第51話 剣山の魔獣

「アテはあるのか?」

「あん?」


 霧の中を進むふたり。

 ツァンナがヴァイトに訊ねた。


「イクサに着いてから。お前のをやった奴なんざ、見付けられるのか?」

「…………ま、なんとかするしかねえだろ。まず現場見て、戦争の履歴漁って。あの場に居た筈の奴らを虱潰しに――」

「ご苦労なことだな。何年掛かるか」

「ハッ。臨む所だ」

「んで、ようやく見付けて既に死んでたら?」

「そりゃそれで終わりだ。生きてたら殺す。死んでたら終わり」

「それで気は晴れるのか?」

「さあな。今までの復讐はまあまあ爽快だったぜ」

「……変人だな」

「そうか?」


 進むにつれ、霧が濃くなっていく。盗賊であったであろう死体の数も増えていく。着込んでいたであろう甲冑ごと、構わずに引き裂かれている。


「……食ってねえな。殺す為に殺してんのか」

「魔獣の生態は種類によって様々だし、個体によっても違ったりする。ここら一帯を縄張りだと主張してるんだろうな。この死体は『警告』だ」

「なんだ詳しいなお前」

「…………察しろよ。オレも魔人だっつうことは、元は中央に居たんだ」

「へえ。んじゃ魔剣はちょろまかしたのか」

「そうだ。オレはある国の魔人候補生だった。この双剣は、元々別の正規魔人が使ってたものだ」

「殺して奪ったのか?」

「違う。国に殺されたから、オレはこいつを引き継いで国を出たんだ」

「ほう?」


 復讐。

 思えば初めから、ツァンナはそれについて反応していた。そして、ヴァイトの動機がの復讐だと知った。

 ツァンナも話したくなったのだ。


「……夫だよ」

「なるほど。何故殺された?」

「…………魔剣の実用テストを兼ねて、政敵の暗殺をさせてたのさ。それに反発して、処分された」

「ふむ。政敵、か。俺は政治も分からねえな」

「まあ、そんなどうでも良い国の党派がどうのとかはどうでも良い。ただ、『魔人』てのはどの国も公表してねえ。だから、夫が生きてた記録も死んだ記録も残らねえ。オレは朝起きたら夫が居ねえ。どこの誰に当たっても誰も知らねえで通す。……他国との戦争の為に。自国の繁栄の為に魔人になった筈なんだ。それが……。国に捨てられたんだ。やるせねえさ」

「それで、復讐は?」

「…………」


 ツァンナも、ヴァイトと同じだった。大切な人を殺されたのだ。


「…………やらねえよ。まあ、逃げ出す時に何人かは殺したが。『国』だぞ。魔人ひとりふたりなんざ軽く捻り潰せる。魔獣が軍隊でも手に負えねえってのは昔話。人界の端の国の話だ。そんなカス国と関わるより、オレはもう好きに生きる」

「なるほど。そういう考えもあるか」

「改める気はねえのか? お前、新しい女もガキも連れて。どっかで新しい生活なんざいつでもできるじゃねえか」

「お節介だな。ツァンナさんよ」

「…………性格だ」


 ツァンナはヴァイトの心配をしていた。これまでの旅の話をトミ達から聞く限り。非常に危険な旅であったことは知っている。

 不必要に危険なのだ。


「それとよ。あのミツキってむすめのフォロー、ちゃんとしてるか?」

「あん? ミツキ?」

ぞあの娘。見て見ぬ振り、してやるなよ」

「………………ハッ」


 ジャリ。

 足音が変わった。土ではなく、石畳に。

 古城の敷地内に到着したのだ。

 ヴァイトはツァンナの忠告を鼻で笑って流して、魔剣を抜いた。


「ここまで来りゃ俺でも臭う。もう奴のテリトリーだな。雑談は終わりだぜ。ツァンナ」

「……ああ」


 ツァンナも、答えないヴァイトに不満そうな視線を投げてから、双剣を抜いた。


「!」


 刃と刃が打ち合う金属音が響いた。

 ツァンナが、それを防いだのだ。何者かからの攻撃を。


「お出ましだ」


 双剣で、それを弾く。黒い影。大型の四足獣のようだった。初撃でツァンナを殺せなかったと分かり、距離を取った。


「オオカミ? いや、獅子か?」

「……さあな。中央でも見たことない種類だ」


 全身に、大きな角……棘が生えている。先程の金属音はこれと打ち合ったのだ。つまり、金属質の棘。……剣に似ている。

 それが、全身から生えている。


「ハリネズミのバケモンか」

「顔はイヌ科だがな。あの剣みたいな毛? 棘? で、盗賊どもをバラしてた訳だ」


 吠えて威嚇をした後、今度はヴァイトに向かって突っ込んでくる。剣のような棘を逆立たせて、弾丸のような速度で。


「うおっ。なろっ」


 ガキンガキンと剣戟の音が鳴る。ヴァイトは自由自在に動く無数の剣を、巨大な魔剣ひとつで捌いていく。


「こりゃ普通の人間にゃ無理だ! 行くぜ【ベルゼビュート】ォオ!!」

「!」


 異能発動。

 その膂力で魔獣をぶん投げるように弾いた。態勢を崩した魔獣は、背中から古城の壁に激突しながら、なんとか身体を翻して霧に紛れた。


「ウォーーーー……ン」


 そして、どこからともなく、そんな遠吠えを聴いた。


「んあ? なんだこの吠え声」

「…………仲間は居ない筈だ。他に臭いはしない」


 背中を合わせ、周囲を警戒するふたり。


「……因みにオレは野生の生きた魔獣と戦うのは初めてだ。魔人ヴァイト。あの魔獣を見て、どうだ?」


 ツァンナが双剣を構えながら訊ねる。


「んー……。強えな。俺が相手してたのはもっと弱い。一撃で殺せるような中型魔獣だった。奥地にゃ大型も居たが、どれもノロマだった。1匹にここまで時間掛かるのは中々無え。魔界でも食物連鎖の相当上位の魔獣だな」

「そうか。……何故、こんな人界の奥地に」

「知らねえが、ここで殺さねえと俺らはここを抜けれねえし、このままだと呪いが来る。来るぞツァンナ!」

「やってやる! 双魔剣【アンフィスバエナ】!」


 ドカン。

 この魔獣の必殺技は、剣の棘を逆立たせて殺傷力を上げた、全霊の体当たりだ。四足獣、そして魔獣だという破格の筋力を遺憾なく発揮し、ぶち当たった全ての生き物をバラバラにする。


「ぐぅっ!」


 ツァンナは、その双剣で突撃を防ぐも、身体の数ヶ所は斬り裂かれ、勢いは殺しきれずに城の中に突っ込んだ。ガラガラと煉瓦が崩れる。


「屋内に入りゃ、ちょこまか逃げられねえよなァ!」


 その隙。ヴァイトは見逃さない。異能で強化された握力で、その魔剣【ベルゼビュート】を握り締める。


「オラァ!!」

「!」


 ドカン。

 【ベルゼビュート】はその軌道から倒れるツァンナをギリギリ躱し、魔獣の横腹へ滑り込んだ。魔獣の剣の鎧によって【ベルゼビュート】の刃は魔獣には届かないが、その圧倒的膂力によって魔獣は吹き飛び、また壁に叩き付ける。老朽化で脆くなっていた壁は破壊され、再度戦場は霧の煙る外へ。ヴァイトは追っていく。


「馬鹿野郎オレを斬る気か!」

「セーフだったろ!」


 ツァンナはまだ衝撃から立ち上がれない。崩れかけた屋内から、激しい剣戟の音を聴く。


「くそっ。オレは足手まといじゃねえ!」


 なんとか立ち上がり、双剣を握り直して穴の空いた壁から外へ飛び出した。

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