第20話「計画立案」

 今日も今日とて、疲れた。

 むしろ、今日が一番疲れたかもしれない。散々走り回って、その上命を危険にさらしたんだから。

 俺の心労もひとしおだった。

 ふぅ、と一息吐いて俺は部屋に入る。


「いけー! 倒せー! 負けるなッス~!」

「しっかり楽しんでるじゃないか……」


 テレビに向かって握り拳をつくってやいのやいの盛り上がっているロールを見て、俺はそう呟く。

 俺が風呂だとか晩ご飯とかを食べている間は一人で暇だと昨日言っていたので、俺は一つ対策を講じた。

 それが、テレビにアニメを映すこと。DVDなら一本二時間くらいはあるし、大丈夫だろうと考えたわけである。

 最初俺がそう提案した時に、ロールはこんなことを言っていた。


「えー? アニメッスか? 自分、そんなにお子ちゃまじゃないんで、もっと大人っぽいのがいいッス!」


 なんて言ってたくせに蓋を開けてみれば、この様である。

 実にロールらしい。


「あ、センパイ、帰ってきたんッスね。もうちょっと遅くてもよかったのに~」

「あのなぁ……」


 どうやら、気に入ったらしい。

 それもそのはずだ。今流しているアニメは『勇者アルトルムの冒険』というものだ。

 タイトルは驚くくらいにシンプルなんだが、これが非常に面白い。

 俺はこの作品のファンだ。それも、重度の。

 原作はもちろん、円盤も買いそろえているし、限定イベントには足繁く通っている。作品としても人気があり、魅力がある。だからロールが夢中になるのも頷けた。


「いやぁ、面白いッスねぇ」

「一巻が終わったな」


 何百回も聞いたかもしれないエンディング曲を聴いて俺は言った。

 ロールは嬉しそうにくるりと一回転する。


「次も見たいッスけど、センパイが来たんで、明日の楽しみにとっておくッス」

「一気に見るのもいいけど、ちょっとずつ見ていくのもいいものだからな」

「そうッスねぇ~。楽しみが増えたッス!」


 テレビを消して、俺はベッドに寝転んだ。

 真っ白な天井が、今日も変わらず目に映る。そこに、ふわりとロールが顔をのぞかせた。


「そういえばなんスけど、やっぱりセンパイはマイちゃんの笑顔を見たくないんスか?」

「……それなんだけどな、俺も一緒に頑張ることにするよ」

「ええーっ! 突然の変わり身……どうしたんッスか?」


 ロールはジトーッとした目を俺に向けた。

 自分でもどうしてか分からない。けれど、今は藤坂の笑顔を見るためにチャレンジするのも悪くないと思うようになった。

 多分、藤坂にお礼を言われたからだろうな。単純だけど、こんな俺でも藤坂の力になれたんだと思うと活力が湧いてくる。

 だって、そうだろう?

 一生縁がないと思っていた超人に、こんな凡人が近づいてお礼を言われるなんて……。もしかすると、俺は凡人じゃないのかもしれない。


「とは言っても、どうやって藤坂を笑わせるつもりなんだ?」

「うーん。そこなんスよねぇ。センパイがホウフクゼットーの芸をするとか?」

「そんなのあると思うのか?」

「ないッスね! この世にあるありとあらゆる凡という字の複合体みたいなセンパイは、せいぜい小笑いくらいの芸しかなさそーッス!」

「あのなぁ……」


 人がせっかく調子に乗りかけていた時に、出鼻をくじくような発言をしてくれる。

 そこまで俺は凡人っぽいのか?

 まぁ、今はそんなことは置いておこう。

 どうやって藤坂を笑わせることができるか。やっぱり、面白いことか……。うーん、面白いことで笑っている藤坂が想像できない。

 そもそも、どんなギャグセンスなのかも分からないからな。


「笑わせるっていっても好みが分からないしなぁ」

「そうッスねぇ……あっ!」


 ロールは何かを閃いたみたいに手を叩いた。

 ちょっと待て、俺も一瞬頭に浮かんだ案があるけど、それだけは絶対に嫌だ。

 俺を真っ直ぐ見て、ロールは口を動かす。

 頼む、俺の思いついた案だけはやめてくれ!


「ヤリュウさんに聞けばいいッス!」


 くっそ!

 考え得る限り最悪で最適な答えが俺の耳を突っ切っていった。

 そりゃそうだろうな。だって屋流は藤坂との付き合いが長いし、多分屋流なら使えそうな情報の一つや二つくらい持っていそうな気だってする。

 だけど、明日もあのダメ人間と会わなくちゃならないのか。これで三日連続ダメ人間と顔を合わせることになる。ダメ人間強化週間かなにかか?


「ほーんと、センパイってヤリュウさんのこと嫌いッスね? なんでッスか? 楽しい人じゃないッスか」

「本当かぁ? 何をとち狂っても、屋流みたいな大人になっちゃダメだからなロール」


 俺はロールが屋流みたいな人間になっているところを想像して、早めに注意しておいた。正直、このままロールが屋流と交流を深めれば、俺の想像が現実になってしまう危険もあるかもしれない

 ロールは純粋だ。

 だから、影響を受けやすいと思う。そんなロールの隣に、屋流がいたらどうなるか……もう考えなくたって結末は分かる。

 それもあって俺は絶対に屋流と会いたく――



「ははは、それでにっちもさっちもいかなくなてボクに助けを求めて来たと」


 しかし、屋流を頼るしかなかった。

 俺はロールにも聞こえるようにスピーカー機能を使ってベッドの上に電話を置く。電話からは実に愉快そうな笑い声が響いた。屋流が笑っていると思うと、携帯電話まで憎たらしく見えてくるのだから不思議だ。


「そうなんスよ~、なんか、マイちゃんが喜びそうなこととか、ないッスかね?」

「う~ん。どうだろね。ボクは力になれないかもしれないよ」

「じゃあ、電話切ってもいいですか?」


 屋流の言葉に、俺はどこまでも冷たく反応した。

 多分一分一秒でも早く電話を切りたかったのだろう。切断ボタンに人差し指が乗りかかった瞬間、俺の行動を見透かしたように屋流の笑い声が聞こえてきた。


「ははは。せっかちだなぁ、一つだけ役に立てそうな情報を思い出した」

「ホントッスか!」

「うん、ホントッスホントッス」


 本当に適当な返事だなぁ。

 俺は屋流の言葉を待った。もちろん、今も赤いボタンを押しかけている人差し指に待てをして。

 けれど、どれだけ待っても屋流から役に立ちそうな情報とやらは聞こえてこない。


「その情報は言ってくれないんですか?」

「え? ほら、ボクって情報屋だよ。ただで貰えるとでも?」


 こ、このダメ教師!

 生徒から金品を巻き上げるつもりなのか? 一体どこまで人間が腐っているんだ。

 はぁ、と露骨にため息を吐いて俺は渋々……本当に渋々屋流の作戦に乗る。


「何が望みなんですか?」

「ははは。心配しなくても、そんなに難しいことじゃない。ボクも一枚噛ませて欲しいってだけさ」

「噛ませて欲しい?」

「ま、聞けば分かるよ」


 余裕綽々とした様子で屋流が言う。

 俺には真意は分からない。けれど、俺として承諾する以外の選択肢はないだろう。

 非常に残念なことに、屋流を頼ることしかできない。


「分かりました」

「よろしい。なんと、二日後……誕生日なんだよね。舞ちゃんの」

「誕生日……」

「それだっ!」


 俺とロールは顔を見合わせて、まったく同じ言葉を吐いた。

 渡りに舟とはこのことである。

 しかも、二日後だって? もうすぐじゃないか!


「じゃあ!」

「誕生日パーティーをするッス!」


 俺とロールの考えはビックリするくらいシンクロしていた。

 藤坂のために誕生日パーティーを開く。これ以上ない名案じゃないか。


「ははは。って、ところでボクも一枚噛ませて欲しいんだよ」


 俺たちが行き着く先を最初から知っていたように、屋流の声が携帯から漏れた。

 なるほど、屋流が言っていたのは誕生日パーティーに自分も混ぜて欲しいという意味だったのか。なんだか、屋流の手のひらの上で転がされている気分だ。


「それはいいですけど」

「むしろウェルカムッス!」

「でも、先生にとってはただ手間なだけじゃないんですか?」


 ロールの割り込みを受けつつ、俺は聞きたいことを言い切った。自分から誕生日パーティーの参加を希望するなんて、屋流にしては珍しい積極性だ。(とはいっても、普段の屋流を知っているわけじゃないんだけど……)


「まぁね。ボクの店を使ってくれて構わないし、ボクが料理を担当しよう。ケーキはどうする?」

「あ、ケーキは自分が選びたいッス! 自分、スイーツを見る目には自信があるッスよ!」

 

 隣でバタバタとロールが両手を振る。

 そういえばロールは甘いものが好きみたいだ。常に甘いもので頭が満たされている気がするし。


「そう、じゃあ選んで貰おうかな。ふふ、楽しみだねぇ」

「なんか、やけに積極的ですね……」

「そう? 気のせいだよ、気のせい」


 いつになく上機嫌な屋流。本人はそう言っているが、絶対気のせいじゃない。

 実は誕生日パーティーマニアだったりするんだろうか? 

 んなわきゃない。

 何か理由はあるんだろうけど、その理由は俺には分からないだろうな。

 ともかく、屋流の店を使えるってなったんだ。一気に色々と解決したような気がするな。認めるのは癪だが、屋流に相談してよかった。


「じゃあ、君たちには買い出しに行って貰おうかな。代金はボクが払うから安心してね」

「はいッス! 任されましたー!」

「じゃ、欲しいものはメールでまとめておくから、よろしくね~」


 そう言って電話は切れた。

 明日も忙しくなるだろうな。藤坂の誕生日パーティー……ちょっと、いや結構楽しみだ。


「じゃあ、俺たちも明日に備えて寝るか」

「そうッスね!」


 布団に潜りこんで、俺を瞼を閉じる。

 久しぶりに、明日が楽しみになったかもしれない。ちょっとしたワクワク感に包まれて、俺の意識は微睡んでいった。

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