第21話「ロールとケーキ」

「ん~! 悩むッス!」


 ロールは一人で身もだえていた。

 明日の誕生日パーティーのため、俺はケーキやら何やらを買いに来たわけだが……これが中々決まらない。

 昨日の自信はどこへやら。ショーケースに並べられた色とりどりのケーキを前にしてロールは大苦戦。

 もうかれこれ十数分はこうしている。

 ケーキ屋の中に入って、ただ突っ立っているだけの俺の身にもなって欲しい。


 悩んでいるロールの姿は店員さんには見えない。屋流やら藤坂やら、ロールの姿を見ることができる人ばかりで忘れそうになってしまうが、彼女は幽霊で普通の人には姿が見えないってのは変えようもない事実だ。

 だから、ロールが悩めば悩むほど、俺はショーケースの前で沈黙している奇妙な客になってしまう。


「決めたッス! 結局は王道が一番ッスよ!」


 と、決心したようにショーケースを見てロールは頷いた。

 俺は、彼女が指さしたケーキを見る。

 そこにあったのは白いクリームに真っ赤なイチゴが乗ったケーキ。……つまり、ショートケーキという奴だった。

 しかもホールだ。


「このホールケーキを貰えますか?」


 四人で食べるのは少し大きそうな……ホールケーキを店員さんに求めた。

 大きく感じるのは、俺がこういうケーキを食べ慣れていないからかもしれない。渡されたケーキの重みが、ずっしりと俺の手にかかる。

 自分でホールケーキを買ったのなんて初めてだ。

 家族の誕生日はそれぞれ好きな味のケーキを一切れずつ、とかだったからな。新鮮な気持ちだ。


「ありがとうございます」


 俺はそう言って店を出た。

 ケーキっていうのは、凄い。買っただけで心が浮つくんだから。

 ふわりと俺の周りを飛んでロールは自慢気に胸を張った。


「どうッスか、自分のシンビガンって奴は! 完璧ッス!」

「ま、無難なところだよな」


 俺は空いた左手を腰に当ててロールに返事をした。

 ケーキが好きでショートケーキが嫌いな人はまぁ、みない。それよりもチョコが好きだとか、モンブランが好きだとかはあると思うけれど。

 ドがつくほどに定番のケーキなので好みに合わないってことはないだろう。……藤坂は何を出されても無言で食べそうだけど。


「でも、よく考えたら真っ先にケーキ買っちゃったらダメッスね。一度、店に戻らないといけなくなりました」

「あ……」


 そう、今は夏場。

 冬ならばまだしも、炎天下の中ケーキを持って動き回るわけにもいかない。

 ケーキがダメになってしまう。


「それ、買ってから言うか?」

「だって~、買う時は夢中だったんスもーん」


 ガックリと、俺は肩を落とした。

 やってしまったことはしょうがない。俺だってすっかり忘れていたわけだし。

 ただ、屋流の店に戻る前に一度だけ寄っておきたい場所があった。


「買い出しは近所のスーパーでもできるだろうし、ここでしか買えないものをささっと買って店に戻るか」

「それがいいッスね!」


 そう、俺たちは美味しいケーキを買うために繁華街の方まで出てきていた。普段は繁華街なんて二週間に一回くらいしか足を運ばないのに、今年の夏休みはもう毎日通っている。

 ケーキも、ネットで調べて評価が高い店を選んでみた。(その分、ケーキの値段も高かったけど、屋流がお金を出してくれるので奮発した)

 俺はもう一つ、買おうと思っているものがある。


「センパイから、マイちゃんにプレゼント渡すんッスよね?」

「せっかくだし、渡した方がいいだろう?」

「そッスねぇ~」


 ロールはなんとも気のない返事を俺にした。


「センパイのプレゼントって、センスなさそうッス~」

「ぐっ!」


 痛いところを突かれてしまった。

 生まれてこの方、異性にプレゼントなんて渡したことない。そんな俺が、センス溢れるプレゼントなんて渡せるはずはなかった。


「だよなぁ……」


 と、俺は足を止めてしまった。

 もうケーキだけでいいんじゃないかとさえ思ってしまう。

 俺のセンスのないプレゼントを貰ったところで、藤坂が喜ぶ未来が見えない。


「え、真に受けた感じッスか」

「実際そうだと思うと……なぁ?」


 俺が思いつくのなんて、本当に人並みのものばかりだ。


「なぁ? って自分に自信がなさすぎッスよ! プレゼントは気持ちの方が大事って誰かが言ってたッス! それに、センパイが選んでくれたって言えばどんなものでもきっとマイちゃんは喜んでくれるッスよ!」


 ロールは握り拳を作って熱弁を振るう。

 その通りなのは分かっているが……やっぱり、自分でやるとなると中々踏み出せない。

 だって、俺たちはこうして準備をしているがそれが独りよがりだったら? 本当はこれっぽっちも誕生日パーティーなんてして欲しくなくて、迷惑だと感じられたら?

 そんな疑問を一度でも持ってしまうと、どんどんと似たような思いが湧き上がってしまう。

 自分でも、嫌になるほど凡人じみた悩みだ。

 もっと自分の中で踏ん切りがつくようになりたい。


「……センパイ~、大丈夫ッスよ。自分、ああは言ったッスけど、センパイから貰ったらへびの抜け殻だって嬉しいッス!」

「そこまでセンスがないわけじゃないからな!?」


 異性にへびの抜け殻を渡すような奴だって思われていたのか俺!?

 それは流石に心外だ!

 もうちょっとマシな誕生日プレゼントを選ぶことができる! できるよな? 俺。


「じゃあ、見せてくださいよ。センパイのセンス!」

「分かった、分かった。買ってくる!」


 流石にこのまま、ロールに誤解されたままだと癪なので俺は自分のセンスを信じてかねてから買おうと思っていたプレゼントを買いに向かった。



 俺はお目当てのものを買って退店した。

 右手にはケーキが入った袋、左手には藤坂に向けたプレゼントを持って俺はロールに歩み寄る。


「何を買ったんスか? 早かったッスね」

「自信があるぞ」


 俺は袋から誕生日プレゼントを取りだしてロールに見せた。瞬間、ロールのキラキラとした目の輝きが失われていく。


「イイトオモウッスー」

「棒読みすぎる! お世辞でももう少しうまく言えるだろ!」


 俺は急いでプレゼントを袋に突っ込んだ。

 分かってるよ。自分でもセンスがないことくらい! まぁ、へびの抜け殻よりはマシだけどな!


「でも……センパイが選んだんッス。だから、自分は好きッスよ」

「……」


 時々、真顔でこういうことを言うんだからロールってのは信用ならない。俺はちょっと照れくさくて空を見る。

 すると、そこには青空はなくて真っ黒に染まった重い空があった。


「……雨が降りそうだな」

「やばいッスね! ケーキが濡れちゃう前に早く店に戻るッス!」

「そうだな」


 俺とロールは急いで店に戻った。

 ここから先もきっと忙しくなるぞ、だって食材の買い出しに店内の飾り付け、やることは色々ある。

 楽しいパーティーにするため、俺たちは奮闘する。

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