12歳差のあなたと相容れないワタシと 第6話 約束のない週末

求め合って、眠りに落ちて、また求める。


そんな学生みたいなことを繰り返して、日が沈む前に『さよなら』とも『また』とも言わずに雪菜の部屋を出た。


体にはまだ雪菜が触れている余韻が残っている。雪菜は言葉は冷たいけれど、体を求めてはくれる。


会えない辛さよりも、会える辛さの方がまだ我慢ができる気がした。


翌週の週末もワタシは雪菜の元を訪れて、溜息をつかれながらも雪菜は部屋に入れてくれた。


「私への迷惑を考えてくれませんか?」


「断られたら、帰ればいいだけだから」


「帰って泣くくせに」


「そうだね」


「12も上のくせに一々手が掛かるんですから」


昔のように一緒に時間を過ごして、求め合って、それでもどちらも今の関係を言葉にはしない。午睡のような微睡みはいつまでも続かないことが分かっていても手放せなかった。


「雪菜、来週来るのちょっと遅くなるかも」


次のことなんて約束もしない関係だったけれど、その日は帰り際に予定を告げた。


「別に来なくてもいいですよ」


「うん」


「毎週、毎週1時間も掛けて来る必要ないんじゃないですか?」


「やっぱり迷惑だったんだ……ごめんなさい」


雪菜の言葉に目尻に水分が貯まるのを感じる。


最近涙腺が緩いのは、雪菜との関係が対等ではないからだろう。ワタシが雪菜に一方的に追い縋っていて、雪菜はそれに渋々つき合ってくれていることは知っていた。


「一々泣かないでください。好き勝手して泣くなんてずるいです」


「泣いてないから」


翌週、ワタシは雪菜の元に行けなかった。


雪菜にとってのワタシは鬱陶しいだけの存在でしかない。だって、ワタシは雪菜が望む対等であることさえできなくなっている。




一度途切れてしまうと、また始めるための一歩は敷居が高くて足を踏み出せなくなる。


一日家で無駄に時間を過ごしていたワタシは、着信に気づいてスマホを手にした。


ディスプレイに表示された名前は『西下雪菜』だった。


スマホを落としそうになりながら電話に出ると、雪菜は外にいるのか雑踏の音が混じって聞こえてくる。


「すごく腹が立っているんですけど」


開口一番の言葉の意味が分からずに、間の抜けた声を返す。


「あれくらいで、引き下がれる程度だったんですね」


「…………」


雪菜の声が痛くて、それだけで目元が弛む。


「今、駅にいます。10分だけ待ってます」


雪菜の告げた駅の名は、ワタシの今の最寄り駅だった。ちらっとだけ引越先のことは話していたけど、まさかわざわざ雪菜が足を向けてくれるなんて奇跡にしか思えなかった。


身なりを整える時間もなくて、上着だけを引っかけて部屋を飛び出す。


今のマンションから駅までは徒歩で10分弱。なかなかエレベータが来ずに時間をロスして、マンションを出ると全速で駅に向かった。


駅舎に入ると、切符売り場の近くの壁に背を預けている雪菜が目に入る。


「雪菜!」


勢いでそのまま雪菜に抱きついた。


「走って来たんですか?」


「だって、10分だけって雪菜が言うから」


「聡子さん意気地無しだから、来ないだろうって思ってました」


「そうだけど、雪菜が好きだから。情けなくて、すぐに泣いてばかりだけど、ワタシは雪菜といたい」


「どうでもいいですけど、離してください」


じっと睨まれてワタシは渋々雪菜から手を離した。


「じゃあ、帰ります」


改札に向かおうとする雪菜の手を、急いで掴む。


「うちに来てくれないの?」




その日から、少しだけ雪菜との関係は変わった。


つき合っているとは言ってくれないけれど、週末はお互いの家を行き来して、外にも出掛けるようになった。


このままがワタシと雪菜にはいいのかもしれないと、形を明言することも、一緒に住もうと言うこともしなくなった。


多分雪菜はしょうがないと思いながらも、ワタシのことを見放したくなるくらいには嫌いじゃない。


「聡子さんってノンケの人を好きになったことあります?」


「告白もできなかった初恋の時くらいしかないけど、どうして? 雪菜がノンケの人を好きになったとか?」


「どうしてそんな思考になるんですか」


「だって、それくらいしか雪菜が言い出すことがない気がしたから」


雪菜に大きな溜息を吐かれて、また呆れられたことに気づく。


「この前ハーフマラソンの時に会った須加すがさんのことなんですけど」


須加さんは、以前雪菜とバーに来ていた女性で、雪菜の今の勤務先の社員だと聞いていた。偶々ワタシと同じマラソンが趣味で、先日ハーフマラソンで会った時にワタシも連絡先を交換した仲だった。


「そっか。ノンケの人を好きだって言ってたね」


その時に好きな女性ができたものの、告白は難しいと須加さんは言っていた。


「そうです。派遣のSEさんを好きになったみたいで、ちょっと前から同じ場所で仕事をするになったんです。授業中に好きな子を見ちゃう高校生みたいで、放っておけないんですよね」


「告白はやっぱりできなさそうなの?」


「須加さんの性格では難しそうですね。聡子さんにそういう経験ないですか?」


「どうしてワタシにそれを聞くの?」


「年の功っていうのは冗談ですけど、何か聡子さんと須加さんって恋愛下手なのが似ている気がしてるんです」


「ワタシは恋愛下手で、アドバイスなんてできないから」


年上の余裕も、テクニックもワタシになくて、いつも雪菜に翻弄されていることは分かっていた。


「何で拗ねるんですか?」


「別に拗ねてない」


「拗ねてるじゃないですか」


「恋愛上手な雪菜にはわからないことだから」


溜息を吐いた後、雪菜は顔を寄せてくる。


「そういう襲ってくれみたいな顔されたら困るんですけど」


「そんな顔してない」


「じゃあ、やめておきます?」


ノーとは言えなかった。雪菜の首筋に腕を回して引き寄せると、雪菜の唇が重ねられる。


元々ワタシと雪菜は体から始まった関係なこともあって、お互いの欲望を隠すことはしない。熱だけが今の関係を示すものだった。

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