第5話「どうやら俺は幽霊に取り憑かれたらしい」

「ふぅ~、疲れた……」


 どっと疲れた身体を癒やすためにベッドに寝転がった。

 今日は色々ありすぎた。

 赤鬼に、記憶喪失の幽霊に……。思い出すだけでもなんだか疲れてくる。


「で、自分に協力してくれる気になりました?」


 だが、俺の苦労は何一つ終わっていなかった。

 公園で出会った幽霊、ロールはあのまま俺の部屋までついてきて、その上壁から半身を出して俺を見ている。

 幾度となく彼女が何かに触れられないことを見てきたから、すり抜けていること自体はもう疑問にすら思わないのだが……。


「どうして、半身だけ身体を出してるんだ?」


 と、俺が疑問をぶつければ彼女は目をキラリと輝かせた。


「はっ、それってつまりお前に協力してやるからちゃんと中にまで入ってこいっていう――」

「逆だ、逆。しっかり全身を外に出せって言ってるんだよ。俺は!」

「しかたないッスねぇ。特別ッスよ」


 俺のツッコミはロールに欠片も届いていないらしい。彼女はしっかりと俺の部屋に全身を入れてきた。

 俺の言葉が無視されていることも気になるが、何よりも俺が譲歩された側みたいな扱いが一番納得いかない。

 譲歩してるのはこっちだからな!


「センパイもゴウジョーッスねぇ。もう腹くくりましょうよ」

「どっちがだ……何度も言ってるだろ? 俺は無理だって」


 何度も繰り返したやり取りを、今もう一度繰り返した俺たち。

 ロールは、これ見よがしにため息を吐く。そして首をゆっくりと、本当にゆっくりと横へ振った。


「そうは言っても、しかたないじゃないッスか。センパイに取り憑いちゃったんッス。もう逃げれないッスよ!」

「は……?」


 待て。

 この幽霊は今なんて言った?

 取り憑いた? 俺に? 取り憑くって……あれだよな、幽霊的な、なんかアレだよな?


「あれれ? 言ってませんでしたっけ? 自分、センパイに取り憑きました~! やった~!」

「全然やったーじゃないんだけどな! というか、取り憑かれたらどうなるんだ……?」


 俺はツッコミを入れながら、一番気になることを聞いた。

 ロールは真っ直ぐと俺を見て、首をこてりと傾げる。


「え、知りたいんッスか?」

「……」


 なんで急にそんなことを言うんだろうか。

 もしかして、本当にヤバい奴なのか……。

 いやいや、ロールが取り憑いたからってそんな酷いことには……。ここまで来て、やっぱり聞かないなんてあり得ないし。

 俺は頷いた。


「三日後にむごたらしい死体に……あっ嘘ッス! そんな、本気で悪霊を見る目で見ないで欲しいッス! 自分、そんな呪いみたいなことできないッスから!」

「あのなぁ……」


 一瞬本気で信じかけたじゃないか。

 というか、自分が一応幽霊なんだってことをロールにはよく理解して欲しい。本物の幽霊に、そんなことを言われて真に受けない人間なんていないだろ!


「希望を持って聞くけど、嘘ってどこまでが嘘なんだ? もしかして取り憑いていることも――」

「あ、それはホントッス。本気って書いてマジッス」

「デスヨネー」


 自分の希望が打ち砕かれて、俺はガックリと肩を落とした。

 なんで、俺が選ばれたのだろう。

 まぁ、もう理由は明かされたんだけどさ。


「で、実際のところ取り憑かれたらどうなるんだ?」


 そんな話は横に置いといて。

 一番大事なのは、そこだ。取り憑かれたら、これから先どうなってしまうのか。


「どうにもならないッス。ただ、自分がいつでもセンパイのいる場所が分かるってだけッスね。逃がさないッスよ~」


 語尾にハートがついてくるような感じで、ロールはそんなことを言う。

 女の子からそう言われるのは男冥利に尽きる。

 だけど、俺にとってはどうでもいいことだった。


「まさか……四六時中俺に着いて回って、協力するように言ってくるつもりじゃないだろうな?」

「凄いッス、自分の作戦が全部バレてたッス~!」

「……」


 たまったものじゃない!

 これから夏休みだというのに、幽霊にストーカーされ続けるなんて絶対に嫌だ。

 とはいえ、ロールが頑固なのは今までのやり取りで理解できる。悪い奴じゃないし、どっちかと言えば良い奴なんだが……。


「だからぁ、俺はロールを助けてないんだって。それに、ロールと関わるってことはあの鬼みたいな奴と出会う確率もあがるってことだろ? 無理無理、絶対無理だ!」

「なんでそう……謙遜するんッスかねぇ? 自分にはセンパイがヒーローに見えたッス。かっこよかったッスよ。センパイなら大丈夫!」


 一体何の根拠があってここまで断言できるんだろうか、この幽霊。

 俺は頭を悩ませた。

 どうすれば、この頑固な幽霊を諦めさせることができるだろうか。

 ただ断るだけでは意味がない。ようやく諦めがついた。

 なら、工夫して断らなければならない。


 ふと、鬼から俺の命を救ってくれた少女の姿が思い浮かんだ。

 長い長い黒髪に、制服姿。あの姿に俺は見覚えがあるはず。

 次に思い出したのは、ロールの言葉。


「夏なのに長袖の制服を着た女の子と白衣のオジさんがセンパイのことをここまで運んでたッス!」


 夏なのに長袖の制服を着た女の子。

 あのときはそれを疑問に思うよりも、ロールに気を取られていたが……。多分、俺はその少女を知っている。

 腰にかかるまで長い黒髪に、季節外れの制服、そして鬼さえも楽に倒せる女子高生。ここまでくれば、もう答えは出ているようだった。


「藤坂だ」

「え? どうしたッスか。いきなり」


 今合点がいった。俺の命を救ってくれたのは藤坂だし、間接的にロールの命を救ったのは藤坂なんだ。

 どうして最初からその方法に気がつかなかったんだろうか。

 自分の愚かさが恨めしい。だって、ロールもハッピーで俺もハッピーな解決方法があったんだ!


「あの鬼を倒した凄い女の子が誰か分かったんだよ! 明日、彼女に会いに行ってロールの事情を話せばきっと助けてくれるはずだ。だって、俺たちの命の恩人なわけだし」

「あの人、知り合いだったんッスね~。流石センパイッス! じゃあ、センパイとその人、そして自分の三人で仲良くするってわけッスか」


 どうして俺が一緒に仲よくすることになるのか理解できないが、ここで彼女の言葉を訂正することは無駄だろう。だから、俺は否定も肯定もせずにそのままベッドに身体を預けた。


「そうと決まれば、俺はもう寝るぞ。明日は朝から学校に行くからな」

「もう少しお話したかったんですけど……しかたないッスね。おやすみなさいッス!」


 俺はロールのその言葉を聞いて、布団を被り瞼を閉じた。

 明日、朝から学校へ行くのは憂うつだ。でもそれで元の日常に戻れるなら、少しの手間には目をつぶろう。

 正直、ロールに協力したくはある。

 けど、俺が出しゃばったところで何も変わらないのは俺が一番知っている。だから、俺は彼女に協力しない。

 俺にも、藤坂みたいな才能や力があれば……話はまた違っただろう。

 でも現実は残酷で……。俺はどこまでも平凡だった。

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