第17話 熱と昇華
どうしよう。
木崎さんに触れたくて仕方がない。
近づけば近づくほど思いは募る。
わたしが傍にいるからと抱き締めたい。
「でも、木崎さんはお母さんなんだよね」
今の木崎さんはひびきちゃんが一番で、恋愛をする気なんてないだろう。
否。また同じことになるのではないか、と忌避しているようにも感じられた。
それなのに、わたしは体に熱が籠もって持て余している。
木崎さんが欲しい。
朝まで身を持て余して眠れないまま、冷水で顔を洗って無理矢理頭を覚醒させてからランニングに出た。
気づけば10km以上走っていて、家に戻ると自然と疲れが出て眠りに落ちた。
目を覚ましたのは夕方近い時間で、スマホには2件メッセージが届いていた。
どちらも木崎さんからのもので、一つは昨日のお詫び。もう一つは、今日は公園に来るかという確認だった。
朝から走って、そのまま寝てしまっていたことだけを木崎さんには返す。
踏み込みすぎて止まらなくなっている。
木崎さんにこれ以上プライベートで会うのが怖い。
平日、会社で木崎さんの姿は見かけても、営業と開発では近づかなければ会話をすることもない。
座席も離れているし、わたしも半分くらいは外回りをしているので、まだ平静を保てていた。
仕事終わりに、飲みに行きましょうと西下さんに強引に引っ張って行かれて、連れて行かれたのは以前行ったビアンバーだった。
開店直後らしくて、店内にはまだお客さんはほとんどいない。
前と同じでいいかとバーテンダーの女性に聞かれて、まさか覚えているんだろうか、と思ったものの頷いておく。
「西下さん、どうして今日はここに?」
西下さんは今、矢柳さんと縒りを戻す戻さないの狭間にいるけれど、だからって他の存在に手を出そうとするタイプじゃない。
「ここなら、その報われない想いを昇華できますよ?」
「…………すみません」
言われてみて、わたしの為を思っての誘いであることに気づく。
西下さんは言葉は少しきつめだけれど、いつも周りを気にしてくれる人だった。
「まあ、須加さんがそんなことできる性格じゃないってわかってますけど、毎日見てるこっちが焦れったいので。仕事中に何回木崎さん見てるか言いましょうか?」
「そんなに見てます?」
はあっと溜息を吐かれて、無意識すぎて気づいていなかったことを恥じる。
「気をつけます」
「告白はやっぱりできなさそうなんですね」
「今のままで、支えてあげたいです」
「須加さん、そのうち木崎さんストーカーになっていそう」
「ストーカーって、そんなことしませんよ」
言ってはみたけれど自信はない。自分が姿を見せなくても何かをしたいと思ってしまう性格であることは分かっていた。
「一人で生きるのがいいって人もいますけど、木崎さんはそんなタイプには見えませんよ」
観察力のある西下さんでもそう見えるのは、嬉しくもあり悲しくもある。
「…………男性ってずるいですよね。男性ってだけで、女性を求められるんですから」
その言葉に西下さんに吹き出されて、視線を西下さんから逸らす。
「そんなこと、ここに来る誰もが多かれ少なかれ考えたことありますよ。でも、それで諦められるんですか?」
「なんでそんな意地悪なこと言うんですか」
「見ていられないので」
「すみません……」
「須加さんはいつも人のことに精一杯動き回ってるじゃないですか。それはすごいことだなって思うんですけど、肝心の須加さんの幸せをまず優先させるべきですよ」
「分かってはいるんですけど、難しいですね、幸せって」
「私は多分あまり苦しんでいない方だと思っています。考えるよりも先に、即物的に動く方なので。でも、最近強いと思っていた人が、そうじゃなかったりしたことがあったので、なんか気になっちゃうんですよね」
「矢柳さんのことですか?」
「この人には私なんか相応しくないって思っていたんですよね。でも、私じゃないと駄目だって何度も言われて……あれ? 私の話じゃないですよ?」
「完全に惚気でした」
「違います。もうちょっと欲深くなったらどうですかって話です」
「そうですね」
心配をしてくれるのは嬉しかった。
でも、わたしの中ではまだ木崎さんとの距離を縮めることも、遠ざかることも選択できてはいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます