12歳差のあなたと相容れないワタシと 第8話 12歳差のつきあい方

「須加さんが木崎さんにやっと告白したんです」


雪菜に突然話題を変えられて、意図がつかめなかったものの話を合わせる。


「そうなんだ。告白なんかできないって言ってたけど、告白する決意をしたんだ」


「告白しても玉砕する自分しか考えてなかったらしいですけどね。でも、始めてみようって返事を貰えたそうなんです」


「それは良かったね。自分はいつも上手く恋愛ができないって須加さんは悩んでいたから」


須加さんとワタシは、ランニングコースやタイムとか、走ることに関してのやりとりは時々していた。その中で、プライベートな相談を受けることもあった。


「それを聡子さんに相談するのは、ちょっと人選ミスですけどね」


「ワタシみたいにならないようにって、悪い見本でいいんじゃない?」


「それならそうですね。でも、聡子さんが本当のことを言えなくなったのは私のせいですよね?」


「…………」


ワタシはわざと今の関係を曖昧にしている。


雪菜ならそれを見抜いていて当然だった。


ワタシは雪菜といることを優先させて、他のことは棚上げしている。


「もう言わないんですか? 一緒に暮らそうって」


「……言わなければ、雪菜とまだ一緒にいる時間を持てるから」


大きなため息を吐かれても、ワタシは言い返す言葉もでなかった。

ずるいと思われているだろうか。


「私は聡子さんにすごく腹が立っていたんです。私の焦りとか、もやもやとか、ちっとも分かってくれないって。でも、私も聡子さんのことを何も分かってなかったんだなって、最近気づきました」


「雪菜がワタシの置かれた状況を理解できるのは12年後でしょう。それは仕方ないことなんだって諦めてる」


「そう言われるのは腹が立つんです。私が聡子さんに追いつくことがない前提で言ってますよね?」


「それだけ大きな差だから」


社会人になれば、年齢差による上下関係なんて薄れるとしても、10歳もあれば、さすがに立ち位置は違ってくる。


「じゃあ、いつまで私が来るんだろうって、不安を抱えながら聡子さんはこのまま関係を続ける気ですか?」


「それが一番長く続く可能性がある選択だと思ってる」


ワタシたちの関係を固めるための言葉はなくても、言葉にしなければ雪菜に繋がった糸がすぐに切れることがないことも知った。


「バカな人ですよね」


「分かってる。でも、年の差を埋めることはどうやってもできないものでしょう? 雪菜が30になった時、私は42で、40の時は52になってる。30歳の悩みと42歳の悩みは違って、40歳の悩みと52歳の悩みも違う」


「だから自分の望みを諦めた、ですか?」


「近づきすぎなければ年の差は違和感で済ませられるから。時々会うが最善の選択だって今は思ってる」


「昔の聡子さんの方が魅力がありましたよ」


「そうだね」


今のワタシにはどう考えても魅力がないのは分かっていた。


ただワタシは雪菜に追いすがっているだけだ。


雪菜に過剰に求めなければ続けられるんじゃないかと甘く見ていたけど、雪菜はそれで納得するタイプじゃなかったことに気づく。


雪菜は自分で自分の相手は選ぶ性格だった。


一時的な感情で絆されることはあっても、雪菜の生きる道には雪菜が必要だと思った存在しか立てない。


「どうして逃げるんですか?」


「雪菜に幸せになって欲しいから」


「それ、聡子さんに決めてもらうことじゃないです」


「うん。ごめん。雪菜は自分で決められる人だよね」


「そうです。だから聡子さんは自分のことを必死になってください」


「…………うん」


もう面倒は見ない。


そう聞こえた。


「分かってないくせに頷かないでください」


「だって、どう考えたってワタシは雪菜を諦められないし、他に欲しいものなんてないから」


「でも、聡子さんは欲しいものを諦めていますよね?」


「何が言いたいの。いい年して、1周りも下の相手に夢中で、別れたのに忘れられなくて、縋り付くようなことしかできないワタシをバカにしたい?」


雪菜には幾らでも選択肢がある。そんな雪菜からしたら、たった一つの可能性にしがみつくワタシは滑稽なのかもしれない。


「可愛いって思ってるだけですよ」


「……えっ?」


「聡子さんをそうしたのは私だって自覚はありますけど、私だって聡子さんをなかなか忘れられなくて、やっと振り切ろうって決めた時にまた現れるんですから。どれだけずるいんですか」


「だって……」


「どっちかにしてくれません?」


それは離れるか、一緒にいるか、を示しているとは悟れた。


雪菜が関係を戻してもいいくらいにワタシに心残りを持ってくれているなんて思いもしなかったけど、言い出せなかった一言を言える最初で最後の機会を与えてくれたことは分かった。


このままを雪菜はもう続ける気がない。


だとすれば、


「ワタシは雪菜とずっと一緒にいたい」


「喧嘩ばかりになりますよ?」


「分かってる。それでもワタシは雪菜じゃないと駄目だから」


雪菜の顔が近づいて、唇を奪われる。口内を探られて、逃れようとしても、雪菜はワタシの体を掴んで離してくれなかった。


「上手く行かないからって逃げるのは、後悔しか残らないことに気づいたんです」


「雪菜……」


「聡子さんは私がいないと一人でいいって言うし、理解しあえないから投げ出すなんて私も悔しいだけなので、ちゃんと向き合おうって思ったんです」


「ほんとに?」


「でないと、毎週往復2時間も掛けて来ませんから」


「だって、それは雪菜がベッドが気に入ってるって言うから……」


「だから鈍感だって言うんです」


「そうだね」


「私は一緒にいるなら価値観が合わないと続かないって思ってるんです。でも、聡子さんは私とは持っているものが全然違って……ステータスとか、収入とかそういう話です。

聡子さんは気にしないって言うんでしょうけど、価値観ってそういう部分に起因するものも少なかれあると私は思っています。だから、私が聡子さんに近づけたら一緒にいられるんじゃないかって考えていました」


「それで転職をするから待って欲しいという話になった、ということだよね?」


「そうです。それなのに私が考えていることを、聡子さんは全然理解してくれなくって腹が立ちました」


「うん。理解できてなかった」


「相性が良くても結局価値観が違ったらやっぱりだめなんだと、必死で忘れようとしたのに、また目の前を彷徨かれて、ふらふら危なっかしくて、どれだけ腹立たしかったかわかります?」


「ごめんなさい」


「悪いと思ってませんよね?」


「……だって雪菜に触れたかったから」


「知ってます。37にもなって、危なっかしすぎです。私が見ておかないと何するか分からないなってよく分かりました」

「いいの?」


「責任取ってくださいね」


「うん。責任取る」

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