第8話「最強の敵」

 教室の前に立って、俺は適当に時間を潰した。

 正直、いったいどれくらいで話が終わるのか、丁度いいタイミングなんて俺にはこれっぽっちも分からない。

 だから、俺ができるのはボーッと扉の前に腰を下ろして天井を眺めることだった。


 藤坂の力を借りれば、ロールだって人間に戻れるはず。

 そもそも、どうやったら幽霊が人間に戻れるんだろうか。俺がいくら頭を捻っても答えなんて出るわけもない。

 でも、藤坂ならその答えを知っているんだろうか。

 多分、そうなのだろう。


 だとすれば、やっぱり藤坂に任せて正解だ。

 少し自分が冷たすぎる気もしないでもない。けれど、下手に出しゃばってその結果誰かの足を引っ張るのはごめんだ。

 それに、自分の限界は自分がよく知っている。ロールのために俺ができることなんてないことを俺自身が知っていた。


 こうして待つこと、十分くらいだろうか。休み時間の十分は驚くほど短いのに、今は一時間くらいに感じられる。

 十分も待てば、二人の話もまとまっているだろう。

 そろそろ、ロールも俺なんかより藤坂の方が何倍もいいってことに気がつくはずだ。

 そうなれば俺はもうお払い箱。

 短い間だったけど、ロールともこれでお別れか。


「やっばーいッス! センパイ、やばいッス!」


 ロールとの別れを予期していたら、普通に地面からロールが生えてきた。

 そりゃ幽霊なんだから、すり抜けるか。

 廊下から現れたロールの顔を見て、俺は驚き立ち上がる。

 ロールの表情は過去最大に焦っていた。


「ど、どうしたんだ? そんなに焦って……藤坂と話してるはずだろ?」


 流石に何か悪いことが起きているんだと分かる。

 取り敢えず、落ち着いてロールの話を聞くために要点を質問した。

 その時だった、窓の方に人影が見えた。

 ここは、三階だ。普通、窓に人影なんて見えるわけがない。

 だが俺の当たり前を嘲笑うように、窓ガラスを突き破って現れるのは藤坂。

 耳をつんざく鋭い音。

 粉々になったガラス片は太陽の光を乱反射する。眩い光に包まれて、藤坂は廊下に手をついて着地した。


「は……?」


 俺の第一声。

 状況が全く理解できなかった。

 だって、ロールが現れたと思ったら、次の瞬間には藤坂が来た。しかも、窓から。

 ここって、三階だよな?

 俺は、窓を見た。

 乱暴に割られた窓からは、いつも俺が見ている景色が映る。

 三階だ。

 しっかりと、地面から離れている。

 じゃあ、どうやって?


「えー……ちょっと、完全に自分の計画がぐっちゃぐちゃになったんッスけど!」


 藤坂から隠れるように、ロールは俺の背後に立った。

 ロールの言葉でふと我に返った俺は、藤坂に視線を向ける。

 どうやって三階まで飛んできたのか、それを考えるのは止めておこう。少なくとも、今考えるべきことではない。

 信じられないが、彼女は計算尽くでここに立っているんだろう。


「申し訳ないが……君を逃がすつもりは一切ない。流石に、天井をすり抜けられた時は少し驚いてしまったけれどね」


 彼女の左手には、日本刀が握られていた。

 普段の彼女からは考えられないくらいに強引な行動をしたあとだというのに、やっぱり彼女は驚くほどに平坦だった。

 何もかもが。

 そして、彼女の言葉から考えるに……。

 考えたくはないし、可能性としては真っ先に排除したいものがある。

 それが、


「もしかして、ロールも鬼みたく斬る気なのか?」


 一番否定して欲しい可能性をあげて、俺は藤坂の答えを待った。

 頼む、違うと言ってくれ。

 心で祈り、俺は願った。


「……隠してもしかたない。その通りだ」


 しかし、現実とは残酷なものだ。

 どうやら、藤坂はロールの命を狙っているらしい。

 幽霊を斬れるのか? そんな疑問を一瞬でも抱いたが……答えは目の前にある。

 あの藤坂が、斬ると言っているんだ。それは、裏を返せば斬れるということ。

 どんなカラクリがあるかは分からない。

 けれど、藤坂はロールが斬れるという確信を持ってここに立っている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る