第3話 無力

 天国か地獄か。

 明るいから天国かもしれない。

 最後の自己犠牲の精神が買われたのかもしれない。

 とにかく穏やかで、必要以上に寒くも暖かくもない。

 ああ、ようやく、安らかに⋯⋯。


「先生! 意識、戻りました!」


 一気に周りのスピードがアップする。

 そこは病院のICUだった。

 確かめるとたくさんの管が体についていて、ピッ、ピッという音が心臓の鼓動を教える。

 僕は、僕はまだ生きている⋯⋯。深い絶望が僕を襲う。

 口の中はカラカラに乾いていて、言葉はヒューという呼吸音にしかならない。誰にも伝えられないもどかしさに、動こうとして、体に激痛が走る。

 眠気がやってくる。⋯⋯さっきの注射のせいかもしれない。


 ピッ、ピッ、という音は等間隔になり、僕が生きているということを否応なく教えてくれる。

「命を大事に」と教えてくれた利用者さんの言葉を思い出す。犯人が手際よく人質を撃ち続ける。淡々としたリズム。激痛。それから⋯⋯。


「気分はいかがですか?」

「はい⋯⋯」

 なんとも言えない、何度目かの複雑な感情。

 また生き残ってしまった罪悪感が、背中に背負う十字架のように重くのしかかる。

 目尻に涙が滲んでいく。悔しい。生きていることが悔しい。

「それで刑事さん、生存者は? 僕の他に⋯⋯」

「⋯⋯あなた以外の方4人は全員死亡しました。あなたは運が良かった。犯人は狡猾で躊躇いなしに確実に乗員を撃った。あなたは撃たれどころが良かったんです。良かったですね。ご家族もみんな、意識が戻られて大変喜んでいますよ」

 家族も薄々気付いてる。僕の身に起こっていることを。

 もうすぐプロポーズするはずだった彼女の笑顔はもうない。「二度と会いたくない」と言ってきた。


「なにか、悩みが?」

「いえ、あの⋯⋯」

 刑事は同情するような目で僕を見た。

 やさしくて、慈悲深く。

「生き残ったことに罪悪感を覚える人は決して少なくないんですよ。二次的被害です。あなたは悪くない。恨むのは自分ではないですよ」

 医師にもそれとなく話しておきましょう、と刑事は出て行った。

 今日はこれ以上話しても、あまり収穫はなさそうだと考えたんだろう。


 窓の外を見た。

 誰が、何人死んでも、天があり地があることに変わりはない。緑は目に眩しく、飛び立つ鳥の群れにはいつだって強い生命力を感じさせる。


 自分は無力だ⋯⋯。

 結局また誰も救えず、自分だけが。

 一体、何人の人が死ねばこの事態は終息するんだろう。

 僕は、罪のない人々を巻き込んで、自分だけがのうのうと生きている。

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