第52話 無傷の牙
「行くぞ【アンフィスバエナ】! もう遅れは取らねえ!」
勢いよく飛び出した。血は止まっていないが、闘志は漲っている。
「よぉツァンナ。なんかおかしいぜ」
「!?」
ヴァイトと魔獣は。
いくつかの攻防を繰り返した後、距離を取って睨み合っていた。
霧に紛れて姿を晦ませるでもない。魔獣は、何か確認するようにヴァイトの周りを回るようにしている。
「なんだよ。向かって来ねえのか?」
「ぐるる……」
魔獣は唸りながら、うろうろとしている。
「殺意が無え。そんなことあり得るか? 途中からだ。魔獣ってのは、死ぬまで向かってくる頭のイカれた獣の筈だろ」
「…………『知性』か。あり得ない話じゃない。そもそも魔獣については何も分かってないに等しいくらい研究は進んでないんだ」
そうしてしばらく経ってから。
「ウォーーーー……ン!」
「む」
ひとつ遠吠えを挙げて、魔獣は霧の中へ消えていった。
「あ? 逃げた?」
「…………ああ。もう近くには居ない。何故だが分からんが、この縄張りを手放したらしい」
「なんだと? ……ちっ。もう追い付かねえか」
「ふぅ……」
ガクリ。
緊張の糸が切れる。ツァンナはその場に膝を付いてしゃがみ込んだ。
「おい怪我、大丈夫か」
「……ふん。情けない。お前は無傷だというのに」
「そりゃ、経験の差だろ。人や動物と戦うこととは違え。まあ、知性のある魔獣とは俺も初めてだったが」
ヴァイトは魔剣を背中の鞘に収める。もう、この道を阻む敵は居なくなった。取り敢えずは。
「呪いが来る前にキャラバンへ戻るぞ。立てるか?」
「……舐めるな。オレだって『魔人』だ。良いか。オレはまだ異能を使っちゃいなかった。オレの実力はあんなもんじゃない。オレを測った気になるなよ」
「そんだけ吠えれりゃ大丈夫だな」
■■■
■■■
「魔獣が逃げた……?」
「ああ。この霧だ。臭いも足跡も追えねえ。だが、道は安全にはなったな。行こうぜ。キナイ」
ヴァイトが帰ってきた。
いくつかキナイさんと会話して、それから馬車はまた動き出した。
「ツァンナ、お前魔獣肉は」
「多少はある。そっちは?」
「なら良い。こっちもまだある。あの野郎を食えたら良かったんだがな」
ユクちゃんはまた飛び上がって。トミちゃんはヴァイトとツァンナさんの回復の間、代わりに外で周囲警戒。
テントには、タキちゃんとマモリさん。
と私と、ヴァイト。
「ふぅ」
「お疲れ様です。魔獣肉、用意してますよ。ねっ。ミツキちゃん」
「……う、うん……」
マモリさんと、ヴァイトが帰ってきた時の為に魔獣肉を用意してた。気まずいのは、私だけ。
「悪いな」
「勝てなかったんですか?」
「ああ。ツァンナは多少斬られたが、致命傷じゃねえ。俺と奴は無傷だ。本格的に殺し合いになる前に奴が逃げてった。明らかに強え。なあミツキ」
「…………じゃあヴァイトの剣を防いだんだ」
「そうだ。これまでお前に見せてきた魔獣狩りは全部一撃だったもんな。……妙な魔獣だ」
「………………」
紫色の赤身をした肉を、ひと口サイズに切って焼いただけだけど。ヴァイトはガツガツと食べ始めた。
マモリさんが、近い。
ずっとヴァイトの隣に位置取って。
「見たことねえ魔獣だったが、アレにも名前はあるんだろうな。魔界の奥地には、あのレベルがゴロゴロしてる訳だ」
「……楽しそうな顔。ヴァイトって『困難』とか好きそうだよね」
「だなあ。敵は強えほど良い。なんでだろな。俺はバカだから言葉じゃ上手く説明できねえや」
「………………ばーか」
逆隣に座る。魔獣の肉の、独特の臭いが強い。
ヴァイトの『世界』の臭い。
■■■
それから。ヴァイトは食事を終えてすぐに眠ってしまった。
呪いの進行が早い……んだと思う。人間界に長く居すぎてるんだ。多分今も、満腹じゃない。魔界で出会った時はもっと食べてた。
その日の夜。またいつものキャンプ。皆、なんだかんだと出て行って。テントに残されたのは眠りこけるヴァイトと、私。
「何悩んでんだ」
「!」
びっくりした。目、覚めてたの。
……って。
「何が?」
「…………顔。ここしばらく暗え」
何その言い方。
「ヴァイトには関係無い」
「いやあるだろ」
「無い!」
「…………」
見てくる。じっと。真っ直ぐ。
「………………」
沈黙。
「…………」
不自然な沈黙。
居心地が悪い。
けど。
ここから出てヴァイトから離れても。テントの外にはもっと、私の居場所は無い。
「…………皆凄い」
「ん?」
その強い視線に。
観念するしかなかった。
「トミちゃんも。ユクちゃんも。タキちゃんも。……マモリさんも。ヴァイトも。皆役割があって、役に立ってる」
「…………ああ」
「私……」
見る。
見てくれてた。ずっと。
「私が居なくても、滞りなく旅はできる。私に役割は無い。私は……」
ただ、流されてここまで来た。
姉の復讐。だけど、私は戦わない。手を汚さない。
皆はそれでも、自分の得意分野や知識で役割を持って、旅に貢献してる。
私だけ。
いつもだ。男爵の屋敷に居た時から。
私だけ、何もしていない。
無傷のまま。
牙人族の特性は、何も他人の利益にならない。
「……………」
視線が。
「なに。さっきから」
「……お前、ツキミの牙、持ってるよな」
「は? ……ヴァイトが持ってた奴でしょ。あと、男爵から渡された奴。あるよ。姉さんの形見」
言われて、取り出す。ずっと大事に持ってる。姉さんの牙。2本。
「……それが、なに?」
「…………あの魔獣。【ベルゼビュート】じゃ斬れなかったんだ」
「へ?」
ヴァイトが何を考えているのか、分からなかった。ずっと、私の顔を見てた。
「俺も奴も、無傷だ」
口元を。
「………………?」
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