第22話「鉄仮面が離れない」

 一体、いつからだろう。

 鉄仮面なんて呼ばれるようになったのは。


 一体、いつからだろう。

 周りから避けられるようになったのは。


 一体、いつからだろう。

 私が、私を嫌いになったのは。



 思い返せば小学校の頃はまだ普通だったと思う。人並みに友達もいたし、きっと人並みに幸せな人生だった。

 父親はいなかった、母親もいなかった。代わりにあったのは自分に課せられた使命と努力の日々。

 けれど、それは確かに満たされていたんだ。誰かは……私を見て不幸というかもしれない。でも、当時の私は確かに幸せだった。


 分岐点は中学校だ。

 小学生同士の差なんて、些細なもの。けれど、中学からは努力の差が如実に表れる。

 私は努力が好きだった。

 

 何かを積み重ねることが途方もなく。高い高い頂上を目指して一歩前進することが、誰よりも私は好きだった。およそ人が嫌だと思うことを、黙々と私はこなせる。

 私に才能があるとするならば、その一点のみだ。


 だけど、それが致命的に人とかけ離れていた。結果的に私は誰よりも抜きん出た。

 自惚れではない。自惚れであればどれほどよかったか!

 出る杭は打たれる。

 言い得て妙だ。誰よりも結果を出して、誰よりも高い場所に行ってしまった私はいつしか孤立していった。

 でも、最初こそみんな私を温かく迎えてくれた。


「藤坂ちゃん! 一緒のチームになろうよ! 藤坂ちゃんがいると勝てるから嬉しいんだぁ」


 嬉しい級友の言葉。


「藤坂は凄いぞ、また百点だ。みんなも見習え、彼女こそ我が校の誇りだ」


 誇らしげな担任の顔。


「百年に一度の逸材、いや、それ以上だ! ぜひウチの部活に来てくれないか?」


 なんて誘われたこともある。

 けど、それもほんの一瞬。私と暮らす時間が長くなればなるほど、みんなの見る目は変わった。


「藤坂ちゃんがいると勝負の結果が分かっちゃうからつまらない! だからこっちにこないで」


 級友の言葉だ。


「藤坂……いっつもつまらなさそうな顔で授業を受けて、俺の間違いを指摘するのがそんなに楽しいか? 分かっているなら授業を受けないでくれ、テストの点数だけ取れたらいいから!」


 悔しそうな先生の顔。


「なぁ……その、悪いが退部して貰えないか? ほら、君ができすぎてさ……部員たちがみんなやる気をなくすんだ。みんな遊びで部活をやっているわけじゃない。君は何をしても成功するが、この部活に魂をかけている奴だって多いんだ、みんながエースを狙ってるしスタメンを狙ってる。君がいると……その、ね? あとは言わなくても分かるだろ? 賢い君ならさ」


 なんて言われた。

 みんな、私と一緒にいればいるほど私を見る目が変わっていく。それは変えようもない運命だった。

 最後には、口を揃えてこう言って離れていく。


「藤坂といると、楽しくない」


 多分、それは真実なのだろう。

 何をしても勝ち、失敗なんて一度もない。それは人間じゃなかった。

 みんなが私を見る目は、人じゃない何かを見る目に変わっていく。

 恐ろしい怪物。

 理解不能の生物。

 鉄仮面……藤坂舞。


 だから、私は感情を見せなくなった。

 最初から素っ気ない態度を取れば、誰も私に近づかない。最初から人と関わらなければ誰かを傷つけることはない。

 研がれ過ぎた刃は、触れただけで人を傷つける。

 じゃあどうすれば誰も傷つかないか? それは、鞘に保管して中を見せないこと。

 私もそうだった。

 鉄仮面は誰も傷つけないために用意した私だけの鞘……。

 

 一層、人から孤立したけれどそれでよかった。

 不必要に私に近づいて、傷つく人間がいなくなったのがむしろ嬉しい。自分は大丈夫、孤独なんて私にとっては何の苦でもない。

 そのはずだった。


 だけど、そんな私の前に二人が現れた。

 亜月君とロール君。

 誰も寄りつかなくなった私と、話をしてくれる二人。

 二人に友情すら、感じていた。

 だけどそう思う度に、人の暖かさを感じる度に私は思いだしてしまう。

 そんな二人に、酷いことをしてしまったという事実を。


「殺しかけた相手に、よく友情なんて感じるッスね? バカなんスか?」


 どこからか、声が聞こえた。

 その通りだ。

 私は、自分の持つ刃で彼女を斬りかけたじゃないか。何を言っても許されるわけがない過ちだ。


「友達? あんな気持ち悪い女が友達なわけじゃないだろ? 笑えない人間なんて人間じゃない。ただ、都合よく利用してるだけさ」


 また、誰かが言う。

 ……その通りだ。

 私は笑えないし怒れないし泣けない。そうしないように努力をしてきた。

 そんな薄気味悪い人間を友達だって言えるわけがない。


「貴方、特別すぎるわ。それじゃあ理解者なんて誰もいないでしょう? 私なら、理解できるわ。だって、私は貴方。貴方は私……だもの」


 そう。

 私は特別すぎるんだ。

 そうなりたいわけじゃなかったのに、誰も特別になりたいわけじゃなかった!

 でもいつしか特別になっていた。

 理解者なんて誰もいない。

 隣にはいつも誰もいなくて、家に帰っても私を迎えてくれるのは暗闇だけで、頑張ったね、って言葉もない。

 誰も彼も、みんながみんな「藤坂ならそうできて当然だ」なんて顔で私を見る。


 私が感じた友情もきっと偽物だ。

 だって、私が好かれるわけがない。誰かと友達になっていいわけがない。

 まして、あの二人にしたことを私は覚えている。

 今だって、思い出せば手が震えた。

 誰かを守るために刀を振るってきたというのに、あんな簡単なミスをしてしまうなんて! 自分が嫌になった。

 いっそ、死にたくなる。


 もし、あの二人にも同じことを言われたら?


「藤坂といると、楽しくない」

「マイちゃんといても、楽しくないッス」


 そんな言葉を想像して、私は震える。

 耐えられない。

 そんなの、耐えられない。

 分かってる。優しい二人がそんなこと言うはずがないなんてことは。でも、考えれば考えるほど、そう思えば思うほど、思考の沼はどんどんと私を取り込んでいく。

 きっと、私と関われば関わるほど、二人は傷ついてしまう。――私が特別すぎるから。

 もがくことすらできず、私はただただ底なしの沼に落ちていった。


 でも、そんなのは。


「いやだ、いやだ、いやだ!」

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