第2話 見えない訪問者(前編)

俺の家に、ピンポンダッシュをしてくる奴がいる。

ピンポンダッシュとは、用もないのに玄関のチャイムを鳴らして逃げるイタズラのこと。


チャイムが鳴り、モニターを見てみると、なぜか誰も映っていない。

カメラに死角があるのだろうか。

こういうことが最近続いている。

はじめは恵美がやっているんだろうかとも思ったが、恵美がいない時間にもチャイムが鳴らされている。


ある日、ピンポンダッシュを玄関で待ち伏せしてみたことがある。

鳴らされそうな時間帯に玄関で待機しておき、鳴った瞬間に玄関を開ける。

そうすれば、相手は絶対に逃げられないはずだ。

俺は待ち構えていた……



ピンポ~~ン!



今だ!

俺はすかさずドアを開けた。


が、誰もいない……


これにはさすがに背筋が凍った。

幽霊でも来ているのか?

業者にチャイムを調べてもらったこともあるが、故障ではなかった。


恵美にこの話をしてみると、探偵の血が騒ぐのか、興味津々のようだ。


「ちょっと、チャイムを調べさせて」


二人で現場検証をしてみた。


「強い風でも吹いたんじゃない?」


我が家のチャイムは、軽く触れるだけで鳴るようになっている。

ボタンをバタバタ扇いでみた。

しかし、さすがに風で鳴るということはなかった。


「何かがぶつかったとか……」


当たった形跡がないか、表面や周辺の地面を調べた。

けれども、手がかりは見つけられなかった。

恵美は言った。


「涼介、明日学校からチョークの粉をもらってきて。

 犯人を見つけ出すの」


翌日、俺は恵美に言われるままに、学校の黒板消しクリーナーからチョークの粉を取り出し、袋に入れて持ち帰った。


「どうすんだよ、こんなもん」


「まあ、見ていて」


恵美は玄関の前に粉をまき始めた。

チョークの粉はコンクリートの色にまぎれ、粉がまかれていることはぱっと見、分からない感じになった。


そうか! 犯人の足型を取るのか!

まるで鑑識だ……

そして、靴の裏に粉が付着するかもしれない。

そうなれば、証拠にもなる。


「何かあったら電話で知らせて」


そう言うと、恵美は向かいの家に帰っていった。

俺も家に入り、犯人が現れるのを待つことにした。



辺りは暗くなった。



ピンポ~~ン!



鳴った!

モニターを見てみるが誰も映っていない。

俺は急いで玄関に行き、ドアを開けた。



誰もいない。



さっそく、玄関先にまいた粉の様子を見てみた。

犯人の足跡が取れているはず……


あれ?

足跡が……ない……


俺はすぐに恵美に連絡した。


恵美は制服から普段着に着替えていた。

名探偵よろしく、恵美は虫メガネを持参して現場検証を始めた。


暗くなってはいるが、玄関は常夜灯で照らされている。

よく見てみたが、粉を誰かが踏んだような跡は見られなかった。


次に、チャイムのボタンを調べた。

何かをぶつけて鳴らした跡もない。

恵美は壁やチャイムのボタンを、虫メガネでまじまじと観察していた。


「ん? 涼介、ちょっと来て! 犯人が分かったかも!」


チャイムのボタンに、なんと白い粉がついている!

それは指紋などではない。

粉の跡はヤツデの葉っぱのような形になっていて、とても小さい。

さすがにこんなに小さいヤツデの葉っぱなんてない。

近くの雑草を調べてみたが、もちろん、そんな葉っぱはなかった。


それから恵美は、家を壁伝いに歩いて足元を調べていった。

犯人は現場からなるべく早く消えたいと思うもの。

奥の方を探しても意味がないだろう。

それとも、そこに犯人が潜んでいる?

しかし、人が隠れるような場所もなく、塀もあるので逃げることは難しい。


恵美は壁のそばの草むらも見て回っていた。


調べていた恵美の顔が一瞬、青ざめた。

恵美は静かにスマホを取り出すと写真を撮り、小走りに俺のところに戻ってきた。


「すべて分かった。この件は安心していいよ」


「どういうこと?」


「涼介、まだ宿題やってないでしょ?」


俺は帰宅してからずっとチャイムのことが気になっていたので、まだ宿題をしていなかった。


「宿題が終わったらメールちょうだい。真犯人を教えてあげるから」


恵美はそう言うと、にっこり笑い、向かいの家へと帰っていった。

俺は宿題を片付けることにした。


いつもは時間がかかる宿題も今日はあっという間。

見えない訪問者の正体を早く知りたいからだ。


宿題を終えた俺は、恵美に聞く前にまずは自分の頭で考えてみることにした。


チャイムのボタンについていた小さなヤツデの葉っぱみたいな跡。

恵美は家の壁沿いに歩き、写真を撮った。

その時、顔が引きつっていたのが気になるが、心配しなくていいと言った。


俺はしばらく考えてみた。

窓の外からコオロギの鳴く声が聞こえる。


結局、俺には何も分からなかった。

恵美に電話をしよう。


「宿題終わったよ。チャイムの犯人、教えてくれ」


「うん、いいよ。チャイムを鳴らしていたのはね……」

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