人界―イクサ国
第53話 光明
「
「はい。許可証だよ」
「……確かに。では通れ」
ようやく。辿り着いた。
砂埃に混じって、血の臭いを乗せた風が止まない。
広い平地。合戦の跡。折れた槍や旗が地面に突き刺さったまま。そこら中に落ちてある兜。鎧。剣。
人界中央を目前にした小国。
イクサ。
「すんなり入れたな。ユク。どうだ?」
『……わたしが見付かることは無いと思うけど、空からは砂塵が舞ってて地上が見辛いかな。ちょっと変な感じ。この国だけ、空気が違う』
「ふむ」
姉さんが死んだ国。
「さて、まだしばらくこの道を進む。この先に交易街があって、そこで補給してから目的地へ向かう。あんたらはどうする?」
キナイさんの説明。民間の武器商人だから、目的地は正規軍の所じゃない筈。となると、私達の目的とも外れる。
「じゃあその交易街? で降りるか。世話になったな」
「こちらこそ。あんた達のお陰で安全にここまで来れた。良い取引だったよ。ツァンナもありがとうな」
「オレは得しかしてねえけどな。キナイから金貰って、マモリに魔剣見て貰って。対して働いてもねえ」
「たまにゃ、そういうこともあるさ」
■■■
それから数時間で、その街に着いて。私達を降ろしてから、キナイさん達の馬車は西の方角に発っていった。
「……で。あんたの目的地もイクサだったのか? ツァンナ」
「元々そういう契約だった。盗賊対策だよ」
なんとツァンナさんもここで降りた。
「傭兵か」
「そうだが……まあ金稼ぎのためだけだ。特に目的は無いんだよ。明日、生きられりゃそれで」
ツァンナさんの事情は、この旅の途中で聞いた。旦那さんを亡くして、傭兵になって。こういう護衛もやってたって。
「暇だし手伝ってやろうか? 復讐」
「良いのか? 実際あんたの人界や魔剣の知識はありがてえ。ツキミを殺した犯人の目星とか付くのか?」
ツァンナさんからの申し出。
よく見ると、彼女の荷物は少ない。最低限だ。食糧は当然無い。
「その代わり。オレはもう魔獣肉が無え」
「あー。なるほど。どうすっかな、それ」
こっちだって、そんなにある訳じゃない。現在、荷物は手分けして持っている。何かあった時にすぐ動けるように、ヴァイトは軽装のままだけど。
「魔人が3人になると……。正直、厳しいです」
マモリさんが、荷物を確認して言う。こっちにはヴァイトとトミちゃん、ふたりも魔人が居る。
「なら、復讐より先に魔界だな。俺の通ってきた魔界の山がある筈だ。そこで魔獣を狩ろう」
「そっか。イクサは魔界と近いんだっけ。あれ、もう人界の奥の奥まで来たのに?」
「地図出しますね」
街のど真ん中から移動して。端っこ、森の手前まで取り敢えずやってきた。そこで、マモリさんが人界地図を取り出して広げる。
「概略として、人界を円形に書くことは多いですが、実際は違います。イクサの南側に、『神山』とされる巨大な山脈があるんです。そこは立入禁止区域。宗教的にも安全面でも、昔から人の立ち入りを禁止しているので、人の手は全く入っていません。つまり、魔界です。そして南側――ここから神山を挟んで反対側がもう魔界なんです。ここから、こう辿ると。シーハ国まで一直線です」
地図には。
ぼっこりと、人界に丸い穴が空いていた。これ全部が『神山』。そのまま南側へ山脈を抜けると魔界。
「入らなきゃ、安全なんです。神山は」
「そうだ。この山。結構イイカンジの魔獣が出るんだよ」
「イイカンジってなんだよ……」
ともかく。
魔獣肉が足りない。今後さらに激しい戦いが予想されるのに、魔人が3人となると。
充分な魔獣肉と、それを保管する馬車も欲しい。
『ねえヴァイトさん』
「ん? ユクか」
こちらにある無線機は常に繋げてる。この会話も、空を飛んでいるユクちゃんに聴こえている。
『わたしは魔界へ行く意味無いし。皆が戻って来るまで空から探しとこうかなって。その、復讐相手』
「ふむ。アリだな。魔界には空を飛ぶ魔獣も居る。広範囲の偵察が無くなるのは痛いが、ユクが危険を冒す必要は無え」
「なら分けましょうか」
「ん」
そこで。
マモリさんから、提案。
「『復讐相手』捜しに、ユクちゃんひとりは危険ですから。地上でのサポートは要ると思います。つまりアタシも残ります」
「ふむ」
「で、アタシの護衛にトミちゃんと、食糧調達にタキちゃんも欲しいです」
「!」
「ん」
呼ばれたトミちゃんとタキちゃんが反応した。
「でも、あたしも魔人だよ?」
「今残ってる魔獣肉は全部トミちゃんに貰います」
「なるほどなるほど。そうすると、俺とツァンナは魔獣を『神山』で狩る。ミツキは食糧の心配は無い、てか」
「はい」
深く頷いて納得したヴァイト。
「えっ。どういうこと?」
「二手に分かれるってこった。お前は俺とツァンナと『神山』だ」
「えっ。……うん。分かった」
整理すると。
魔人達用の魔獣肉が足りないから、これから魔界へ向かう。同時に、復讐相手を探す別働隊と分ける。
マモリさん、トミちゃん、タキちゃん、ユクちゃんはここに残って情報収集。
ヴァイトとツァンナさんと私が、魔界へ。
「よし。マモリ」
「はい。ツァンナさん」
「道中ヴァイトから聞いた情報で考えると、ヴァイトが入隊したのは『第12次国軍志願兵』で、参加したのは『ソセン平野白兵戦』だ。その新政府軍側に居た、亜人差別主義者。そこまでは良いとして……。オレの古い知り合いが新政府軍に居る。神山へ向かう道中に屋敷がある筈だ。そこを拠点にしろ」
「えっ。凄い! 一気に近付いた気がしますよヴァイトさん!」
「ありがてえ。古い知り合い? 魔人候補生時代か」
「ああ。まあ、正確には夫の知り合いだがな。国際軍学校ってのが、中央にある。同盟圏内の色んな国から軍人志望が集まる学校だ。そこでな」
説明の途中から。
ヴァイトの口角が野蛮に吊り上がっていた。
「いいね。マジでありがてえ。犯人さえ分かりゃこっちのもんだ。なぁミツキ!」
「…………うん。ようやく」
ようやく。
姉さんの復讐を果たせそうだ。
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