第22話 call my name
木崎さんの部屋までひびきちゃんを背負って送って行って、奥の部屋の布団に下ろす。
1日走り回って疲れ切ったのだろう、ひびきちゃんは起きる気配はない。
汗をかいた前髪とぷにぷにのほっぺに触れたい気持ちが沸いたものの、起こしても可哀想なのでやめておく。
「じゃあ、帰りますね。今日は楽しかったです」
「今日は一日ひびきにつきあって頂いて有り難うございます。須加さんはこんなことしなくてもいいのに……」
「ひびきちゃんと遊ぶの楽しいですよ」
「でも……」
「気にしないでください。2人になりたいって思いもありますけど、子供を優先させるのが親ですよね? だから、ひびきちゃんも一緒に楽しむ方がお互いストレスにならないんじゃないでしょうか」
「須加さんはワタシに優しすぎますよ」
「惚れた弱みです」
笑って誤魔化したわたしに、木崎さんも溜息交じりの笑いを返してくれる。
「須加さんに告白されてから、須加さんの存在がワタシの中で広がった気がします」
「それは嬉しいです」
「誰にも頼らないで生きるつもりだったのに、須加さんの優しさに甘えてしまいます」
「甘えてもらっていいですよ。わたしは木崎さんにしてあげたいことをしてるだけで、無理をしてるわけでもないですから」
こんなに美人でしっかりした人が、わたしを必要だと言ってくれることが不思議だった。
でも、木崎さんもわたしのことを見てくれている嬉しさはある。
これはちょっとくらい欲張ってもいいんだろうか。
「キス、していいですか?」
「……えと……いいですよ」
少し考えた後に、はにかんだ笑顔が眩しくて直視できなくなる。
「木崎さんって無防備すぎです」
「須加さんだからですよ」
どうしてそんなことを言うんだろうと、我慢しきれずに目の前の人を抱き寄せる。顔を寄せると目が閉じられて、それを同意と見なして唇を重ねた。
木崎さんの唇は温かくて、自分の唇を載せるだけのキスだったけど、嬉しさが溢れて胸が満たされて行く。
一度離してから、もう1回していいかと強請りを出した。
照れながらも木崎さんが肯いたことを確認してから、再び唇を重ねる。
大好きすぎてもう離したくなかった。
「ごめんなさい。いつもひびきが優先で」
「分かっていて告白したので、気にしないでください。今日みたいに触れたくて我慢できない時はありますけど、木崎さんが無理しない範囲で応じてくれるでいいですよ」
「離婚をして、もう誰とも触れ合わなくていい、って思っていたんですけど、須加さんのキスは気持ち良かったです」
「そんな、またしたくなるようなこと言わないでください」
不意をつくように木崎さんが顔を近づけてきて、キスが重なる。嬉しくて、それに応えて、ちょっと調子に乗って舌まで絡ませた。
「もうっ、須加さん」
「柚羽って、そろそろ呼んで欲しいです」
「柚羽さん」
「わたしの方が年下なので呼び捨てでいいんじゃないでしょうか」
「2人の時だけでいいなら……でも、それならワタシのことも名前で呼んでください。つきあってるんだから年上とか年下とかないでしょう?」
「急に言われても無理ですよ!?」
「じゃあ、敬語をやめるまでキスしません」
拗ねた様は35歳とは思えないくらいに可愛い。
恋人にはこんな甘え方をしてくれるなんて、想像以上だった。
「ずるい。
初めて、わたしはその名を音にした。
木崎睦生。
初めに手続きの書類で名前を見た時は男性だと思っていた。
子供の為に休むという連絡を聞いて、家庭的な父親なんだなと感じたものの、なんとなく違和感があって、飲み会の場で女性であると知った。
ただの仕事でのつきあいのはずだった人と、近づいて、こんなに大事な存在になるなんて、予想もしていなかった。
でも、ひびきちゃんとの2人の空間に、わたしを混ぜてくれて、関わらせてくれることが嬉しかった。
照れくさそうに頷いたその人に、もう一度顔を寄せて唇を重ねる。
体が溶けてしまいそうなくらい、それは気持ちが良かった。
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