第11話「最低最悪の教師」

「改めて、ボクは屋流黄成。日々君は知っての通り、この高校の教師をやってるよ。で、さらに踏み込んで言うなら情報屋もやってる」

「情報屋ッスか?」


 まるで、自分の部屋みたく寛ぐ屋流。

 ソファに腰掛けて、太々しい態度のまま自己紹介をやってのけるこの人の感性にはむしろ感心してしまう。

 普通、自己紹介ってのは……っていうのを屋流に言っても無駄だろう。

 なんせコイツは、生徒の前で平然と煙草を吸って(しかも教室で)職員会議に発展した癖に全く悪びれていなかった男なんだ。

 根本的にダメ人間。それが屋流という男……。


 まぁ、屋流のダメっぷりはともかく。

 ロールがそのまま言葉を返した通り、情報屋という単語には興味を惹く。


「うんうん。想造獣に関する情報をボクは取り扱っている。例えば、どこそこで怪物が出た! っていうのを舞ちゃんに伝えると舞ちゃんがそこに向かって怪物を退治する。ね? 完璧だろう」

「なるほど~」


 ロールはこくりこくりと首を振る。

 何が完璧なのかは分からないが、屋流と藤坂が協力関係にあるというのは理解できた。


「じゃあ、そのソウゾウジュウってのは?」


 俺は続いて質問した。

 二人の口から常識みたいに話されているその言葉の意味を俺はまだ知らない。ここで意味を理解していないと、一生話に置いてけぼりになりそうなのでここで聞いておこう。


「あぁ。日々君は鬼なんかの怪物がどうやって生まれているか知ってる?」

「確か、樹からエネルギーを貰ってとか? なんとか?」

「センパイ、自分の説明ちゃんと聞いてました?」

「ああ、聞いていた。聞くだけな……」


 正直、まるっきり理解するのは難しかった。

 現実離れしすぎていいたから。でも、信じる気持ちが大事だっていうのは、なんとなく分かる。

 屋流は薄っぺらい笑みのまま、頷く。


「人の心ってのは不思議なものでね。現実世界に存在しないものでも――ああ、そもそもボクたちは本当にこの世界に存在できているのか? なんていう疑問があるわけだが、今はそれを横にどけておこう。ややこしいしね?」

「確かにややこしいッス。自分、五秒で寝る自信があるッスよ。まぁ、幽霊は眠ることはないッスけど」

「ははは。だから手短に話そう。存在しないものでも、それを信じる人間の心の中には確かにそれは存在するものさ。その信仰は、言わば器だ。樹は、その器にエネルギーを注ぎ込んで本物にする……そうやって生まれたものをボクたちはこう呼んでいるのさ」


 そこまで言って、屋流は酷い寝癖がついた頭を掻く。


「――想造獣ってね」

「想造」

「獣」


 俺とロールは、屋流が言った言葉を繰り返す。

 不思議と、初めて聞いた気がしなかった。ずっと前から知っていたような。そう呼ぶのが正しいと思えるような、そんな名前。

 想造獣。

 その言葉を、俺は脳内で何度も繰り返し、繰り返し呟いた。

 忘れないように。

 

「みなさんは、そうやって呼んでたんッスね〜?」

「ロールは、そう呼んでなかったのか?」


 ロールの言葉を聞いて、俺はそういった。

 彼女は想造獣がどういった由来で生まれて、どういった生物なのかを知っていたというのに、その名前は知らなかったらしい。

 こくりと首を振って、俺の言葉を肯定した。


「もちろんッス! 自分、何を隠そうキオクソーシツッスよ? そんなの、知ってるわけないッス」


 なぜか、この上なく得意そうに胸を張る。名前なんて、些細なものといえば些細なものなので、細かいことを気にしないロールが知っていなくても不思議ではない。

 俺たちのやりとりを聞いて、屋流は愉快そうに肩を震わせた。


「自信満々で何より、じゃあボクの自己紹介は終わりだね。次は、君たちの番だ。と、く、に……半透明な彼女について詳しく聞きたいな、ボクは」


 死んだ魚のような目が、ロールを見据えた。

 上辺だけは普通そうなのに、黄金色の瞳はおそろしいほどに底冷えしている。彼という人間の本性が現れているようだった。

 なんて思うのは、俺の勘違いだろうか。


「自分ッスか! ま、自分みたいなスーパー美少女のことを知りたくなるのはしかたないッスねぇ」


 彼と向き合って話をしているロールの能天気さを見る限り、彼に感じた感情はきっと俺の気のせいなのだろう。

 屋流はなんとも返事に困るロールの言葉を薄ら笑いで聞き流し、わざとらしく肩を竦めた。


「ああ。もちろん、ぜひとも話を聞きたいね。あ、だけど勘違いはして欲しくないんだけど、ボクって面倒な人間関係には関わらないようにしてるんだよねぇ」

「つまり?」


 俺が合いの手を入れると、待ってましたと言わんばかりに屋流はニヤリと笑った。

 これがまた、なぜだか癪だった。

 どうやら、根本的に俺はこの男と合わないらしい。


「君たちの目的、えーっと……人間に戻るだっけ? それに協力はしないって話さ!」


 引くくらい爽やかな笑顔で、屋流はそう言った。親指を立てるおまけまでつけて。

 それが驚きだったのか、隣に座っていたロールの声が露骨にトーンダウンする。


「ええーっ! 屋流さんケチンボッス!」

「ははは。その代わり、ビジネスパートナーなら大歓迎だよ」


 またまた、俺たちの頭の上に疑問符が浮かんだ。

 しかし、彼が俺たちの疑問に答えることはない。ちらりと、ロールの方に視線を向けて、屋流は頷いた。

 それが、自己紹介を早くして欲しいな。という意思表示なのは誰の目から見ても明らかだった。

 彼の願いを聞き届けて、ロールは嬉しそうに自己紹介を始める。


「自分の名前はロールッス! 今は幽霊になっちゃってるんスけど、いつかは人間に戻ることを夢見て頑張ってるッス! あ、あとキオクソーシツって奴みたいッス」

「記憶喪失の幽霊なんて、珍しいね。よろしく、ロールちゃん♪」

「はい、もちろんよろしくお願いするッスよ!」


 屋流相手でも、ロールは屈託のない笑みを浮かべて屋流とよろしくするようだった。

 このコミュニケーション能力の強さが、ロールの長所だろう。

 俺は、誰彼構わず仲良く話すことなんてできやしない。

 藤坂の前だと緊張してうまく話せなくなるし、屋流にはなぜだか嫌悪感を抱いてしまう。

 だから、ロールのこういうところは素直に尊敬できた。

 なんて考えていると、屋流とロールの視線が一気に向けられている。

 これは、俺も自己紹介をしろってことなんだろうな。

 

「失礼します。処理が済みましたので帰ってきました。私のことは気にせず、会話を続けてください」


 瞬間、扉が開かれて冷たい声が室内に響いた。

 淡々と告げられる言葉には、やっぱり人間の温もりはない。


「いやいや、藤坂も混ざろうぜ。丁度、屋流先生とロールの自己紹介が終わったところだ」


 一歩引いた立ち位置から、俺たちの会話を俯瞰しようとする藤坂だが、そうはさせない。

 というか、立ちっぱなしで会話を見られ続けている方がよほど気になってしまう。だって、日本刀を携えた女の子が側にいて、落ち着けって方がどうかしてる。

 それに、一人だけ会話に混ざらないなんて仲間外れにしている気がして気持ちのいいものではない。

 もっとも、藤坂は会話をしたくないのかもしれないが……そうだとすれば、ハッキリいってくれるはずだろう。

 だから、こうして俺は藤坂に声をかけた。

 正直、自分一人だと到底こんな感じで声をかけることは難しかったと思う。

 屋流とロールがいてこそ、俺がここまでフレンドリーに話せた。


「そうそう。今から日々君に自己紹介をしてもらおうかと思ったんだけど、舞ちゃんの方がみんな聞きたいだろうし、頼むよ」

「そうッスねぇ。平凡、凡庸、そんな言葉の擬人化みたいなセンパイの話よりも自分はフジサカさんの話が聞きたいッス!」

「あのなぁ」


 その通りといえば、その通りなんだけど……やっぱりもう少し言い方というものがあるだろう。

 なんて、バカなやりとりをする俺たちを眺めて藤坂は首を縦に振る。


「そこまで言われては、断ることも難しいですね」


 一歩、二歩と俺たちの方に歩み寄って藤坂は胸に手を当てる。

 そのまま、軽くお辞儀をしてみせた。


「私の名前は藤坂舞。これから、ロール君が人間に戻れるよう尽力するつもりだ。よろしく頼むよ……と、こんなところでいいでしょうか?」

「ははは。舞ちゃんは本当に堅いなぁ」

「そうッスねぇ。もっとフレンドリーでも全然いいッス! マイフジサカです、シクヨロー! 的な!」

「あっはっはっはっは、ロールちゃん、それ最高だね」

「アンタらはフレンドリーすぎると思うけど……」


 フレンドリーを通り越して、馴れ馴れしいというかチャラいセリフを言うロールと、それを褒める屋流。このどうしようもない二人にツッコミを入れて俺はため息を吐いた。

 この二人は、どうしてこう妙に息が合うんだろうか。


「……マイフジサカです。シクヨ」

「いやいや! 真に受けなくてもいいからな!?」


 ロールが言った通りに言う藤坂、俺は慌てて彼女を制止した。藤坂にはチャラい言葉は似合わない。

 というか、彼女の淡々とした口調でチャラいセリフを言っても全然堅さが取れていない。彼女のお堅い雰囲気は言葉つかいもそうだが、声色や言い方が原因なんだろうな。


「む、そうか。では自己紹介はこんなもので構わないだろうか」

「もちろんッス! これから、よろしくッスよマイちゃん!」

「マイちゃん?」


 突如として距離を詰めたロールの言葉に俺は違和感を覚えてオウム返しにした。

 今までフジサカさん、っていう呼び方だったのに。突然マイちゃんだもんな。藤坂、怒らないだろうか。


「だって、フジサカマイちゃんなんスよね! なら、マイちゃんって呼んだ方が可愛いですし、友達って感じしません?」

「ああ、ボクも舞ちゃん呼びだしね」


 やっぱりこの二人は馴れ馴れしさで共鳴しあっているのかもしれない。

 なんてことを考えがながら、俺は藤坂の顔を伺った。もしかすると……鉄仮面が剥がれて鬼の形相なんかになっているかもしれない。


「友達……私が?」


 当然というように、藤坂の表情は無だった。彼女に張り付いた仮面はぴったりと表情を固定している。

 怒り、悲しみ、喜び、それら全ての感情が藤坂から消え去っているようだった。


「そうッス! あ、もしかしてイヤでした?」


「……イヤではないさ」


その時、本当にちょっとだけ藤坂の表情が歪んだような気がしたのは気のせいだろうか。

 多分、気のせいなのだろう。

 藤坂の表情が変わるわけないのだから。


「じゃあ、よかったッス! 自分のことは、気軽にロールちゃんって呼んでくださいね!」

「ああ、分かったよロール君」

「何も分かってないじゃないッスかぁ〜!」


 流石に藤坂の方からちゃん付けはまだ早いらしいな。それもしかたない。

 ロールと藤坂なんて今日あったばかりでしかも出会い方が最悪だったのだから。

 それで、相手のことをちゃん付けで呼べるのなんて、ロールみたいなやつ以外に存在しないだろう。


「さてと、藤坂も来たところだしこれからどうするか話さないか?」


 と、話がいい具合に区切れたので本題を持ち出す。

 俺と藤坂はロールが人間に戻るための手伝いをする必要があった。問題はその方法。

 記憶喪失のロールは、幽霊になる前のことは何にも覚えていないという。

 それはつまり、生前の彼女がどんな生活をしていて、親は誰だとか、どうして幽霊になったのかっていう情報全てが分からないということだ。

 本当に手がかりの一つもない。

 絶望的な状況ということだ。

 そこで、藤坂の知恵を借りたいという思いが多くある。


 俺の数倍賢い藤坂なら、妙案を出してくれるかもしれない。

 そんな希望に俺はすがっていた。


「ロール君をどうすれば人間に戻せるか……か」

「本当に何の手がかりもないのか?」

「はいッス! これっぽっちも何一つ!」


 そう言ってロールは胸を張った。

 自信満々で言う事でもないと思うんだが……。じゃあどうすればいいんだろう。

 やっぱり、地道に色々な場所を回ってロールの記憶が戻るのを待ってみるとかだろうか。


「あ、でも一つだけ気になってることがあるッス!」

「お~」


 屋流の気のない相づちが室内に響いた。


「あの樹を間近で見て見たいッス!」

「あぁ~、なるほど。なるほど。いいんじゃない?」


 想造獣を生みだしていると噂の樹。町の名物である樹を間近で見て見たい。

 ロールの願いは真っ当なものだった。

 自分たちが身を置く異常事態の原因を直接見ることは無駄じゃない。


「じゃあ、明日樹を見に行くか。ロールの理想通りにはならないと思うけど」

「なぁんか、含みがある言い方ッスねぇ。センパイ!」


 そうだ。実際、ロールの推測は正しい。

 俺は意味を含ませたのだから。

 けれど、ここでそれについて説明するよりも実際見た方が早いと思うので俺は説明しない。

 そもそも何かを説明するってことが俺は苦手だ。


「では、明日は樹の周辺で集合ということで大丈夫だろうか。詳細な話はメールで確認したいのでメールアドレスを交換してもらいたい」


 キビキビとした様子で、藤坂がそう話す。

 メールアドレスというところがなんだか藤坂らしい気がした。今時の子なら、SNSなんかで連絡先を交換するっていうのに。


「センパイ、よかったッスねぇ~。初めてじゃないんスか? 女の子と連絡先を交換するのって!」

「え、そうなの? 君って奥手なんだねぇ」

「……」


 ニヤニヤと俺を弄る二人。

 正直、彼女の言う通りなのでなにも言い返せない。今まで女子と連絡することなんてなかったわけだし……。

 ここで変に否定したり、なんか言葉を吐いた方がダサくなりそうなので俺はあえて無視した。

 ポケットからスマホを取りだして、藤坂の方に視線を向ける。意地悪な二人組は見ないようにしよう。


「私も同級生と連絡先を交換するのは初めてだ。何も恥ずかしいことじゃないさ」


 藤坂にまでフォローされる始末だ!

 というか、俺が気にしてるのバレバレじゃないか……。なんとも言えない気分になりながら、彼女の右手に視線を向ける。

 そこには、今時の女子高生が持つにはあまりにも武骨で時代遅れの代物があった。

 いわゆるガラケーが彼女の携帯らしい。


「ガ、ガラケー」

「無駄な機能がない方が使いやすくてね」


 なるほど、ならメールアドレスを交換することにも納得がいく。

 そもそも彼女はSNSができないんだ。

 藤坂の携帯電話に衝撃を受けつつ、俺は藤坂とメールアドレスを交換した。俺にとって初めてがまさか藤坂になるなんて、昨日の俺に言っても信じないだろうな。

 というところで、今日はお開きとなった。

 昨日もそうだったが、今日もまた濃い一日だった。この分だと、明日も濃い一日になるんだろうな。

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