私立高校の探偵事務所《ホーラゴン》

波多見錘

第1話 謎の少年X/愛よ永遠に

 「ね、ねえ!別れてってどういうこと!」


 放課後の教室。ある女子生徒の悲痛な叫びが響く。


 見たところ、別れ話のようだ。


 「そのままの意味だよ。他に好きな人が出来たんだ」

 「ど、どういうこと?浮気してたの……?」

 「そういうことになるな……だから、もう別れよう……」

 「最っ低!」

 「そうだ、だから俺とわか―――」


 パァン


 瞬間、乾いた音が鳴り響く。女生徒が、相手の男子生徒をビンタしたのだ。


 男子生徒は、来ることがわかっていたかのように、特に驚いた様子はない。しかし、その無感情さとは違って、女生徒の方は涙を流している。


 「そうやって嘘ついて。わからないとでも思ったの?私は本気であなたが好きなのよ?」

 「……」

 「黙ってないでなにか言ってよ!」

 「……ごめん」

 「―――っ!?そう……さようなら!」


 そう言って、女生徒は教室を去っていく。その目には、大量の涙が溢れていた。


 女生徒が去った教室に残された男子生徒は、ビンタを受けた頬を抑える。


 「いってぇ……」


 (これで、よかったんだ……)


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 俺の名前は、有藤大雅ありとうたいが、高校二年生だ。俺は、ついさっきまでリア充だった。

 今しがた教室を走って出ていったのは、恋埼由愛こいさきゆめ、同い年の女子高生だ。まるで恋愛をするために生まれてきたかのような名前だが、成績優秀、スポーツ万能。学校では美の化身とも唱えられている。……この学校は終わっているのだろうか?


 俺は、誰もが羨むような彼女と中学生から付き合い、つい先週体を重ねたばかりだ。もちろん避妊もしているし、もしものことがあれば責任を取る。そんな、能天気なことを考えていた。


 だが、それが出来なくなった。冷めたのではない。突然、由愛との恋愛について責任とかを考えられなくなった。

 別に俺が無責任になったわけではないと思う。でも、その時の俺は、一時の気の迷いだろうと考えていた。


 しかし、今の俺はそんなことを言えない。冗談でも、好きな人が出来たとか言って俺のことを諦めてもらうべきだと思うようになった。

 由愛には悪いが、俺よりいい男を見つけて幸せになって欲しい。


 「……帰るか」


 俺は一人、そう言うととぼとぼと帰り始める。


 隣が寂しい。いつもは由愛が、隣で騒ぎ倒していたから、もの寂しさを感じてしまう。


 別れなければよかった。一瞬、そんな考えがよぎるも、俺は頭を振って考えるのを止める。


 「あぶないっ!」


 キキ―!


 突如として、切羽詰まったような声が聞こえる。声のする方向に視線を向けると、道路に子供が飛び出していて、車が今にも突っ込みそうな状況だった。


 「……あぶない。【間に合え】」


 『間に合え』少し意識を込めて呟くと、一瞬で車の前に移動する。

 周囲の人たちは、突如車と子供の間に少年が現れたことで呆気にとられる。

 だが、俺は気にせずに続ける。


 「【止まれ】」


 バン!


 今度は『止まれ』と呟きながら、片手を突き出す。

 すると、車は俺の手に触れた瞬間、轟音を立てて止まる。


 「「「は?」」」


 周りの人間達は、なにが起きたとわからないとばかりに唖然とする。


 「大丈夫か?」

 「う、うん大丈夫。でも、お兄ちゃんは……」

 「俺は大丈夫だ。ほらが早く親のところに行け」

 「うん。お兄ちゃん助けてくれてありがと!」


 そう手を振って親の元に向かう子供。しかし、子供の親は子供が戻ってきた瞬間、子供を抱きかかえて走り去ってしまった。


 「ば、化け物だ!」

 「うわああああ!」

 「いやああああ!」


 大人は子供ほど純粋じゃない。自分より―――いや、人間と言う種としての能力を超えた存在は、一律で化け物なのだろうな。


 これ以上騒ぎになって、変な機関に狙われたらたまったものじゃないな。まあ、それは厨二が過ぎるけどな。


 「【忘れろ!】」


 そう俺が叫ぶと、その場にいた全員の記憶が消える。


 はあ、めんどくせえ。なんで助けたんだろう?


 聡明なみんなならもうお気づきだろうが、これが俺の力。


 【全知全握】

 全てを知り、全てを意のままに変えることのできる力。1か月前、突如として発症した呪だ。力ではない。こんなものはただの呪だ。


 俺がこの力を呪いと言うのは、力を使うたびに感情がうっすらと消えていくからだ。

 感情が消えていくと言っても、喜怒哀楽の一つが抜け落ちていくものというわけではない。

 ものに対する思い、感情が徐々に削られていくのだ。最初は気付かないくらいの感情が奪われていたのだが、しまいにはそのものに対する感情がきえてしまう。


 つまり、無関心になるという事だ。


 しかも、この力は調子のいいことに恐怖の感情が一切削られない。だから、感情を失う事によって、自分が変わってしまう恐怖とは一生戦わなければいけない。


 ただ、それを抜きにしても、おそらくこの力は大分滅茶苦茶だ。この力に望むことには、物理法則の限界が存在しない。


 しかし、俺はあまり使いたくない。今、滅茶苦茶使ったが、やはり俺は、俺でなくなるのがとてつもなく怖い。


 でも、使わざるを得ない状況は、今みたいに存在する。今は助けた理由はわからないが、俺は子供を助けた。だから、この先もこういう事はあるだろう。


 なら、俺は近くの人を精神的に傷つけてしまう事になるかもしれない。だから、俺は一人でいようと思う。

 そうだな。明日、柏沢先生に相談してみるか。


 その後、俺は家に向かって歩いていたのだが、あるものを見つけて立ち止まる。


 ある“もの”と言っても、おそらく人だ。それも、幼稚園くらいの子供?そんなような子供が、電柱の前でうずくまっていたのだ。

 こんなところで何をしているんだろうか?


 「おい、どうしたんだ?そんなところでうずくまって」

 「お兄ちゃん、だれ?」

 「それはこっちの質問だ。名前と住所言えるか?」

 「わかんない」


 子供がそう答える。


 困ったな。住所はともかく、名前くらいはわかると思ったのだが、見当はずれのようだ。

 この子供が、本当に自分の名前を知らないのか、嘘をついているのかは判断しかねる。


 力を使えばいいが、こんなことで使いたくない。


 「じゃあ、お母さんとお父さんについて何かある?」

 「わかんない。気付いたらここにいた」

 「うーん……」

 「お兄ちゃんの家に泊めて!」

 「は?」

 「お兄ちゃんの家に泊めて!」

 「いや、なに言ってるんだ」

 「お兄ちゃんの家に泊めて!」

 「もういいから!」


 この子供と話していると、頭が痛くなりそうだ。


 その後も、子供がしつこかったために、俺は家に連れていくことになったのだが、うちの両親はこの子供が家に泊まることに大賛成!

 こいつは、俺の部屋に寝泊まりすることになってしまったではないか!


 ふっざけんな!


 と、言うわけにもいかないので、渋々俺の部屋に子供を連れ込む。


 「にしても、名前を決めないとな。お前とか子供とかじゃ呼びづらいしな」

 「じゃあサブ!」

 「渋っ!」

 「サブがいい!」

 「わかったよ。じゃあ、お前は今日からサブだ。よろしくな」

 「よろしく!お兄ちゃんの名前は?」

 「大雅だ。そのままでもいいし、好きなように呼んでくれ」

 「じゃあ、タイガだ!」


 そういう事で、俺には奇妙な同棲者が出来てしまった。


――――――――――

 ツイッターにて次回予告的なものをやっています。

 暇があれば見に来てください。

 ツイッター→https://twitter.com/hatamisui

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