第47話 ミツキの判断

「こっちは駄目ね。落下の衝撃で制御系統がオシャカ。一応、使えそうな部品だけ貰おっかな」


 私達は国境を越えてすぐに身を隠した。森の中だ。街道の外れ。ここなら見つからない筈。


 マモリさんが、敵から回収した機剣を弄っている。


 そのひとつ、レクトの持っていた姿と気配を消す機剣タクトを、ユクちゃんに渡した。


「……ユク。お前が無理する必要はねえぞ」


 脚で受け取って、ユクちゃんはそれを握り締める。ヴァイトがそう言ったけど、決意は硬そうだ。


「……『上空からの偵察』は、わたしにしかできない。わたしがやるのが一番成果が出る。やる」


 偵察。斥候。

 一行の周囲を警戒して、危険を事前に避ける役目。上空から監視して貰えれば、普通の偵察兵より圧倒的な成果を得られる。


「大丈夫。飛ぶって、そんなに疲れるようなものじゃないし。それに、ヴァイトさんに恩を売れるなら」

「……まだそんなこと言ってんのか」

「わたしは諦めてないよ。国へ帰る為に、考え付く全部をやる。じゃあ、何か見えたら降りてくるから」

「あっ。待ってユクちゃん。これ」

「?」


 マモリさんが何か作業をしていた小さな拳大の機械を、ベルトに着けてユクちゃんに襷掛けした。


「通信機。ここのボタンを押すと繋がるから。地上にももうひとつ同じのがあってね」

「…………分かった」


 そして飛び立った。風はほぼ無いけど、あっという間にもう見えなくなった。


「通信機?」

「ええ。機剣には標準搭載されてるの。本国と離れていても会話ができる。それに、発信機。本国から、機剣の位置を特定できる。……そっちはもうオフラインにしたけど」

「よく分かんないや」

「まあ、便利な機械ってこと。試してみましょ」


 マモリさんはもうひとつ、ユクちゃんに取り付けた機械を持って、そのボタンを押した。


「こちら地上のマモリ。ユクちゃん聴こえる?」


 機械に向かって話し掛ける。すると。


『……聴こえた。これで良い? 凄い。こんなの、反則じゃん』


 その機械から。ちょっとくぐもったユクちゃんの声が聴こえた。


「通信成功ね。何かあれば連絡して頂戴。使いすぎるとエネルギー……。機械もお腹空いて使えなくなるから、必要な時だけ」

『了解。取り敢えず周囲5キロは異常無し。南西の方向8キロ先、川をひとつ越えた先に村が見える。ちょっと崖になってて、歩きにくいかも。もうちょっと他の方向とか色々見てみる』


 私達は見合わせた。驚いた。こんなの。

 確かに反則だ。

 私達全員が、空を飛んで偵察しているに等しい情報量と共有速度。


「後は、このふたりね」

「…………」


 ヴァイトは。

 魔獣肉を食べて呪いを克復したけど。今日の戦いで、凄く消耗してた。呪いは、重くなっている。

 ユクちゃんを見送って、すぐに眠ってしまった。


 それに。


「……うぅ……」

「トミちゃん」


 トミちゃんが、目を覚まさない。

 この場所へ着くまでは、気を張って私達を守っていてくれたけど。着いた途端。安全だと分かった途端に倒れた。

 今は私が、小さな頭を膝に抱えている。苦しそうだ。


「せめて意識が回復しないと、魔獣肉も食べられないね」

「……動けない。ポリティ国の飛行船が来るって言うのに。クォ国はポリティ国の属国だから国境は機能しない。いつまでもこんなところで隠れていられないわね。どうする?」

「…………」


 マモリさんは私を見た。この旅は、ヴァイトと私の復讐の旅だから。彼が眠っている今、一行の判断は私に振られる。


「周囲1キロ異常なし。二角獣バイコーンの群れがあっただけ。気休めかもだけど、傷に効きそうな薬草、ちょっとだけ摘んできたよ」

「タキちゃん。ありがとう」


 タキちゃんが戻ってきた。彼女は地上の偵察だ。森の中だと、上空からだけでは全てを見きれない。軽く素早く、周囲を偵察できるスキルを持つタキちゃんは凄い。


「……どうしよう」


 そんな判断。

 私なんかにできる訳ない。


『聴こえてる? 3キロ南で商隊キャラバン発見。街道を通って南西の村に向かってるみたい。多分ここの近く通り過ぎるけど』

「!」


 ユクちゃんから連絡。やっぱり凄い。この情報力。


 マモリさんだけでなく。タキちゃんも、私を見た。


「……戦争中の国境近くに、キャラバン」

「南かぁ。ずーっと真南へ、500キロくらい行けば魔界だけど。このまま隠れてるのも勿論手。だけど、キャラバンの偵察兵に見付かる可能性は高いかな」

「ユクちゃん、キャラバンの規模は?」

『馬車3台。周囲に護衛兵が4人。これが小さいか大きいかは、分からないけど』

「3台にしちゃ、警備が手薄、かな」

「…………魔剣は?」

「!」


 ここはクォ国。

 人界中央に近い国。

 魔剣があっても、不思議じゃない。


『……ある。多分。普通の剣じゃない。ひとりだけ。なんとなく、ヴァイトさんと雰囲気が似てる。……女性だけど』

「女性の魔人……」


 ユクちゃんの報告を聞いて。

 情報は出揃った。


「助けてもらおう。私は、そう思う……んだけど、どうかな」


 言った。

 決めた。

 眠るヴァイトの代わりに。


「理由は?」


 タキちゃんからの質問。全員の命が懸かってる決断。


「ポリティ国の追手が迫ってるのに、こっちの魔人はふたりとも動けない。私達でヴァイトを短期間に長距離を移動させるのは現実的じゃない。この世界の自然の敵は、ポリティ国だけじゃなくて、天候や、肉食動物や、細菌もだから。馬車の利点を使えるなら重畳。警備が手薄なら、私達が偵察を買って出れるし、ヴァイトが起きれば護衛もできる。なにせこのクォ国は通過点。ここで足を止めてはいられない」

「……リスクは」

「勿論分かってる。けど、このままここでヴァイトとトミちゃんの快復を待ってたら、いつか必ず追手に見付かる。キャラバンにも見付かる。……『敵』確定のポリティ国と、敵対するか現時点では未確定のキャラバン……そういう2択」


 手配書が出回っていたりとか。キャラバンが国営だったりとか。色んな『最悪』はある。けど。

 賭けるしかない。


「……相手は人。話せば、分かるでしょ」

「…………分かった。ミツキちゃんを信じる」

「ありがと」


 ふたりとも、頷いてくれた。

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