第32話「改めて告げる五文字」
「誕生日おめでとう」
店に足を踏み入れた俺たち。待っていたのは、屋流の気怠げな声と、それよりも遙かに大きいクラッカーの音だった。
その音にも驚いたが、何より驚いたのは店内の景色。
なんと、そこには藤坂が滅茶苦茶にしたはずの飾り付けが、より丁寧に、煌びやかになって復活していた。
特別に用意されたであろう、中央の円卓には大きなホールケーキが置かれている。
そこには、色とりどりの蝋燭が突き立てられ、火が灯っていた。
ケーキの中央には、大きな板チョコが突き刺さっており誕生日おめでとう! なんていう文字がポップな書体で刻まれている。
「え……」
俺たち三人は、声を揃えて戸惑う。
カウンターを見て見れば、豪華な食事がところ狭しと並べられている。まさか、これ全部……。
俺は、こんなサプライズを仕掛けた男に視線を向けた。
ヨレヨレの白衣と、ボサボサの寝癖はそこにはない。妙に洒落た服と髪型をした、いわゆる勝負服の屋流がいつも通りのうさんくさい笑みと共に佇んでいた。
「じゃーん。手持ち無沙汰だったもんで、改めて用意しておいたよ。凄いでしょ」
驚く俺たちを見て、屋流は得意気に語った。
「す、凄いッス……」
「凄すぎて、逆に反応ができなくなってる……」
ロールと俺はただ、そう言うことしかできなかった。
まさか、あの適当人間がこんなことできるなんて思わない。しかも、どれもこれもしっかり美味しそうなのがまたビックリだ。
珈琲を淹れるのはやけにうまかったが、まさか料理全般得意だったとは。
「ボク、こーみえて家事が得意なんだよね♪」
にへらと笑い、屋流が言った。
「君たち三人揃って帰ってくると思ってたからさ、準備してたのさ。楽しい誕生日パーティーを始めようぜ?」
小気味よいリズムで手を叩くと、屋流は俺たちにそう告げた。そこから、楽しい時間が始まった。
最初こそ、藤坂も引け目を感じてたみたいだけど、超ポジティブなロールのお陰で空気も次第に柔らかいものになっていく。
本当、こういう時はロール様々だ。
彼女の引っ張っていく力の前だと、藤坂だって関係ない。そもそも、今の俺たちにとっては、藤坂がどうとか、凡人だからどう、なんて言葉は不必要なものだった。
「日々君」
一緒に歌を歌っているロールと藤坂を眺めて、微笑む俺の隣に屋流が腰を降ろす。
この場で唯一の成人で、その特権を行使した彼の手には少量の酒が入ったグラスが握られていた。
その種類は、酒を飲んだことない自分には知るよしもないが、ただパッと見ただけでも度数が高いことだけは理解できる。
「なんですか?」
「マイちゃんを説得するために命を賭けたんだって?」
「……誰からそれを?」
「ロールちゃんから」
「でしょうね」
そんなことを屋流に話すのは、ロールしか思い浮かばない。
命を賭けたというのは、少し語弊がある言い方だ。あれは、ほとんど事故みたいなもので、結果的にそうなっただけ。
まさか、足を滑らせるなんて……。
自分の失態を思い出して、少しだけ頬が熱くなる。
「君って不思議だよねぇ。でも、ありがとう。助かったよ」
何の嫌味もない、素直な言葉が屋流の口から出たことが驚きだった。
まさか、彼からここまで素直なお礼を言われるだなんて思わないだろう?
「大人ってのは、大抵の子供より賢いはずなのに時としてどうしようもなくバカな選択しかできない時があるんだ。君がいなかったら、そう思うとゾッとするね」
それだけ言うと、屋流は一気にグラスの中にあった酒を飲み干して立ち上がる。
俺は、なんて返事をすればいいのか分からなかった。
だから、頷くだけにとどめておく。
「さぁ、今日の目玉だ。日々君から、舞ちゃんに誕生日プレゼントがあるみたいだよ?」
「なっ!」
勝手に目玉にされてしまった。
「ヒューヒューッス!」
指笛も口笛もできないから、台詞で代用するロール。悲しいことに、湧き上がるオーディエンスはロール一人しかいないのだが、まぁ、それで十分だろう。
「プレゼント……」
藤坂が、胸に手を当てて俺をみた。
なんだか、想像の百倍くらい期待されている気がする。大丈夫だろうか……俺のプレゼントで……いやいや! そういう考えはやめるって決めただろ!
自分の両頬を叩いて、俺は店に置いておいたプレゼントを取りだした。
「あー、えーっと。改めて……」
言葉に詰まりながら、俺は藤坂に歩み寄る。
そして、袋を彼女に突きつけて。
「誕生日、おめでとう! 藤坂!」
「……ありがとう」
彼女は俺のプレゼントを受け取った。
「開けてくれ」
俺の言葉に従って、藤坂は丁寧に包装を解いていく。
選んだ誕生日プレゼント。
正直、自分ではセンスがいいと思っている。藤坂にピッタリで、必要なものを選べたんじゃないだろうか。
「これは……」
包装を外せば、そこには布が。
ただの布じゃない。可愛いウサギさんがそこらじゅうにちりばめられた布だ。布というか、刀を入れるための袋? みたいなものだ。竹刀袋っていうんだろうか? それだ。
こう、女の子だし、可愛いものの方がいいと思って、ああいう柄にした。
「刀を入れる袋、どうかな? あ、気に入らないなら全然、使わなくてもいいから!」
そういう言葉が漏れてしまう。
やっぱり、よくよく考えれば女子高生にディフォルメされたウサギはダメかな?
もっと和風な柄にした方がよかったか?
なんて後悔がどんどんと溢れてくる。
「まさか。気に入らないわけがない! 大切に……大切に使うよ」
ギュっと、俺のプレゼントを抱きしめて藤坂はそう言った。
俺は、安心して胸を撫でる。
あぁ、よかった。
ふぅ、と息も漏れた。
気分は冬のマラソン大会を走りきったみたいに安心してる。肩の荷が下りた。
これで、胸を張ってロールにも自慢出来る。
どうだ俺のセンスは! ってな具合に!
「じゃ、目玉も終わったことだしあとは楽しむだけだね」
屋流の言葉を聞きながら、俺たちは楽しんだ。
美味しい料理に、ケーキに、飲み物に、とにかく色々と楽しんだ!
誰かを祝うのは初めてだけど、祝ってよかったと思う。藤坂を笑わせようと提案したロールに感謝したい。
そんなこんなで、楽しい時間は過ぎていき……あっという間に夜が来て、解散の時間になった。後片付けは屋流と藤坂の二人でするという話で、迷惑をかけた二人には休んで欲しいという藤坂の言葉もあり、俺たちはいそいそと帰宅した。
ああ、楽しかったな。
そんな思いを胸に、俺は帰路につく。
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