調査しに行く。危険なのは承知だが華舞伎町に自ら足を踏み入れて調査する。足で情報を稼がないといけない。時間帯はもちろん夜。私は私服に着替えて家を出た。


 夜のこの街は基本的に警察官の恰好でしか通らないので、どうしても変な感覚になる。いつもなら睨みをきかせながら歩くのだが、今日はそんな目をしなくていい。普通に目の前で犯罪くらい起きそうだ。


「騒がしいな」


 非常に騒がしい。各店がそれぞれ音量を上げて宣伝しているのもある。私用だとどうしても身がしまらない部分があるし、見方が違うのでいつもなら気がつかないところに目が行く。

 1人で裏道に入っても良かったのだが、それはそれで良からぬ犯罪に巻き込まれる危険性しかないので却下。とりあえずはメイン通りとそれに準ずる道から回ることにする。今回は流石に何か収穫があるとは思っていない。あまり期待はしていない。


 メイン通りを歩いていると色んなところから声をかけられる。いい話ではない。


「お兄さんキャバどうっすか」


「いい女の子いますよ」


「お時間ありますか」


 非常に厄介で腹がたつ。これがいつもの華舞伎町ということなのだろう。いかに私達がいる時は爪を隠しているかがよくわかる。今すぐに警察手帳でも見せて摘発したいけども私用なのでどうにもできない。無視する以外の選択肢がない。

 満足に歩けないぐらい声をかけられる。捜査なんてできない。よく見ると居酒屋の間を陣取るかのように大人な店が乱立している。子どもが来る町ではないのは周知の事実であるが、だとしても大人な店が多いのが目立つ。来る人にとっては天国なのだろう。男だけでなく女も。ホストだって沢山あるのだから男女問わず人によっては天国なのだ。


「今はそんな店に構ってられない」


 逃げるにしてもどこ行っても同じような景色が続くので私自身がループしているのではないかと勘違いをしそうだ。仕事だと何も感じないのに不思議だ。そして目が痛い。なんでこんな休めない街に人はごった返すのかわからない。いや、休む人は来ない。こんなところ。


 適度に休める場所がないかと探したところゲームセンターの入り口近くであれば安全であることに気が付いた。

 やっと落ち着ける空間に来れて安堵しているが、ゲームセンターの前の広場に若い男女がたむろっているのが見える。見るからに非行少年達だろう。大人な店のないこういった場所の近くに集まるのだ。これは巡回の時から良く見るので驚きはしない。


 こういった子供たちはなぜか群れたがる。理由はわからないが、1人でいる子をあまり見ない。少年達も普段の恰好の私を見れば警戒して大人しいが、私服だと警官だとバレないのでいささか普段の彼らを観察できる。


「何かやらかさないかな」


 どうも心配してしまう。これも職業病だ。そんな私の心配をよそ目にある男が現れた。


「おいおい、またやんちゃしてんのか」

「あ、先生!」

「馬鹿なことしてないよな?」

「もちろんっすよ」


 そう少年達とやり取りをするおじさん。私はこの人を知っている。仕事で巡回中に何度か見かけている。名を「中谷 彰」と呼ぶ。別名「夜回り先生」だ。中谷さんはこういった少年達による話かけて回っているのだ。理由は非行少年を救うためなのだろうか。そこまで詳しくは知らない。


「先生!」

「ん~どうした。おいおい。それ寄越せ」


 その少年はタバコを持っていた。未成年喫煙だろうが吸っている現場ではないので何も言わない。中谷さんはごく当たり前かのように少年に指摘していた。少年は怒るかと思ったが全然怒らなかった。逆に素直にその指摘に応じていた。


「あ~見つかったか~。はい先生」

「あれだけ吸うのは辞めろっていっただろ。はい貰うよ」

「はーい」


 なんだこの光景は。こうも非行少年達が従順になっているのはもはや圧巻。

 中谷さんはそのままここにいるほとんどの少年少女と会話を済ませた。その会話をすると自ら帰るものまで現れた。私はその光景をずっと見ていたので中谷さんに気が付かれていたようだ。こちらに向かってくる。


「お兄さん。私が不思議に見えましたか」


 警察だとはバレていないらしい。警察だと思われるのも面倒なので一般人を装う。


「あ、はい。なんとも凄い光景だなと」

「はっはっは。それもそうだよね。いや私は定時制高校の教員でね。夜こうやって集まってくる子達に声をかけているんだよ」

「なぜですか」

「定時制だとね、色んな子が来るの。当初は授業抜け出す子を探す目的で来ていたんだけど、徐々に彼らを助けたくなってね」


 中谷さんは高校教員だった。普通の時間ではなく夜の時間に行われる高校「定時制高校」。そこの教員だったから彼らに対して親身になるということか。


「こんなおじさん先生が夜に回っているので夜回り先生と呼ばれてますよ」

「夜回り先生ですか」

「物騒な名前ですが、彼らからは親しみ込めて呼ばれています」


 彼ら自身からもそう呼ばれていることは知らなかった。彼らには本名を言っていないのだろうか。通称でずっと呼ばれているのには理由がありそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る