第23話 休日出勤

週末には睦生とひびきちゃんに会うのが、ほぼ毎週になった。最近はひびきちゃんに押し切られて、お泊まりの回数も増えつつある。


まだ睦生とはキスまでしかしてはいないけど、少しずつ近づけている実感はあった。


3人で料理をしたり、3人でお昼寝をしたり、3人でお出かけをしたりする中で、もっと一緒に時間を過ごしたいという欲も出てくる。


そうすれば睦生を今まで以上にサポートできるようになるけど、同時にひびきちゃんの人生に影響する可能性もある。


軽く踏み込んでいい場所じゃないと思うと、距離を計りかねていた。


今はひびきちゃんは無邪気にわたしに甘えてくれているけど、そのうちわたしがどういう存在かに疑問を抱くはずだった。どういう風に見せるかは、これから睦生と相談してになるけど、そもそも睦生はどこまでわたしを踏み込ませてくれるんだろう。


キスは嫌がられないから、女性同士であるということにそこまで抵抗はない気はしていた。とはいえ、キスができてもそれ以上を受け入れられるかと言われれば、そうは限らないだろう。





その日は久々に休日出勤で、新規提案の打ち合わせに夕方まで掛かってしまった。そうなると、当然のようにそのまま飲みに行こうという流れになる。


上の人が多い打ち合わせの後はいつもこのパターンなので、まあ予測はしていた。


馴染みの店に向かって歩きながら、今日は行けそうにないとだけ、睦生にメッセージを打つ。すぐには睦生からの応答はなくて、そのうち気づいてくれるだろうと飲み会に突入した。


飲み会は上司が明日はゴルフのコンペで朝が早いと言ってくれたおかげで、22時過ぎに終わった。今日の参加メンバーはいつまででも飲むような人ばかりなので、終電にならずに済んだのは幸いだろう。


解散して駅に向かって歩きながらスマホを見ると、睦生からメッセージが届いていることに気づく。



終わってから来ませんか?



19時過ぎに届いたもので、そこまで遅くなるとは思っていないだろう。時間も遅いし、飲んでいるし、迷惑を掛けるだけだから今日は遠慮して、明日に行くと返した。


でも、次に届いたメッセージでわたしは睦生の家に向かうことを決めた。



柚羽に会いたい



そんなことを恋人に言われて、自分の家になんか帰れるわけがなかった。





睦生の家に辿りついたのは23時前で、ひびきちゃんはどう考えても寝ている時間だった。


インターフォンを鳴らすと起こすかもしれないし、1階に着いたとメッセージを送ってみる。


しばらくして上着を引っかけた睦生が1階まで迎えに来てくれて、2人でエレベータに乗った。


「お疲れさま。ごめんなさい、無理を言ってしまって」


「睦生に強請られたら断れないよ」


睦生は普段はしっかりしていて隙がないので、甘えられると嬉しくて何でも聞きます状態になってしまう。


「母親のくせに我慢ができないなんて、駄目な大人だなって思ってる」


「わたしにだけは甘えても弱音を言っても文句を言っても何でもいいから、日頃我慢している分を全部ぶつけて」


「それじゃあ柚羽がしんどいだけじゃない」


「わたしは睦生を抱き締めたら、全部忘れるから大丈夫」


お酒くさいかなと思ったものの我慢がきかなくて、玄関に入るなり睦生を抱き締めた。


「わたしも自分を抑え込む生き方をしていたこともあるから、睦生のことは少しは分かるつもり。わたしはあまり頼りにならないけど、文句をぶつける壁くらいにはなるから」


「柚羽はどうして、そんなに優しいの」


「睦生が大好きだからだよ」


顔を寄せて、拒否されなかったので触れるだけのキスをする。


気持ち良くて止まらなさそうになって、強引に身を引いた。


「お酒くさいよね。ごめん」


そういえば睦生に来てと言われたから来たものの、今日はどうするつもりかを決めていないことに気づく。


帰るのか、泊まるのか。


でも、自分で泊まるとは言えなくて、顔を見られたので帰ることを告げる。まだ終電は走っている時間だし、そもそもいつも走っている1駅の距離なので、どうやってでも帰れる。


「…………なんで、そんなこと言うの」


どうしよう、睦生がすごく可愛い。


2人の時の睦生は、感情を隠さずに見せてくれて、わたしに甘えてくれる。


「すみません。泊まります」


睦生が可愛くてそのまま押し倒してしまいそうで、わたしはシャワーを貸してくださいとバスルームに逃げ込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る