第6話「学校生活の終了」
「はぁ~、あっつい!」
俺は駐輪所に自転車を突っ込んで叫んだ。
ダラダラと額から汗が流れる。ミンミンとセミが力強く鳴きわめく。
自宅から学校までは、自転車で五分ほど歩けば十五分くらいだ。
この近さが、我が母校の魅力の一つだろう。
でも、夏の暑さというのは酷いもので、たった五分の運動でも全身が汗でびしょびしょ。
一刻も早く自宅に帰ってシャワーを浴びたい。
「センパイ、もしかして体力ないッスか?」
俺の隣に立っている(正確には浮遊している)のはロール。
記憶喪失の幽霊らしい。
正直、全然幽霊らしくないが……だって、俺より元気に死んでいるように見えるぞ。
彼女はこんな暑さの中でも涼しい顔をしていた。
ロール本人が言うに、幽霊の身体は温度を感じないみたいだ。それだけじゃなくて、誰にも触れられないし、食事を取る必要だってもちろんない。聞く人間が聞けば凄くうらやましがるだろうな。
俺はそうは思わないが。
でも、こんな炎天下でも暑さを感じないならちょっとはうらやましいかもしれない。
「これが標準だ……多分」
「ホントッスかぁ~?」
なんて他愛ない会話をして、俺は校舎を目指した。
目的はもちろん、藤坂に会うこと。
それで、ロールの事情を説明して藤坂にバトンを渡す。俺は平凡な日常に帰れるし、ロールは藤坂という完璧超人に協力して貰える。
みんながハッピーになれる最高な作戦というわけだ。
一番の問題は……藤坂が首を縦に振ってくれるかどうか、というところだ。
「藤坂さんってどんな人なんですか?」
「一言で言えば鉄仮面……だな」
舗装された地面を歩いて、俺はロールの質問に答えた。
その言葉だけだと、藤坂の人となりなんてこれっぽっちも伝わらないと思うので補足説明を加える。
「なんでもできる完璧超人。でも、友達は一人もいないし誰も笑ったところを見たことがないんだってさ」
「じゃあ、自分たちが初めての友達ってことッスね!」
「……ありえないな」
一瞬、ロールや俺が藤坂の友達になる情景を想像して、俺は首を横に振った。
ロールはぐるりと俺の前に立って勢いよく反論し始める。
「なんでそう言い切れるッスか!」
前に浮くロールをすり抜けて、俺は歩き続けた。
そして、分かりきった回答を示す。
「なんでって、俺たちみたいなのと藤坂じゃ……そもそも立っている場所が違うんだ。藤坂だって、求めてないだろうさ」
「それって、センパイが友達になる気がないだけなんじゃ……?」
「かもな」
俺はロールの言葉を肯定した。
藤坂と友達になりたいか? そう聞かれて俺は首を縦には振らない。その理由としては、さっきも語ったように藤坂だって求めてないだろうからだ。
藤坂みたいな超人は、同じ超人と連む方がいいに決まってる。
この学校に、彼女以外そんな人なんていないわけだが。
「むー消極的ッスねぇ。センパイ、そんなんだからいつまでも彼女ができないんッスよ~」
「余計なお世話だ。というか、できないんじゃなくて作らないだけだからな!」
「あー、それあるあるな言い訳ッス。悲しいッスねぇ」
その言葉が、グサリと俺の心に刺さる。
ああ……悲しいものだ。
なんて話をしている間にも、目的地に向かう足は止まらない。もう少しで校舎に入れるんだが……。
ふと、テニスコートに目をやった。
そこでは、今日も元気に部活をする女子テニス部の人たちがいる。こんなに暑いのに、大変だなぁ。
なんて、考えていると女子テニス部の人たちが俺を見て、ひそひそ話をしていることに気がついてしまった。
やっと、俺にも春が!
なんて、呑気なことを考えている場合ではない。俺は、すぐに自分に春が来たわけではないということを知る。知ってしまった。
視線の理由に思い当たった瞬間。俺は一気にかけ出す。
そのまま、校舎に入って自分の靴箱を目指した。
お馴染みの番号が書かれた靴箱の前に立ち深呼吸をしたあと俺は……激しく後悔した!
どうして、彼女たちが俺を見てひそひそ話をしていたか……その原因は。
「突然走って、どうしたんッスか? ビックリしたッス」
全て彼女にある。
そう、ロールは幽霊なのだ。
空を飛ぶし、身体はスケスケ。オマケに誰かに取り憑くことだってできる。
で、幽霊っていうのはもう一つ大きな特徴があるのを忘れてはいけない。
「なぁ、ロール。一つ聞きたいんだけど」
「なんッスか? 好きなショートケーキの形ッスか?」
なんだその質問は。
なんて思うわけだが、彼女の言動に一々引っかかっているとマトモに会話できない。
だから俺はその言葉をスルーしつつ、本題を切り出した。
「ロールの姿って普通の人には見えないはずだよな?」
「そうッスね。自分、一応幽霊なんで! 霊感的な、そんなパワー的なアレが必要ッス!」
「やっちまったー!」
その返事を聞いて、俺は靴箱に己の頭をぶつけ――てはいないが、非常に勢いよく頭を抱えることになった。
そう、ロールの姿は普通の人には見えないのだ。
じゃあ、どうして俺には見えているのか、という話だが。この際、そんなことはどうでもいい。
大切なのは俺がロールと普通に会話をしてしまっていたことだ!
つまり、あの女子テニス部の人たちからすると、俺は虚空に向かって言葉を吐き続ける怖い人……だと思われてもおかしくはない。
ああ、消えてしまいたい。
恥ずかしさで、顔が熱くなってくる。
「どうしたんスか」
俺の気苦労も知らずに、ロールは呑気にそう言った。
「どうしたもこうしたも……俺の灰色学校生活がもっと、くすんだ色になっちゃうじゃないか……」
「元々灰色なんスね!」
「……」
確かに、自分で言ってても悲しくなる。
でも、クラスで普通くらいの立ち位置だったのが夏休み明けには変人、ヤバい奴。怖い人、みたいな風になっていたらどうしよう……!
もう、まともな学校生活が送れなくなるのでは……?
みんなから無視されて、挙げ句の果てにはいない人扱い……。もしかすると、もう俺の机と席がなくなっていたり?
「センパーイ、センパイ? 生きてます?」
「ハッ!」
いかんいかん。
俺としたことが、最悪な学校生活に思考が乗っ取られていた。
もしかすると、俺の気のせいかもしれないし……。噂が広まるとも限らないし。
とはいえ、もう人目があるところでロールと会話することは自重した方がいいだろう。
「ああ、生きてはいる。生きては……な」
「何があったか分からないッスけど、気を取り直して行きましょう! ドンマイ、ドンマイッス!」
お前のせいなんだけどなぁ……。とは、言えなかった。
まぁ、自分の不注意も原因ではある。次回からは気をつけよう、本当に!
「さてと、藤坂はどこにいるんだろうな」
「どこッスかね! 当然ながら、自分は何も知らないッス!」
「だろうな」
何より、藤坂にバトンタッチできたらロールが俺の隣を歩くこともなくなる。
だからこそ、学校生活のこれからを憂いるよりも藤坂を探した方がいい。だが、どこにいるんだろう。
そもそも、夏休みに学校へ来ているのか?
学校へ足を運ぶ前に考えなければならない可能性に、今更俺は気づいた。
「もしかしたら、いないかも……」
「えーっ! じゃあ、ちょっと呼んでみません? ふじっさかさーん!」
「ここで叫んでも意味ないと思うんだけど……」
叫ぶロールに消極的なツッコミを入れて、俺は腕を組んだ。
ロールは学校を何だと思っているんだろうか、それとも、自分の声量によほど自信があったのか。
何にせよ、ただ叫んだだけで探し人が見つかるほど、人生は甘――
「意味はあったらしいよ。君たちの声は私にしっかりと聞こえていたのだから」
――かったらしい。
背後から聞こえてくるのは一切の人間味をそぎ落としたような冷たい声。紛れもなく藤坂のものだった。
俺は振り返り、彼女の姿を見る。
そこに立っていたのは、間違いなく鉄仮面。
冷め切ったその視線と表情は、やっぱり動きを見せない。ただ、発色のいい唇だけが動く。
「昨日の今日で、何度も出会うなんて……どうやら君とは縁深いらしいね。亜月日々君」
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