個人差

「たまにおられます、そういう方」

 ウエイターは、客が指さす注意事項の説明をしている。

『稀に、記憶の消去に時間がかかったり、部分的に不完全になる場合がございます』

 元から忘れたくて来ている客は、それを望んでいるからこそ忘れることができる。

 だが、全ての客がそうとは限らない。

 いやいやながらも、自分を変えるきっかけになるなら。

 新しい出会いのために、よかった記憶ごと消したい。

 理由は様々だが、そこには間違いなく『消してでも前に進みたい』という意思がある。

 しかし、所詮は外の力。

 中から沸き起こる『どうしても忘れられない』という意思までは消化できない。

「もし思いだした場合、返金対応はしてくれるの?」

「対応いたしかねます」

 ウエイターは練習した時の答えを返す。

「……なるほど、忘れるも思い出すも自己責任、ね」

 レストランは、注文通りの料理を提供する。

 それが原因で太ったからと、店を訴える客はいない。

 ただこの店は、ほんの少しそれに『幸せ』が乗っかっているようだ。

 客は、軽くなった財布のぶん、心も軽くなっているに違いない。

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