第7話「最強の助っ人」
「おおー! 確かに、あの時日本刀を振り回してたかっちょいい人ッス! サイン欲しいッス!」
隣でロールが呑気にもそんなことを言っている。
どうやら、彼女は相手がどんな人物であろうと平常運転で接することができるタイプの人間のようだ。
正直、今回ばかりはその呑気さがうらやましい。
彼女から言い知れぬ圧を感じるのは、ただ俺が変に意識しすぎているからだけなのか。
「サイン? 変わった子だね」
言葉遣いは優しく穏やかだが、やっぱり表情は相変わらずの無だ。
それに、感情の色が褪せている。今、彼女が何を考えているのか欠片も理解できなかった。
もっとも、天才の考えることなんて凡人の俺には最初から理解できるものではないのかもしれないが。
「それで、私に何の用かな? たまたま靴箱を通りがかった時に自分の名前が呼ばれて少し驚いたものだよ」
なんて言っているが、全然驚いてなさそうだ。
凜々しいという言葉がよく似合う彼女は、刃のように鋭い目を俺たちに向ける。これが、彼女の普通の姿だ。
いつだって、彼女は世界をその鋭い瞳で見据えている。
だからだろうか……息が詰まる感じがした。
「えー、えっと」
完全に気圧されている。
実のところ、こうして面と向かって話すことは初めてだった。
だというのに、彼女は俺のフルネームを知っている……。こんなに近い距離に立つことも初めてなんじゃないだろうか?
まして、向かい合ってその上会話するなんて、初対面じゃちょっと荷が重い気もする。
俺が何と言おうか迷っている間も、彼女は俺をじっと見つめて離さない。透き通るような茶色い瞳と、目が合った。
「……緊張しているね。それとも暑すぎて頭がうまく回らないのだろうか。落ち着いて、私は逃げないから」
一歩、俺に近づいて藤坂は言う。
随分と顔を近づけて俺を気遣ってくれるが、なおさらそれが俺の緊張に繋がった。
なんか、いい匂いがする。……じゃなくて、俺は彼女が詰めた距離の分引き下がり、かぶりを振る。
「そ、そう。この子について話がある……んです」
「なんで敬語なんスか」
「え、いや、なんとなく?」
なんか、彼女を見ていると同級生っていう事実が頭からごっそりと抜け落ちてしまう。
年上みたいに感じるんだ。
自然と、敬語が口から出てくる。やっぱり、俺気圧されてるな。
「やはり……彼女についてか。それと、敬語は必要ないよ。同級生なんだし……そもそも、敬語を使われるほど立派な人間ではないからね」
そう告げて、藤坂は俺たちに背を向けた。そのまま、一歩、二歩と足を踏み出したところで立ち止まり俺たちの方へ振り返る。
「丁度、生徒会室に用があってね。どうだろう? 君たちさえよければ、そこへ向かいながら話を聞かせて欲しい」
「ああ、もちろん」
「大丈夫ッスよ~!」
「ありがとう。では、行こうか」
そんな会話をしながら、俺は靴を履き替えた。藤坂は待ってくれている。
彼女の隣に立つと、彼女も歩み始めた。
今日、藤坂を訪ねた理由を話しつつ、俺たちは生徒会室を目指す。
「ロール君が人間に戻る協力を、か」
「そうなんだ。藤坂ならあの鬼を倒していたし……あっ!」
俺は、立ち止まった。
藤坂とロールが一斉に、俺の方へ振り返る。ロールは首を傾げて、今にも「なにしてんスか」なんて言ってきそうな感じだ。
俺は思い出したんだ。
まだ、お礼を言ってないってことを。
俺は勢いよく彼女に向かって頭を下げた。
「そうだ。藤坂が俺とロールを助けてくれたんだった。ありがとう! お陰で今も俺は生きていられる」
「あっ、そーでした! 自分からもありがとうございますッス! 自分を助けてくれたセンパイを助けてくれてありがとうッス!」
俺たちは二人して、藤坂に頭を下げた。
頭を下げているので藤坂の表情は見えないが……多分無表情なのだろう。
「顔を上げてくれ、私は私にできることをしたまでで、大層なことはしてないよ」
「センパイ~、フジサカさんやっぱり凄くいい人じゃないッスか~! 友達が――」
「そーだな! ロールの言う通りだ!」
俺は思いっきりロールの声を遮った。
友達が、というところでその先の言葉が見えてしまう。絶対……「友達がいないなんて嘘みたいッス!」とか、空気を読まずに言おうとしてただろ!
そんなこと、本人がいる前で言うのは不味い。だって藤坂を怒らせたくはない。
「いやでも、藤坂が来てくれなかったらと思うと……今でも身体が震えてくるよ」
「でも、ロール君を助けた。亜月君は勇気があるみたいだね」
「そうッス! センパイは多分、すごぉーくお人好しッス!」
「いや、だからあれは事故なんだって……」
と、いつものように否定する。まぁ、ロールは聞く耳を持たないだろうけど。
「それで、ロール君の件についてだが……私も問題を解決するために協力するよ。微力ながらね」
「いやいや、藤坂がいれば百人力だ」
「そうッス、そうッス!」
驚くくらいすんなりと承諾してくれた。断られるかとも思っていたのに。
さて、これで俺の役目は終わったな。
あの藤坂が味方になったんだ、俺なんていなくてもロールの未来は安泰だろう。
きっと、これから先ボーイミーツガール的な展開があったり、色々苦労があったりするかもしれないが、それは特別な彼女たちに任せて俺は脇役らしく平凡な毎日を過ごすことにしようじゃないか!
「藤坂が協力してくれるんだ。もう、俺も必要ないだろう? だから、俺から藤坂に乗り換えて、人間になってくれ! 俺は応援してるぞロール」
なんて言っても……。
多分、ロールからは逃げられない。ここは俺だけするっと離脱してそのままフェードアウトする感じで行こう。
うん、そうしよう!
「早速だけど、これからのことについて話したい。このまま、生徒会室に来てくれるかな?」
「あー、悪い。俺、自分の教室に忘れものをして、それを取りに行きたいんだ。先に生徒会室に行って、話をしといてくれるか?」
「もーう。センパイっておっちょこちょいッスね」
ロールにだけは言われたくない。なんて思いながら、俺は二人から距離を取る。
藤坂も頷いてくれたし、これは作戦が成功したと言っても過言じゃないだろう。とはいえ、油断は禁物だ。
本当なら、このまま踵を返して自宅に帰りたいが、ロールに位置バレしている俺は彼女に帰ったことが伝わってしまう。
だから、ここは一旦教室に行く。
そして、藤坂と話が終わるまで教室で待機。ロールだって馬鹿じゃないだろう。
藤坂の凄さをもっと感じれば、俺なんて無視してそのまま藤坂の方に流れてくれるはず。
だって、そっちの方が絶対効率がいいわけだし。
階段を一段ずつ踏み締めて、教室を目指す。
愛するべき平凡な日常に帰るために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます