第19話「五大獣」
「メアリー・スー、なるほど。ビンゴって感じだね?」
屋流は口笛を吹いた。
俺は自分に出された珈琲カップを手に取って、ゆっくりと傾ける。
口の中に、彼の入れた珈琲が入っていく。味は……やっぱり美味しい。
「はい。恐らく」
その言葉に続くのは藤坂。
二人の主語は分からない。あのあと、俺たちはいそいそと立ち入り禁止区域から外を目指した。
藤坂はメアリー・スーに夢を叶えられてしまった女の子を担いで。(どういうわけか、見た目はすっかり普通の子になっていた)禁止区域に入ってしまった後ろめたさを感じつつ、俺が来た道を戻る。
そこには、屋流がいた。ご丁寧に鉄条網の扉を解錠して。
そのあと、女の子を病院に届けたりなんだりとして、紆余曲折あって屋流の店にいる。
情報共有は道すがらに済まし、こうして主語の分からない会話を二人が繰り広げているわけだ。
「うーん、なんのことッスかねぇ」
「さぁ」
俺とロールは揃って頭にハテナマークを浮かべて首を傾げる。
どうせ、想造獣のことなのだろう。詳しいことは何一つ分からないが……。
「ほら、ちょっと前にボクと舞ちゃんがロールちゃんと間違えた想造獣がいるって話をしたろ?」
「あぁ~」
俺は頷いた。
確か、その時屋流が語った特徴は……女の子で空を飛べて、すり抜ける。みたいな感じだったろうか……あ。
俺の合点のいった表情を見て、屋流はニヤリと笑う。
「そう、メアリー・スーの特徴と一致するのさ? 多分、彼女がボクたちが追っている五大獣の一角だろうね」
「うへぇ……また、知らない造語が出てきたッスぅ~」
俺が思っていた気持ちをロールが代弁してくれた。
どうしてそう重要そうな情報をポンポンと後から出してくるんだろう。
……この男は。
「先生、説明していなかったんですか?」
「あぁ。忘れてたよ。そういえば、合い鍵と一緒に話す予定だったんだ」
「ダメダメじゃん!」
立ち上がって屋流に突っ込むが、俺のツッコミなんて屋流にはこれっぽっちも効いていないみたいだ。
ははは。と薄ら笑いで一蹴される。
もうこんな反応には慣れっこだ。取り敢えず今は、その五大獣とやらが何なのかを聞くことにしよう。
「それで、何なんです? 五大獣って」
「ああ。文字通り五体存在している超強力な想造獣のことさ。一体はもうこの世にはいないんだけどね」
「その一角がメアリー・スーだって言うんですか?」
「そう」
うーん。
俺は思わず首を傾げた。
超強力な想造獣。その言葉とは裏腹に、メアリー・スー自体は非力な女の子っぽい。
そりゃあ、瞬間移動だったり凄い技は持っていたけど、超強力と言われると……。
「なぁんか……」
「そんなに?」
「ってイメージッス」
俺とロールは声を揃えて自分の気持ちを嘘偽りなく告白した。
それを聞いて、屋流はケラケラと本当に面白そうに笑い始める。
「ははは! どうしてそう思うんだい?」
「どうしてって、そりゃあ」
「マイちゃんが一瞬で倒してくれたからッス!」
うんうん、と俺は頷いた。
もう藤坂にかかればズバズバと、赤子のように圧倒されていた。あれが超強力な想造獣だと思うのは難しい。
それを聞いて、また屋流が笑い始めた。今度はゲラゲラと。
「はっはっは! そりゃあ、そうだよ。だって、舞ちゃんは向かうところ敵なしの史上最強の想造獣ハンターなんだから!」
「それは、言い過ぎです」
「彼女が勝てない相手がいるっていうなら、それこそ誰も敵わないだろうね。特に、君たちも知っているだろう? 斬想刀について」
「?」
その聞き慣れない単語に、またも俺たちはそろって首を傾げた。
ザンソートウ?
全然、これっぽっちも知らない単語だぞ。
「なんだ。ボクのことをどうこう言ってても、舞ちゃんだって説明不足だね」
「……タイミングがなかったもので」
「じゃ、説明してあげなよ。傷の話はしたのに、それの話はしないなんてね」
「……どうしてそれを」
「左腕、袖のボタン外れたままだよ?」
屋流がトントンと、自分の左腕の袖口を叩く。
そのジェスチャーを見て、藤坂は自分の袖に目をやってボタンを入れた。
あの藤坂もそんなミスをするんだなって新鮮な気持ちになる。
屋流はしたり顔をして、立ち上がった。そのまま店の奥へと足を進めていく。
「ボクは晩ご飯の準備にかかるから」
それだけ言って、屋流は奥に姿を消していった。
取り残された俺は、取り敢えず藤坂を見る。藤坂のことだ、もうすぐザンソートウとやらについて説明してくれるんだろう。
俺の予想通り、藤坂は腰に差した刀をカウンターの上に置いた。
「これが斬想刀だ。父親の形見でもある」
「それって」
「ああ。私の父親は……想造獣に殺された」
「っ」
言葉を失った。
そりゃ、説明したくもない。
親しくもない人間に話すには、あまりにも重たい話。
安易に刀に触れようとしていた手が、一瞬で引いていった。軽はずみに触ろうとは全然思えない。
「ああ。申し訳ない。優しい二人のことだから、きっと気を遣ってくれたり、引け目を感じたりするのかもしれないけれど……大丈夫。気にしないでくれ」
「そうッスか……」
心なしか、ロールの声色も落ち着いたものになっていた。
藤坂の言葉を真に受けるわけじゃないけれど、変に気を遣ってもしかたがない。俺は努めて普段通りに振る舞おうと心がけた。
刀の鞘を撫でて、藤坂は続ける。
「だから、これは私にとってとても大切なものなんだ。肌身離さず持ち歩いているし、どんな場所でも私はこれを持っている。もし、私がこれを手放す時があるとすれば……」
刀を強く握り締めて、藤坂は窓の外を眺めた。
窓からは夕陽が差し込んでいる。
「私が死ぬときだろう」
「……」
その言葉には、しっかりとした決意が秘められていた。
多分、比喩表現なんかじゃなくて本当に藤坂は自分が死ぬ時にしか刀を手放さないつもりなんだろう。
願うのは、そんな日が来ないことだ。
「それと、この刀にはもう一つ大切な役割がある」
「大切な役割ッスか?」
「ああ。それが、想造獣を絶対に斬るという性質だ」
「絶対に?」
俺の質問に、藤坂は首を縦に振った。
「どんなに堅いものであろうと、どんなに柔らかいものであろうと、想造獣である限りは必ず切断する。それが、この刀だ。この刀もまた、想造獣の一つなんだ」
「へぇ~って、物も想造獣になるんスか!?」
当然だが、俺も初耳だ。
とはいえ、信じられたものが具現化するとなれば物がその範囲に含まれるのも納得できる。
「代々想造獣と相対し斬ってきたこの刀は、いつしか想造獣を斬るものと信じられるようになった。その事実と、信仰と、そして過ぎていった年月が……いつしか刀にそうした性質を帯びさせていった――と、私は聞き及んでいる」
「つまり、最強ってことッスね!」
理解しているのか、理解していないのか(多分後者)ロールの言葉は酷くふわふわとしたものだった。
藤坂は頷く。
「今まで私が傷を負うことはあれど、死んでいないということはそういうことかもしれない」
「流石だな、藤坂」
普通にそんな言葉が出てしまった。
今までずっと心の中で思っていたことが、ぽんと飛び出したらしい。
なんだか、改めて口に出してみると上から目線っぽさが拭えないな……。
「普通だよ。私にとっては、ね」
「そう、か……」
そう答える藤坂に、少し違和感を感じてしまったのは……俺だけだろうか。
結局、この日はここでお開きとなった。
今日は本当に僅かだけど前進したと言ってもいいだろう。ロールが人間に戻るための情報も、藤坂との距離も……。
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