第10話「最強の助っ人、再び」
「本当に……本当に申し訳なかった!」
俺とロールに、藤坂は謝罪した。
それはもう綺麗な九十度のお辞儀で、彼女は謝罪すらも完璧なのだろうかと思わせてくれる。
……なんて、考えている暇はなさそうだ。
俺はロールに視線を向ける。この謝罪は俺にも向けられているが、最も受け取るべきなのはロールだ。
そして、許すかどうかもロールが決めることだと思う。
だから、俺はロールの答えを待った。
彼女は相変わらず宙に浮きながら、顎に手を当てている。
その表情は、真剣そうだった。
無理もない。
命を狙われたあとなんだから。
「もちろん、許して欲しいとは言わない。私の迂闊な行動で君たちに不必要な恐怖を与えてしまった。望むなら、何でも……」
「え、何でもいうこと聞いてくれるッスか!」
「ああ」
藤坂は頭を下げたまま、そう言った。
なんでもか……ロールはどんな条件を出すんだろう。俺には分からない、だからロールの次の言葉を待つ。
「じゃあ、もうこのことはフジサカさんも水に流すッス! 自分はもう許したッス。というより、フジサカさんは悪くないッスよ」
「ロール、それはいくらなんでも――」
「――だって、フジサカさんは真面目に自分の役割を果たしただけッス。本当に悪いのは……」
ロールはそう言って、男の方に視線を向ける。
割れたガラスを物珍しそうに眺めるあの男は、
見て分かる通り、人として大切なものが欠落している。
「ああ、確かに責任としてはボクの方が大きいだろうね。やっぱり大人だし。ごめんね、ボクの不手際で大変な思いをさせちゃって……ま、みんな無事だったんだし結果オーライっていうことにならない?」
このクソ教師め。
なんでこんなに軽いんだ? 本当に!
「そうッスね! 結果オーライッス!」
ロールはロールでお人好しだし。
人のことをお人好しとかなんとか言うわりに、自分も相当だってことは理解しているんだろうか。
とはいえ、ロールが許すっていうんなら俺はその意思を尊重するしかない。
ロールが二人を許すって言ったんだし、その優しさこそロールのいいところだと俺は思う。屋流が言った通り、みんな無事だったんだしな。
「でも、せっかくなんでフジサカさんにお願いがあるッス」
と、ロールは続けた。
彼女が何を言うつもりか、俺はもう分かってしまう。
「改めて、今度はしっかりと自分のために力を貸して貰ってもいいッスか?」
だろうな。
それに、ロールが人間に戻るためには藤坂の力は必要不可欠だろう。その思いは、今回の動きを見て一層強まっていた。
そりゃあ、あんだけ強ければ鬼だって倒せてしまうだろう。
比喩表現なんかじゃなくて、藤坂がいれば百人力だ。
「……私でよければ、もちろん」
藤坂は、顔を伏せたままそう言う。
その返事を聞いて、ロールは嬉しそうに頷く。本当に、無邪気な子供みたいな奴だ。
「やったーッス! ほら、顔あげてくださいッス!」
「……」
その言葉に従って、藤坂はゆっくりと面を上げた。
表情はいつもと変わらない。やっぱり彼女の感情は一切分からなかった。
「亜月君は……どうする?」
藤坂からそう言われて、俺は首を傾げた。
どうするって、何を?
ロールとのこれからについてか? それとも藤坂を許すか許さないかか?
まぁ、どっちにしても俺の答えは決まっている。
「俺はロールがそう言うなら、構わないさ。それに、藤坂には一度命を救われてるからな」
藤坂に笑いかけて、俺はそう言った。
そう、俺は一度藤坂に助けられている。今俺がここにいるのは、藤坂が命を救ってくれたから。
なら、ちょっとの痛い思いをしたとしてもそれだけを理由に藤坂を批難することはできない。……と、俺は思う。
「そうッスそうッス! センパイも自分も、一度助けられてるわけッスからねぇ。これで平等ッス!」
俺の考えに、ロールも肯定してくれた。
彼女らしいオーバーアクションで藤坂に思いを伝える。
「君たちは、優しいな」
「ああ、そうみたいだね。いやぁ、丸く収まったようで安心、安心♪ もし、舞ちゃんの命でお代を頂こう! なんて言われたら、ちょっとどうしようかと思ったよ」
藤坂の言葉を句切りに、拍手が響いた。
妙に乾いて、気のないその音の主は考えるまでもない。
屋流が気怠げで、それでいて茶目っ気ある言葉を吐く。立ち振る舞いは飄々としていうのに、どうしてあいつの目はあそこまで死んでいるんだろうか。
どうにも、ちぐはぐな印象を受けた。
「自分たちがそんな血も涙もない幽霊と人間に見えたッスか! あっ、幽霊には血はなかったんでした!」
「あはは、この子はユーモアがあるなぁ」
一人漫才を繰り広げているロールを尻目に、俺は聞かなければならないことを屋流に聞く。
全て丸く収まったように見えて、そうじゃない。
俺たちが知るべきことが山ほどあるじゃないか。
「間違えたって言ってましたけど、ロールを一体何と間違えたんです?」
一応、目上なので敬語を使って俺は屋流に質問した。
俺が聞きたいのは、ロールを誰と間違えたのかだ。
ソウゾウジュウなんていう、聞き慣れない単語が二人の口から度々出現しているが、それと関係があるのだろう。
屋流はヨレヨレの白衣に手を突っ込んで、俺に視線を向ける。
死んだ魚のように褪せた瞳は、藤坂とは違った意味で感情を読み取らせなかった。
「空を飛んでいて、半透明で、それに女の子。偶然にも、ボクたちが追うべき相手がロール君の特徴と酷似していた」
「追うべき相手ッスか?」
ふわりと、宙からロールの声が聞こえる。
うん、そうだよって相づちを打って屋流はポケットから右手を出す。
「とびきり危険な相手でね」
くるくると天井に向けて突き立てた人差し指を回した。
驚くほどに表情は豊かだというのに、屋流の考えが読み取れない。それは、多分屋流という男の性質なんだろう。
「ま、色々知らないことがあるのは分かる。大いに分かる! だから、ここはどうだろうか。お詫びも兼ねて、ボクの自己紹介でも聞かない? きっと、タメになると思うなぁ」
「聞くッスー!」
屋流の言葉に、ロールが元気よく返事をする。
正直、俺はこの屋流という男が嫌いだった。だから、あんまり関わりたくはないんだが……彼が重要な何かについて知っているのは否めない。
しかたない、これもロールのためだ。
「ええ、ぜひ聞かせて欲しいですね」
なんて、少ししか思っていない言葉を屋流に吐いた。
もちろんだとも。
なんて返事をして、屋流はくるりと俺たちから背を向けた。
「じゃ、生徒会室に行こうか」
「先生、私は窓ガラスの掃除をしてから向かいます」
「あぁ……それがいいね。ま、諸々の処理はボクがしとくからテキトーにしてていいんだけどさ。といっても、舞ちゃんは聞かないしね~」
簡潔な会話をして、屋流はひらひらと手を振った。
この会話からも分かるが、どうやら二人の付き合いは長いらしい。普通の教師は藤坂に気圧されて積極的に会話をしない。
でも、屋流にとっては関係ないようだ。
ある種、正直な人間なんだろう。
「二人はボクについてきて~、レッツゴー」
「ゴー!」
「……」
妙にテンションの高い二人に引っ張られる形で、生徒会室を目指すことになった。
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