第28話「とっても簡単なこと」

 雨に打たれて、俺は走る。

 どうして、今まで気がつかなかったんだろう。

 藤坂舞は別に完璧じゃないってことを。

 藤坂舞は鉄仮面じゃないってことを。

 藤坂舞だって人間だってことを。


 俺はバカだ。

 あの時に、藤坂の様子がおかしいってもっと食い下がればよかった。それこそ、ロールがそうしようとしたみたいに。

 あんなことするわけないって、信用できればよかった。

 自分のことばかりに夢中になって、彼女の本当の姿をこれっぽっちもみていない。特別だって決めつけて、鉄仮面だって知った風に思って、藤坂も同じ高校生だということを忘れていた。


「なぁ、ロールは藤坂のこと、どう思ってる?」

「どうって、もちろん友達ッスよ!」

「だよな」


 俺は、そう思っていたかったけど言えなかったし、思えなかった。

 藤坂の友達なんて、名乗るのがおこがましくて。

 まるで自分が藤坂と同格になったような、そんな風に思い上がっていると思われたくなくて。

 でも、それじゃダメだよな。

 今度からは、胸を張って藤坂のことを友達だって言えるようにならないと。


 俺は校門を超えて、駆ける。

 靴箱で靴を脱ぐ暇すら惜しかった。どろどろの衣服と靴のまま俺は階段を駆け上がる。怒られたって構うものか。

 必死で、息も絶え絶えで俺は階段を駆け上がった。


 間に合え!

 俺の人生において、ここまで必死に走ったことはあるだろうか? いいやない!

 それくらい、今の俺は本気だった。

 藤坂が何をしようとしているのか、具体的には分からない。いや、分かりたくない。

 でも、今までの行動と学校の屋上という場所。

 いやな考えが浮かんでしまう。

 どうか、どうか間に合ってくれ。


 一段飛ばしをして、俺は階段を駆け上る。

 階数を示す数字が大きくなっていく。

 最初は一、次は二、そして三。最後に四。そして……。

 俺は屋上の扉に手をかけた。

 普段は鍵がかかって開かないこの扉。

 でも、今日は鍵がかかっていなくて、ここを誰かが通ったことが分かる。

 ドアノブに手をかけて、俺は深呼吸した。


「なぁ、ロール」


 そして、俺はロールに話しかけた。

 さっさと扉を開けた方がいいのは分かってる。でも、この確認だけは怠れなかった。


「どうしたんスか?」

「あの時さ、俺、本当にロールを助けたわけじゃないんだ。そんな俺でも、大丈夫かな?」


 もう一度、俺は真実を話した。

 あの時、俺はロールを助けようと思って鬼に気付かれたわけじゃない。本当に事故だった。

 でも、ロールは俺に助けられたと誤解している。

 だから、その誤解を解いてそれでも俺に価値があるのかを聞いた。


「なぁんだ。そんなことッスか」


 正直、こう言うと自惚れだったり自意識過剰に思われてしまうかもしれないけれど。

 ロールの答えを俺は分かっていた。


「もちろん、大丈夫ッスよ」

「ありがとう……!」


 俺はロールにお礼を言って扉を開けた。

 屋上には、当然のように土砂降りの雨が降っている。そんな中、空を見上げる少女が一人。屋上の中央に、彼女は陣取っていた。

 長い黒髪は、雨に濡れて艶やかだ。

 雪みたいに白い肌は、雨粒がまとわりついて憂い気な印象を与える。ずぶ濡れなのに、どうしてか美しくて。

 でも、放っておいたら消えてしまいそうなくらい儚かった。


「藤坂ッ!」


 だから、俺は彼女の名前を叫んだ。

 このまま、黙って行かせるわけにはいかない。まだ、彼女に説教もしていないし。

 何よりも、彼女の笑顔だって見ていないんだから!

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