第2話 謎の少年X/さらば友よ

 「一人になれる教室?」


 昨日の今日で、俺は柏沢先生にそう相談した。朝の職員室でだ。迷惑かもしれないのに、応じてくれる先生は本当にやさしい。

 俺が他人と関わることはいいことにならない。だからといって、高い金払って私立高校に行かせてくれたのに、やめるわけにはいかない。


 だからこそ、学校では一人でいられる場所が欲しい。


 「先生、お願いします」

 「……まあいいが、3つほど条件を出させてもらう」

 「条件?」

 「ああ、授業中も手をまわして出席にしてやるから、その3つだけは守れ」

 「わかりました」


 授業も出なくていいのなら、俺は由愛たちと目を合わせることも少なく済むだろう。これはどんな条件だとしても受けたいところだ。


 「ひとつ、HRには出ること。あたしには顔を見せろ。じゃないと欠席にする。

 ひとつ、定期テストで平均85点以上を維持し続けろ。成績が下がったらどうしようもない。

 ひとつ、ちゃんと行事には参加しろ。なんだかんだお前はクラスにとって必要な存在だ。そのくらいの時には一緒にいてやれ」

 「3つの条件。しかと心に刻みました」

 「そして、これは条件というより、体裁としてだが、部活名を決めておけ。なんの意味もなく教室ひとつ貸すほど、うちは安くないぞ」

 「わかりました。考えておきます。」


 なんて破格の条件なのだろうか。この3つを維持するだけで、それと部活名を決めるだけで、俺はほとんどの時間を一人で過ごせる。もう、なにも失わない。

 最初からなにもなければ、失わないんだ。


 「柏沢先生、ありがとうございます」

 「礼はいい。それに、お前が一人でいていい場所は、本校舎の1階の一番端の旧図書室だ」

 「……劉生十八不思議の?」

 「そうだ。超次元図書館のだ。逆に言うのなら、そこ以外は人が来てしまう」

 「わかりました。そういう場所があるだけでありがたいです。じゃあ……」


 そう言って、俺は職員室を立ち去ろうとする。すると、先生に呼び止められる。


 「有藤、なにかあったらあたしに言え。大抵のことは何とかしてやるし、相談に乗ってやる」

 「……ありがとうございます」


 俺はそう言っただけで、職員室を後にした。


 「おお!兄ちゃん、話は終わったのか?」

 「はあ……なんで付いてきたんだこいつは……」


 職員室から出てすぐの廊下に、サブが立っていた。こいつはなぜか、朝から俺についてきて学校に来やがった。


 いや、両親は共働きだし、家には誰もいないし、寂しいのはわかるんだが、俺についてくるかあ。


 「とりあえず、HR中は静かにしてろよ。その後なら構ってやるから」

 「わかった!」


 そう注意してから、俺は教室の前に立つ。昨日の今日であいつらに会うのは、少し怖いな。


 ガラガラガラ


 俺が教室に入ると、一斉に視線が降り注ぐ。その中には、俺の顔を見てひそひそとしている者たちもいる。


 「有藤のやつ、恋埼さんと別れたらしいわよ。なんでも浮気してたんですって」

 「えー、それってヤリ捨てってやつ?」

 「そうなるわね」


 昨日の話がもう出回ってるらしい。まあ、だからなんだといった話だが。


 俺はそんな視線たちを無視して席に座る。すると怒気を孕んだ男に話しかけられる。


 「おい、大雅!おめえ恋埼と別れたってどういうことだよ!」

 「どうもこうも、そのまんまだよ。てめえに関係あんのか?」

 「大ありだ!てめえ、恋埼がどれだけ泣いてたと思ってるんだ!」

 「ふっ……だからなんだ」

 「てめえっ!」


 俺は男に胸倉をつかまれる。苦しい。


 この男は、岩貞大樹いわさだひろき。俺の親友だった男だ。

 こいつがここまで感情をあらわにするのは本当に珍しい。こいつはいつもクールで、感情的という言葉とは本当に無縁の男だった。


 ああ、こいつ恋埼のこと好きだったな。それで怒ってんのか。


 「じゃあ、お前が慰めてやれよ」

 「大雅……お前、なに言ってるのかわかってんのか?」

 「わかってるさ。お前、恋埼のこと好きだったろ?」

 「ふっざけんな!」


 バキッ


 突然、俺の頬に鈍痛が走る。


 殴られたのだ。たとえ力を手に入れたとはいえ、俺は人間だ。殴られれば痛い。ただ、俺にはやり返す資格はない。


 「やめて、岩貞!」

 「恋埼、なんだってこんなやつのことをかばうんだよ……」

 「いいでしょ!私の勝手よ!ねえ大雅、今なら間に合うからさ。ね、やり直そう?私はまだ大雅のこと好きだから……」

 「ふふ……あはは!俺は恋埼のこと好きでもなんでもねえよ!」

 「いや、嘘をつかないで!由愛って呼んでよ!」

 「恋埼、お前は岩貞とでも付き合え。そうした方が幸せだぞ」

 「なんでよ!私はあなたじゃなきゃ嫌なの!私は……私はあ……」


 それを見た岩貞は、無言で俺に近づいてくる。そこから俺を無言でつかみ、またも殴ってくる。


 俺は殴られた衝撃で、数メートル吹っ飛ぶ。扉の前くらいまで飛ばされただろうか。


 「いった……」

 「……」


 俺はあまりの痛みに、声が漏れてしまう。

 そして、岩貞はまだ殴るつもりなのだろう。無言で近づいてくる。


 しかし、その間に一つの陰が立ちはだかった。


 サブだ。


 「もうやめろ!」

 「さ……ぶ……?」

 「なんだこのガキ!なんで学校にいやがる!」

 「もうやめろと言っている!殴る必要などないだろう!」


 俺には、そこに立っているサブが、サブだとは思えなかった。昨日の雰囲気とまるで違う。気迫が凄まじい。


 「そいつは恋埼を泣かせた最低の男なんだよ!」

 「最低はお前だっ!無抵抗の相手をただ無言で殴る。これが最低じゃなくてなんだ!」

 「……っ!お前はなんなんだよ!」

 「私は……私は大雅の……」


 そうサブは言い淀んでしまう。

 そらそうだ。あいつは俺にとってなんでもない存在。突如、昨日から俺の家に居候してるだけの存在。


 だが、恋埼は違う事を考えたんだろう。顔を真っ青にして聞いてくる。


 「ね、ねえ、大雅って一人っ子よね?」

 「……」

 「まさか、本当に好きな人が……?」


 そう言うと、クラス中から口々に「隠し子?」「あの年で?母親は?」などと聞こえてくる。

 親戚とかいう発想はないのか。


 「お前達がどう考えようが知ったことじゃない。もう、俺に関わるな。サブも大人しくしてろ」

 「わかった……」


 俺は席に向かって動き出す。岩貞は、俺に隠し子がいたと思って、頭が真っ白になっているようだ。


 俺はそんな岩貞に、声を掛ける。


 「さようなら」


 これで、俺の交友関係は終わったようなもんだ。


 クラス中が殺伐とする中、HRが始められる。

 だが、話をまともに聞いているものはほとんどいなかった。


 恋埼は一人号泣し、岩貞は放心。クラス中はの目は俺に向いていた。ほとんどが侮蔑の視線だ。

 はは、俺がドMだったら、さぞ興奮するようなシチュだな。


 「はあ……これでHRを終わる。お前ら授業ちゃんと受けろよー」


 こうしてHRが終わった。おそらく今までの人生で一番ひどいHRだった。


 だが、次の授業が移動教室という事で、いつも通りに恋埼が俺を誘いに来る。


 「大雅……あんなことあったけど、一緒に移動しよ」

 「サブ、行くぞ」

 「た、大雅……」

 「恋埼さんは、授業に行った方が良いよ。遅れると内申に響くよ」

 「た、大雅、そっちは実験室じゃないよ」


 俺はその言葉を無視して、旧図書室に向かう。


 後ろから恋埼の泣く声と、クラスメイトが慰めている声がするが、俺にはもう関係ない。


 ―――俺にはもう関係ない


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ここが旧図書室か」

 「ここが、これから兄ちゃんの過ごすとこなんだな!」

 「はあ、大雅でいいぞ。さっきみたいに呼べばいい」

 「わかったぞ!では大雅、まずは探索だ!」

 「はいはい」


 俺たちは旧図書館の中に、もう入っていた。

 中は少しだけほこり臭い。だが、元図書室という事で無駄に広い。


 「大雅!これはなんだ!」

 「ん?ああ、それか。それは劉生高校十八不思議の一つ。超次元図書館の入口って言われてる場所だ」


 サブが騒いで俺を呼び出し、見せたものは不自然に壁に取り付けられた扉だ。いつもこの扉を開けると、壁しかないという不気味な扉だ。


 「超次元?」

 「俺も詳しいことはわかんねえけど、この世界の全てを見ることが出来る場所らしい」

 「なにそれすごい!」

 「まあ所詮噂だよ。そんなのがあるなら、俺も見て見たいけどな」


 そう言いながら扉を開けると―――


 ガチャ


 「は?」

 「おほお!これは凄いではないか!まだまだ広いというのか!」

 「そんなわけ……」


 目の前には、膨大な本とそれを納める空間が広がっていた。

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