第24話「バースデーパーティー」

 俺は屋流の店で誕生日パーティーの準備をしていた。

 明日に迫ってしまった藤坂の誕生日。屋流から話を聞いたのが昨日だったので、どうしたって突貫工事になってしまう。

 外は土砂降りの雨。

 なんだか幸先が悪い気がするのは気のせいだろうか。

 そして、もう一つ幸先が悪いことがあった。


「センパイ頑張れッス~」

「もっとテキパキしないと間に合わないよ?」


 それがこの二人。

 屋流とロールは俺がやっている飾り付けやら何やらの準備を一切手伝わず、ただ眺めて俺を応援(という名の妨害)をしてくるだけだ。

 飾り付けをしようと提案してきたのはロールのくせに、結局頑張っているのは自分だけ。

 まぁ、ロールはまだ分かる。

 問題は……。


「先生は別に手伝えるでしょ!」

「いやぁ、ちょっと腰が痛くてね」

「嘘つけっ!」


 俺はキャタツを使って扉周りを彩りながら屋流に言った。

 本当にこのダメ人間は……。場所貸しとお金と料理を作るからボクの役目は十分に果たしてるよね? みたいな顔しやがって!

 その通りだよっ!

 だけど俺だって別に飾り付けが得意なわけじゃない。

 むしろ、素人だしヘタクソだ。そんな俺が飾り付けしたって、一体何の価値があるんだろう……。


「君って、時々ネガティブだよね」

「俺ですか?」

「君以外いる?」


 突然自分に向けられた屋流の言葉に、俺は戸惑いながら返事をする。

 カウンターに座り込み、気怠げに突っ伏している屋流は生気のない瞳だけを俺に向けていた。


「なんで、そんなに引け目を感じてるのかなって、思ってさ」

「……」


 俺は言葉をつまらせる。

 屋流に本心を見透かされているのは嫌だった。でも、これ以上隠したところでどうせ屋流にはバレてしまうだろう。


「舞ちゃんが喜ぶか分からない?」

「そうです。藤坂は特別じゃないですか、でも俺は普通。そんな俺に祝われたって迷惑なんじゃないかって、思うんです」

「ふぁあ~」


 俺の吐露を聞いて、屋流は大きな欠伸で返事をした。

 コイツ! やっぱりダメ人間だ!

 身体を起こして、うんと伸びをした屋流はうさんくさい笑みを浮かべる。


「もし本当にそうだとして、何か困ることでもあるのかな?」

「あるに――」

「いやいや、ないだろ? だって、こんなのはただの自己満足さ。別に舞ちゃんからやって欲しいと言われたわけじゃない」

「……」


 屋流は立ち上がって、店内を見回してそう話す。

 前提条件をぶち壊すような無茶苦茶な話だが、だけど最もらしく聞こえてしまう。


「でも、それは最低限の話だ。自己満足でも、誰かを喜ばすことはできる。少なくとも、ボクは今でもこんなことをされたら嬉しいと思うよ。ま、ボクは、だけどさ」


 屋流はそう言ってそのままカウンターの奥の方へ姿を消した。

 明日の仕込みをしてくるよ。という言葉を残して。

 俺は飾り付けをする手を止めず、屋流の言葉を咀嚼した。自己満足か……。確かにその通り。

 結局は、俺たちのしようとしていることは自己満足でしかないんだろうな。


「センパイ~、まだ気にしてたんスねぇ~」

「まぁな」


 正直、そんなことを気にしているという時点で情けない。ウジウジ、いつまで足踏みをしているんだろうか。

 でも、それが凡人という奴なんだろう。

 悲しいことに、俺という人間の限界点だ。


「センパイの気持ちも分かるッスよ」

「だろう? ロールも怖くないか? もし、藤坂が全然喜んでくれなくて、むしろ不快そうだったらって」

「怖いッス」


 俺の隣に浮き、ロールは頷いた。

 でも、その表情は底抜けに明るいまま。いつもの超ポジティブなロールだ。

 そんな彼女でも、怖いと思うのが少し驚きだった。


「でも、そんな時はこう思えば解決するッスよ!」


 両手で握り拳を作って、ロールは意気込んだ。


「マイちゃんは、そんな人じゃないって! だって、自分たちの頑張りを汲んでくれる人ッス、どれだけ拙かったりセンスがなかったりしても、そのための努力を見ない人じゃないッスよ」

「そうだな」


 ロールの言う通りだ。

 藤坂は表情こそ冷たいし、感情だって欠片も見せないけれど本当は優しい人間ってことは今まで過ごした短い期間でも痛いほどに分かった。

 だとすれば、俺たちの誕生日パーティーだって喜んでくれるだろう。

 そう、つたない飾り付けも、センスのない誕生日プレゼントも……って!


「おい、遠回しに俺のプレゼントがセンスないって言ってるだろ!」

「誤解ッス! へびの抜け殻よりはマシッスよ!」

「最底辺と比べられてるじゃないか!」


「……」


 俺たちは顔を見合わせて笑った。


「……ありがとう、ロール」

「ま、気の利く後輩なら、これくらいは当然ッスよね」


 実際、ロールはいつだって俺の背中を押してくれる。

 なんだかんだ言っても、俺が飾り付けをする手を止めないのはそのせいでもある。ロールはお人好しだ。

 多分、困っている人を見たら絶対に放っておけないタイプ。

 それにこう見えて気も遣ってくれている。

 単純にいい奴。

 それが、ロールという少女。そんな彼女が大丈夫だって言うんだ。信じても大丈夫だろう。


「よし、あと一息頑張るぞ!」

「おーッス!」


 気分をあげるために拳を突き上げた時だった。ポケットが震える。

 俺は手を突っ込みケータイを手に取る。誰かから連絡が来たんだろう。

 またも知らない番号から。

 今回は屋流でもないらしい。(屋流は一応登録しておいた)

 少し不審に思いつつも電話に出てみる。


「もしもし? どちら様ですか?」

「藤阪舞だ。亜月君の電話で間違いないかな?」

「藤坂か、亜月で間違いないぞ」


 噂をすればなんとやら、という奴だろう。

 電話の主は藤坂だった。彼女に俺の電話番号を教えた記憶はないが、大方屋流が勝手に教えたんだろうな。

 社会常識を知らない先生だな、全く。

 相手が藤坂だったからよかったけど。


「済まないね。急用だったので屋流先生から電話番号を教えて貰った」

「やっぱり。それで急用って?」


 俺の頭の中で屋流がヘラヘラと笑う。

 それよりも、藤坂の急用の方が気になった。あの藤坂が急用とまで言うんだ、よほど大事なことなんだろう。


「ああ、明日、時間はあるだろうか。どうしても伝えたいことがあってね」

「明日……」


 これも、渡りに舟だった。

 ならこのまま、藤坂を店に招待してしまえばいいだろう。俺は首を縦に振る。


「もちろん。なら、屋流の店で集合はどうだ?」

「ああ。構わないよ」

「じゃあ、九時に集合で!」

「分かった。では」


 そう言って、ぷつりと電話は途切れた。

 相変わらず、藤坂らしいサッパリ具合。これ以上話して、藤坂に気付かれるのは避けたかったし、丁度よかったんだけど。


「マイちゃんからッスか?」

「うん。明日伝えたいことがあるんだってさ」


 その内容は分からない。

 予想すら不可能だ。


「もしかして、愛の告白だったり?」


 ニヤニヤとロールが笑みを浮かべる。


「いや、ないだろ」


 俺は即、首を横に振った。

 何を間違っても、告白なんてあるわけがない。それなら、明日世界が滅ぶ方が可能性があるぞ。


「センパイ、少しは期待してもいいと思うッスけど~?」

「俺はリアリストなんだよ」

「つまんないッス~」


 期待したところで、ロールの玩具になることは確定している。それなら、そっけない返事をした方がいくらかマシだろう。

 まぁ、何にせよ。


「これで藤坂も誘ったんだ、もう後戻りはできないぞ」

「はいッス!」


 大丈夫。きっと藤坂も喜んでくれる。

 そう自分に言い聞かせて、俺は飾り付けを続けた。

 藤坂の笑顔を見るために、俺たちは粛々と準備を行う。

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