第13話「完璧な彼女を打ち倒せ」
「そう簡単には、やっぱり見つからないか」
俺たちは町の繁華街に繰り出していた。
高層ビルを眺めて、俺はため息を吐く。あのあと藤坂と合流して、俺たちは突如現れて消えていった少女について話した。
藤坂も少女の正体については見当がついていないみたいだった。
ロールについて何かを知っている。
それだけで少女の姿を追う意味があった。
だから、俺たちはこうして人通りの多い場所で少女を探している。
とはいえ、そう簡単に見つかるわけもなく……。
ただ歩き回ること数十分。時間だけが過ぎていく。
オマケに、困ったことがもう一つ。
「ああ……」
藤坂の返事は相変わらず冷たかった。先頭を歩く彼女は、長い黒髪をふわりと揺らす。
一糸乱れぬ完璧な歩調が藤坂らしい。
困ったことというのは、藤坂のことだ。
雰囲気がとにかく悪い。
なんというか、居心地が悪いんだ。
ここ数十分、沈黙ばかりが俺たちを包んでいる。
俺やロールが話す言葉について、藤坂の返事は決まり切っていた。
大抵が同意の言葉。それもたった一言。
元々、藤坂が喋らない人間だというのは知っていた。けれどこれはあまりにも酷くないか!?
「そうッスねぇ。あっ、センパイあれ見てください!」
一方のロールはいつも通りだった。
もしかして、居心地が悪いと感じているのは自分だけなのか。そんな疑問を抱きつつ、彼女が指さした場所へ視線を向けた。
視界に入るのはゲームセンター。ギラギラとした看板がいかにもそれっぽい。
それがどうしたんだろうか。
そう問いかけようとした時にはもう遅かった。
「楽しそうッス! 中見に行きましょー!」
「あっ!」
俺が止める間もなく、ロールはゲーセンの中に吸い込まれていった。
好奇心の塊であるロールが今まで我慢できていたことを褒めるべきか。それともやっぱり怒るべきか。
なんて考えつつ、俺もロールを追いかけるためにゲーセンへ向かう。
当然、藤坂と。
「うわぁ! 楽しそうッスねぇ! ピカピカのキラキラのホワホワッス!」
目をキラキラと輝かせて物珍しげに周囲を眺めるロール。
彼女が言うとおり、ゲーセンの中はキラキラピカピカしていた。耳を塞ぎたくなるような激しい音だって聞こえてくる。
「ここがゲームセンターか、初めて来たけれど賑やかな場所だね」
「え? 藤坂はゲーセンに来たことないの?」
数十分ぶりに、藤坂から簡単な単語以外の言葉が聞こえてきた。
その事実に驚きつつ、それよりも衝撃的だった内容を掘り下げる。まさか、高校生にもなってゲームセンターに来たことがない人がいるなんて……。
「ああ。特に理由はないんだけど……だからこそ、かな」
「なるほど……」
確かに、藤坂がゲーセンに通ってるイメージはない。
ゲームとかアニメとか、漫画なんかは藤坂には縁遠いものだろうしな。
なら……。
この気まずい雰囲気を打開するために、俺が取るべき行動が分かったような気がする。
ゴクリと唾を飲み込んで、俺は意を決した。
「折角だし、ここで遊んでいかないか?」
緊張でうわずった声が妙に情けない。けれど、噛まずに言えたことを褒めて欲しいくらいだ。
俺の提案に、藤坂は相変わらず表情をピクリともさせずに返事をする。
「いや、私は特に……それに、彼女のためにも足を止めている暇ではないと思う」
うっ。予想通りの返事!
でも、少しでも藤坂との距離を縮めたかった。
だってこのまま一緒に行動しても俺の心が摩耗してしまう。どうにか、あと一押し。
俺はそう思って、押しの言葉を言いかけるが……彼女の顔を見るとその言葉が泡みたく消えてしまった。
鉄仮面は恐ろしい。
無言の圧が、そこにはある。自分の我を通すには、藤坂は強敵すぎた。
だから俺は思わず目を逸らす。
「そ、そう――」
「自分はいいッスよ! というか、ここで遊びたいッス!」
代わりに出てきた肯定の言葉をかき消して、ロールのそんな声が聞こえた。
心強い援護射撃。
俺は、ロールに背中を押されて口から飛び出した肯定の言葉を飲み込む。
「ロールもそう言ってることだしさ、俺もちょっと休憩したいし。な? いいだろ? 藤坂」
「あ、ああ。二人がそうしたいというなら、無論従おう」
ロールの助けもあって、どうにかこうにか藤坂を説得することに成功した。
心の中でロールに感謝をしつつ、俺はゲームセンターを物色する。どんなゲームをやるのがいいだろう。
どうせなら、二人でできるものがいい。
そう考えたら自ずと答えが出た。
「というわけで、エアホッケーなんかどうだ?」
「いいッスねぇ~!」
お馴染みのあれ。
二人いないと絶対にできないゲームだ。これなら、藤坂だって一緒にしてくれるだろう。
そう思って、俺は藤坂を見た。
変わらず、氷のように冷たい表情のまま藤坂は俺を見据える。
「このゲームは対象人数が二人からみたいだけど、亜月君は誰と楽しむのかな?」
「いやいや、藤坂とだよ!?」
まさかの言葉を俺は即座に否定した。
最初から、藤坂は自分がやるという可能性を頭から消していたのか!?
「私と……? 私とやっても楽しくないと思うが、むしろ百円の無駄じゃないだろうか」
「えぇー? そうなんスかぁ~? でもでも、センパイは友達がいない寂しい人ですし、ワガママに付き合って欲しいッス!」
「そうそう、俺は友達も彼女もいない寂しい人だから……って、違うからな!」
なんてノリツッコミをして、俺は二百円を投入する。
片方のコートに立ち、武器を手に取って見せた。
こういうのは勢いが大事!
「さぁ、藤坂勝負しよう!」
藤坂に向けて、俺は言う。
彼女は悩むように瞼を閉じた。数秒の沈黙のあと、そのまま反対側のコートまで移動し、俺に視線を合わせる。
「そこまで言われれば、断る理由もない。ああ、分かったよ」
よし!
藤坂が乗り気になったことを喜びつつ、俺は低く構えた。
先手は俺から、ゲームセンターに初めて来た藤坂が相手でも俺は手を抜くつもりはない。
というより、藤坂が超人的なのは知っている。だから、相手は素人でも強いはず。
なら、俺も手加減をしている余裕はないだろう。
絶対に勝つ。
エアホッケーは得意なんだ。悪いが、初手から必殺技で行くぞッ!
「全力で来い、藤坂! 俺も最初から本気だ!」
「君がそう望むなら……」
そう意気込んで、俺はタマを思いっきり弾く。
俺から放たれたタマは恐ろしい速度で壁に当たっては反射を繰り返す。目にもとまらぬ速度を維持したまま、ジグザグに進んでいく。
いくら藤坂であっても、初見でこの技を見切ることは不可能だろう。
なんたって、俺が今まで戦った中でこの技を見破った相手はいない。
ふっ、まずは一点。
カァン!
「マイちゃん、一点リードッス!」
「……」
ん?
今なんか、凄い速度で俺のゴールに何か突き刺さった気がするぞ?
小気味いい音と共に、俺が放ったタマはなぜか俺のゴールに帰ってきていた。
え?
俺は排出口からタマを取りだして、呆然とそれを眺める。
嘘だろ?
いやいや、流石に油断しただけだ。
なんてかすかな希望を持って、俺はもう一度必殺技を放つ。
改めて――これが俺の必殺技! ジグザグアタックだ!
ふっ、まぐれ当たりはもうないぞ藤坂。さぁ、今度こそ一点を――
カァン!
「マイちゃん、二点リードッス~」
「……」
は?
藤坂の奴、腕にロケットでも搭載してるのか!?
普通、どれだけ力強く叩いたってこんなに早くならない! だって、音が聞こえた瞬間にゴールに入ってるんだぞ?
さ、流石は藤坂というべきか。
「センパイ、もしかして寝てます?」
「……今までのは小手調べだ。次こそ、本気の一撃だ」
まさか、俺の必殺技が見破られるなんてな……。
これだけは、本当にこれだけは使いたくなかったが、禁術の封印を解いてもいいかもしれない。
俺はタマを台の上におき、深呼吸をした。
喰らえっ!
「あ、藤坂、あれ見てくれ」
「?」
俺は虚空に向かって指を指す。俺の誘導に彼女は素直に従った。
当然だが、そこにはなにもない。
これが俺の禁術、虚空の一撃ッ!
残念だが、戦いというものは最終的に勝てばいい! さぁ、これで一点を――
カァン!
「マイちゃん三点リードッス~、というかセンパイダッサ!」
「……」
え?
なんで藤坂はこっちを見てなくて、こんなに真っ直ぐとゴールに向かって飛ばせるんだ?
というか、なんで分かったんだ?
そんな疑問が頭を覆い尽くす。
「どうかしたのかい?」
当の本人は、俺が意図的に不意打ちしたことにすら気がついていないらしい。
なんか本当に情けない気持ちになるな……。
「い、いや次はあれがしたいなぁって思って……」
俺にできることは、震える声で言い訳するのみ。
「ゲームセット、マイちゃんの圧勝ッス~!」
「まぁけぇたあああ!」
あのあと普通にやって普通に負けた。
一度もタマを返すことすらできなかった、あれはホッケーじゃなくて蹂躙と呼んだ方が正しいのかもしれない。
あれから色々とゲームをやったが、藤坂はぶっちぎりで優秀だった。
何をやっても圧倒的な能力を見せつけてくれる。
これが……凡人と超人の違い。
「いやぁ、マイちゃん凄かったッスねぇ」
「……やっぱり、私と一緒にゲームをしても楽しくなかっただろう? 私ばっかり勝ってしまって……」
満足した気持ちでゲーセンから出てきた時に、藤坂はそんなことを話す。
どうしてそんなことを言うんだろうか。
勝つことって、いいことだ。
それを申し訳なく思う必要なんてこれっぽっちもない。
「そんなわけないだろ? 俺は楽しかったしロールも楽しかったろ?」
「はいッス! センパイはダサダサでしたけど……その分マイちゃんはチョーかっちょよかったッスもん!」
「俺がダサいのは余計だろ! 藤坂はどうだった?」
「私は……」
その言葉の続きを待った。
けれど、藤坂の言葉は途切れる。
その代わりに聞こえてきたのは携帯電話の着信音。飾り気のない電子音が、藤坂の懐から流れる。
「……すまない。電話だ」
「気にせず出てくれ」
一礼して、藤坂は一歩、二歩俺たちから離れて電話に出た。
この動き一つを取っても、藤坂の動きは洗礼されている。何がどう洗礼されているのか、それは明確には分からない。
でも、多分恐ろしいほどに無駄のない動きなんだろう。
だからそう思うんだ。
「急で申し訳ないが、急用ができてしまった。また明日でも、構わないだろうか」
「ああ、もちろん」
「……本当にすまない。では、また私から連絡する」
とだけ簡潔に言うと、藤坂は駆け出していった。
女子高生とは思えない速度と身のこなしで、もう後ろ姿さえ見えなくなる。本当に、凄いな藤坂は。
「じゃあ、俺たちも今日は帰るか」
「そうッスね。楽しかったッス!」
「あ……」
そういえば、藤坂が楽しんでいたのか聞くのを忘れていた。
若干の心残りを感じて、俺たちは帰路につく。明日も、頑張ろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます