12歳差のあなたと相容れないワタシと 第7話 来訪
「何で、こんな遠くに引っ越したんですか」
雪菜が来る時の開口一番の言葉がいつもそれだった。
「ごめんなさい。雪菜とすれ違わないような場所がいいと思って……」
「私に会わなくて生きて行けるんですか?」
「……何も求めなければ、かな」
そう思って、ワタシは今のマンションを買ったのだ。
溜息を吐かれて、次からはワタシが行くからと告げる。
「聡子さんは、どうして私が来るかって考えたことあります?」
「……ワタシにプライベートな領域に踏み込まれたくないから?」
「そんな泣きそうな顔しないでください。単に聡子さんの部屋のベッドの方が広いからです。引っ越して、一人で生きて行くって言った割りには、どうしてこんなベッドにしたんですか?」
引っ越してから、ワタシの部屋のベッドはダブルサイズになった。
「この物件、家具とかあるものを全部つけてくれるって言われたから、わざわざ買い直す必要もないかなって思って」
「聡子さんってそういう人ですよね」
家を買った時はもう自棄でしかなかったし、新しく自分の家をどうするかなんてどうでも良かった。だからこそあるものが一通り揃っていて、そのまま使えるは楽な選択だった。
「自分が生活をする環境には、あまり興味がないから」
「知ってます。そのくせいいものが揃ってるのが嫌味ですけど」
「そうなの?」
ワタシが分かるブランドはランナー向けのウェアやシューズくらいで、それ以外はほとんど拘りがない。こういう時に使うものだから、こういうお店で調達しよう程度にしかいつも考えなかった。
「今度から何か大きな買い物をする時は、私に相談してください」
「そうする」
雪菜が判断してくれるのなら、それに任せることに異論はなくて頷きを返した。
その日、仕事中に届いた雪菜からのメッセージに、ワタシは残業を早々に切り上げて家に帰った。
帰りに寄ってもいいですか?
雪菜が今まで平日に会いたいなんて言ったことがなくて、何かあったのかと焦りがあった。
最寄り駅に着くと、改札の前には雪菜の姿がある。
仕事に行く格好の雪菜を見るのは久々で、赤いコートは彼女の意思の強さを示しているようだった。
「早かったですね」
「雪菜が平日に来るなんて、今までなかったから、早めに切り上げてきたの」
早いとは言ってももう20時を過ぎている。
「そうでしたっけ?」
「軽く飲んで行く?」
「聡子さんが飲みたいならいいですよ」
ワタシの意思を優先する雪菜は珍しくて、裏がありそうでちょっと怖い。
「じゃあ、やめておく」
「言い出したの聡子さんなのに」
「何か用事があって来たんでしょう? 飲んでいたら、余計に遅くなるだけだから」
「そうですね」
それ以上の話は出なくて、2人で並んでワタシの家までの道を歩く。
「時間潰すの退屈じゃなかった?」
「どうせ聡子さんはそんなに早く帰ってこないだろうって、ここに来るまでの間に寄り道をしたので、ほとんど待ってないですよ」
「なら良かった」
「聡子さんはいつになったら残業体質が直るんですか?」
「会社を辞めたらかな」
「それ、定年退職のことを言ってますよね」
「うん。何かあったら転職はするかもしれないけど、多分働き方は変わらない気がする」
「いくら体を鍛えてるからって、そろそろ衰え始める年なんですから、考え方を改めてください」
「そうだね。あっという間に40になるだろうしね」
今日はいつもの雪菜よりも優しくて、ワタシの体の心配までしてくれる。もしかして雪菜は別れ話にやって来たんだろうか、と思い浮かぶ。
家に帰り着いて、まず暖房のスイッチを入れてから、コートを脱いで定位置のハンガーに引っかける。雪菜も勝手知ったる人の家なので、コートを脱ぐとワタシのコートの隣に引っかける。
「何か軽く作ろうか?」
「聡子さん。一緒にシャワー浴びません?」
全く想像もしていなかったことを言われて、間の抜けた答えを返してしまう。
「今日は寒くて冷えたので」
「いいけど……」
別れ話ならそんなことは言い出さないだろう、とちょっと安堵はしたものの、雪菜の考えは読めなかった。
シャワーを浴びながら雪菜はワタシに触れてきて、軽く触れられて煽るだけ煽られて体が離される。
「もう我慢出来ませんよね、聡子さん」
バスルームから出て、リビングまで戻ったところで、背後から雪菜に抱き締められる。
その通りだけど、雪菜の掌の上で踊らされるのが悔しくて、雪菜に向き直った。
「雪菜がしたいならしていいけど、ちゃんと言って。ワタシに求めてるのは体だけなんでしょう?」
「そうだと言って聡子さんを泣かせるのもそそられるんですけど、どれだけ鈍感なんですか?」
「鈍感?」
「体が温もればいいなら、仕事終わりにわざわざ聡子さんの家まで来なくても、もっと簡単な手段ありますよね?」
「そうだね」
雪菜が声を掛ければ、ワタシよりも若くて可愛い相手なんて簡単に見つかるだろう。
「じゃあ、私がどうして今日は来たと思っているんですか?」
その意地悪な問いにワタシは首を横に振った。
教えて欲しいと言っても、どうせ雪菜は教えてくれないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます