12歳差のあなたと相容れないワタシと 第5話 終電を過ぎて

「ごめんなさい……もう、帰るから」


逃げるように階段まで戻って、雪菜のマンションを出た。でも、涙は止まってくれなくて近くの公園のブランコに腰を掛けた。


雪菜にしてはいい迷惑だろう。


いつまでも引きずっているワタシに比べて、雪菜はもう未練がないように見えた。


雪菜はワタシに拘る必要がないから、それは当然のことかもしれない。


時間が経てば涙は退く。


でも、ここから電車で家に帰る気も起きなかった。


それに、乗り換えを考えると、もう終電には間に合わない。


「朝までここに居ようかな」


軽くブランコを揺らしてみる。


ブランコに乗ったのなんて何年ぶりだろう。子供しか乗れないものと決めつけていたけど、大人になっても違和感はなかった。


「バカなこと言わないでください!」


不意に飛んで来た声は、先程聞いたばかりの存在のものだった。ちょっと怒気が含まれていて視線を上げる。


「…………雪菜?」


「ベランダから見えたんです。どうしてこんなところで座っているんですか。ちゃんと家に帰ってください」


「引っ越したんだ。ここからだと乗り換えを含めて1時間くらい掛かる場所に。もう終電には間に合わなさそう」


「だからって何かあったらどうするんですか!」


「大丈夫だよ。もう若くないし」


「聡子さん!」


「ワタシはもう雪菜には関係ない存在でしょう?」


「それでもこんな近所で何かあったら寝覚めが悪いです」


「そう……」


「そうで済まさないでください」


「うん」


「うんじゃないです」


「じゃあ、気にしてくれてありがとう。ワタシのことは放っておいてくれたらいいから」


「本気で怒りますよ!!」


怒っているのは分かっても、ワタシは足を動かす気はない。


「ここに来るまでに結構飲んだから、もう動きたくないんだ」


雪菜の呆れたという溜息が耳に届く。


「じゃあ、今日は泊めますから立ってください」


「…………」


「怒りますよ」


「そんなの嫌に決まってるじゃない。2回も振られて、泊まれなんて無神経過ぎない?」


「じゃあ、検討はしてみますって言えば、立って貰えますか?」


ワタシを動かすための口実であると分かっているのに、期待をしてしまう自分がいる。でも、一度心が離れてしまった相手に心を戻すことが難しいことくらいわかっていた。


立ち上がって雪菜との数歩の距離を縮める。


「やっと立ってくれましたね」


溜息を吐く雪菜に抱きついて、ワタシは唇を重ねた。


突き飛ばされる覚悟でしたのに、衝撃はなかった。


「……なんで、こんなことするんですか!」


雪菜は口元を覆って数歩後ずさる。


「ワタシを泊めるってことは、こういうことだから」


これで引き下がるだろうと雪菜の出方を待った。1人で帰っていくだろうとの想定は外れて、ワタシは手首を捕まれた。


「帰りますよ」


そのまま部屋まで強引に引っ張って行かれて、久々に雪菜の部屋に入る。雪菜の部屋は以前訪れた時のままだった。


「ワタシを部屋に入れるの嫌じゃないの?」


「聡子さんがバカなことするからです。そんな人だと思いませんでした」


「そう……」


「シャワーを浴びるならどうぞ」


「いらない。床で寝るから、気にしないで」


「今日の聡子さん本当に手が掛かりますね。誘ったの聡子さんの方でしょう?」





雪菜と別れて、まだ1年は経っていない。それでも肌を合わせるのは久々に感じられた。


雪菜のベッドで求め合って、疲れ果てて重なったまま眠りにつく。


「体だけならつき合ってくれるの?」


目覚めてから、隣に寝転がる雪菜に恐る恐る声を掛ける。


「聡子さん、ずるい」


雪菜が何を指しているかわからずに、鸚鵡返しに聞き返す。


「いい年して、なんでそんなに危なっかしいんですか」


「何かあっても、自分が我慢すればいいだけだから」


「痛いのも我慢するのも好きですよね」


ワタシは、そういうことでしか感情を動かせないのかもしれないと思うと涙が溢れた。


「泣かせるようなこと言ってないですよ」


「つくづくワタシは駄目な人間だなって思って」


「そうですね」


雪菜がつき合ってくれたのは、結局ワタシへの憐れみなのだろう。雪菜の方がワタシよりずっと精神的に大人だ。


不意に雪菜の手が腰に巻き付いて、ワタシを引き寄せる。


雪菜の言葉と行動が一致しなくてワタシは戸惑うばかりだった。


「雪菜?」


「あの時、どうして聡子さんは待ってくれないんだろう。私の知ってる聡子さんなら待ってくれるはずなのにって、悲しかったです。でも、聡子さんのことを全然分かってなかったのは私なんですね」


「それは当然だって思ってる。雪菜には無限に可能性があって、ワタシはもう手で掴めるか掴めないかの可能性しかないんだから、一緒なわけなくて当然だよ。

諦めたつもりなのに今日雪菜の顔を見たら、ワタシはまだこんなに雪菜のことが好きなんだって思い知った」


「……聡子さんが突然押しかけてくるような人だったなんで思ってもいませんでした」


「傷つけば本当に諦められる気がしたから」


「……こんな体のくせに、諦めて独りで生きるって言うんですか」


鎖骨から首筋を舌で舐め上げられて、体が疼きを起こす。


「だって、雪菜しか欲しくないから」


「…………そういうのずるいです」


「ワタシをこんな風にしたの雪菜じゃない。雪菜を知らなかったら、こんなワタシにはならなかったのに」


「誘わないでください」


そう言いながらも雪菜はワタシに触れてきて、雪菜に身を委ねた。

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