第48話 交渉

 まずは。


「こんにちは!」

「!?」


 わざと見付かる。っていうか話し掛ける。

 キャラバンの偵察兵の人は、ふたり。それぞれ別方向に分かれてキャラバンの行先の安全を確認していた。それを、ユクちゃんが見付けて。私が大声を出して気付いて貰った。


「…………驚いた。この辺りで国境警備兵以外の人に出会うとは。しかも……牙人族か」

「尾人族と翼人族と角人族も居ます。私はミツキ。……あなた達のことは、翼人族のユクが空から見付けました」

「…………ふむ」


 男の人。殺人族。草木に溶け込む迷彩柄の服に、緑と黒のフェイスペイント。30代くらい、かな。背は低め。けど、腕は太い。ムキムキだ。足も速い。偵察兵向き。当たり前か。


「そっちの人間ふたりは怪我人か」

「はい」

「…………訳ありだな。わざわざ空から一方的に殲滅できる『先に見つけた』権利を放棄して、俺に話し掛けた。要求は?」

「助けてください。私達はここから動けません。せめて、彼が目覚めるまで。馬車に乗せてください」

「……要求は理解した。あんたらは、その男は、何なんだ? 明らかに、変だ。バラバラの種族の亜人の娘達に、ひとりだけ大柄の人間の男」


 冷静な対応だった。紳士的だった。これまで出会った殺人族とは少し違う。シンさんぽい。これが、人界中央の殺人族の特徴……?


「…………えっと。ある目的の為に旅をしている――」

「彼のハーレムです」

「ちょっ! マモリさん?」

「一番分かりやすくて簡潔でしょう?」

「ぅ……まあ」


 そんな、私達のやり取りを見て。顎を撫でる偵察兵の人。


「分かった。本隊に伝える。しばらく待っていてくれ」

「お願いします」


 交渉は。

 できた。話せば。

 伝わった。


「……ふぅ」


 彼が去って。腰が抜けた。


「ミツキちゃん」


 心臓が痛い。バクバクしてる。タキちゃんが、受け止めてくれた。


『どうなったの?』


 ユクちゃんからの通信。


「取り敢えずは、こっちの要求を伝えたわ。返答待ち」

『了解。一旦降りてきて良い?』

「ええ。お疲れ様」


 マモリさんが通信を終えて、私の頭を撫でてくれた。


「マモリさん?」

「ミツキちゃんもお疲れ様。雰囲気的に、決裂しても敵対はしなさそうよ。後は、『亜人が多い』ってことが、どれだけマイナスになるか。国を跨いでキャラバンしてるくらいだから、都市の住民ほど差別意識は無いだろうけど」

「…………」


 差別意識。

 私とトミちゃん、ユクちゃん、タキちゃんの、いわゆる『奴隷組』は。

 町中で陰口を言われるくらいしか、直接的な差別的扱いを知らない。奴隷だったこと自体が差別的なんだけど。屋敷に戻れば、私達を虐げるのは男爵だけだった。


 『不特定多数からの嫌悪』は、マモリさんの方が経験がある。

 何か、この交渉で考えがあるような表情だった。


「来るよ。こっち」

「うん」


 しばらく、待っていると。

 少し休憩してまた飛び立ったユクちゃんが、教えてくれた。

 彼らキャラバンが、本隊ごとこっちへ向かっている。馬は整備された街道しか走れないから、それに沿って。


「タキちゃん、お願いできる?」

「うん。大丈夫」


 ヴァイトとトミちゃんをタキちゃんに任せて。

 私とマモリさんで、街道へ降りた。






■■■






「こちらはただの民間商隊だ。俺がリーダーのキナイ。まずは、お前達と敵対する意思は無い」


 3台の内、先頭の馬車から男の人が降りてきていた。

 当然、殺人族。


 キナイさん。黒いドレッドヘアーで、肌の黒い男の人。大きな唇が特徴的。身長は高い。

 その隣に、魔人の女の人。


「彼女はツァンナ。用心棒さ」


 ツァンナさん。

 濃い灰色の髪はあんまり整えられてなくて、狼のたてがみみたい。背も高くて、ヴァイトと同じくらいある。そして筋肉。

 軽装で、上半身は……水着? ビキニだ。ほぼ裸。日に焼けた肌。ムキムキに割れた腹筋。下は、ツガさんが穿いてたような作業着のズボン。

 その腰の左右に、剣鞘。大きい。スコップのような五角形の剣。地面に着くくらい長くて、幅も大きい。変わった形。あれが、魔剣。


「初めまして。私はミツキ。こっちはマモリ。今、仲間達が弱っていて。私達が代表で来ました」

「……牙人族と角人族か。娼館から逃げてきたか? ハーレムっつったな。その男と駆け落ちか」

「!」


 迫力のある低い女声。青い瞳からの視線も鋭い。


「大体その通りです」


 マモリさんが答える。


「嘘だな。魔獣の臭いがする。魔人か魔剣、あるいはどちらも。魔人相手に誤魔化せねえよ」

「っ!」


 ツァンナさんが鼻をちょんちょんと触った。私達は固まってしまった。


「…………構えるな。敵対の意思はねえって言ったろ。だが全て話せ。『助けて欲しい』んだろ?」

「………………」


 マモリさんと目を見合わせて。

 頷いた。もとより、そのつもりだった。相手側にも魔人が居るなら、話が早い、と。






■■■






「中央に追われる『魔人』ヴァイト一味か。聞いてるぜ。伯爵の殺害と城塞都市の崩壊。ありゃ有名だ。なるほどな。あの飛行船はそれか」

「既に飛行船がっ!?」

「ああ。2時間ほど前にここから5キロ西の空で見た。確かにそろそろここまで来てもおかしくない。どうするキナイ? 抱えるにゃ、ちと重てえが」

「…………うーん」


 全て話して。

 決定権は、キナイさんにある。駄目なら駄目で、すぐに動かなきゃいけない。もうポリティ国の軍隊がそこまで来てる。


「いくつか条件がある。訳アリならこっちも同じだしな。条件次第で乗せよう。ツァンナ」

「わーった」

「……その、条件とは?」


 良かった。交渉の余地はあった。私達に何かできるだろうか。この人達にとっての利益を、提供できるだろうか。

 その条件とは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る