第46話 ヴァイトvs.レクト

 彼らは、トミちゃんの口は塞がなかった。人間だからだ。

 おかしい。全員の口を塞ぐべきだった。そんな隙を曝させる遠因に、私が牙人族だということが関係しているなら。

 役に立ったと思う。


「ぅああああああっ!!」

「!」


 叫んだ。トミちゃんが。

 すると、トミちゃんの魔剣が反応する。動き出す。

 咆哮に共鳴する。【マカイロド】の素材の特性だ。ヴァイトだって、普段から意味もなく叫んでいた訳じゃない。


 力が入る。短剣がひとりでに抜かれて、閃いた。


「うおっ! ぐぅっ!」

「なにをしてる!」


 トミちゃんの拘束が外れた。短剣は敵のひとりの腕に深く突き刺さった。同時にロープが切れる。トミちゃんは刺さった剣の柄に素早く飛び付いて、敵の腕を切り落とした。


「がぁあっ!」

「タキちゃんっ!」


 続いて、タキちゃんを拘束してる敵に突っ込む。この人は魔剣も機剣も持ってない。ただの剣を抜くけれど、それで対抗できる訳が無い。


 驚いたのか、私の拘束も緩む。


「よそ見してんなァ! 隊長さんよォ!」

「!!」


 ヴァイトも吠える。着けられたばかりの手錠で部下の人をひとり殴り殺してから、機人レクトに突っ込んだ。

 魔剣なしで。


「くそっ! もう良い! 俺が全員殺せば終わりだ! 行くぞ『機剣』【隠形剣オンギョウケン】!」

「遅え!」

「!」


 レクトが機剣を抜く。細い剣だ。タクトのような。四角張った文字のようなものが刻まれている、不思議な文様の剣。


 ガン。ヴァイトの手錠が何かを殴る音がした。けれど、レクトの姿は既にそこになかった。


「ぷはっ」

「ミツキちゃん!」


 トミちゃんとタキちゃんが、最後の部下の人を殺したらしい。私の猿轡が解かれた。

 残るはレクトひとり。


「…………はぁ。無能ばかりのチームに入ったものだ。まあ、子供のひとりが魔人になっていたのは誤算だったな。そりゃこうなる」


 レクトの声。見えない。周囲に居ない。きっとあの機剣の能力は、姿を消したり、気配を消したりするんだ。


「魔人ヴァイト。魔剣なしで機人である俺に殴り掛かるとはな」

「あん? 中々良い手錠じゃねえか。人殺しに使える」

「野蛮人め……」


 声がする。大体の方向は分かる。多分ヴァイトなら、感覚で位置を把握できる。


「ヴァイトさん!」

「おうマモリ!」


 マモリさんが【ベルゼビュート】をヴァイトに渡す。ユクちゃんは、また飛んでる。


「手錠をしたまま剣を振るうつもりか!?」

「あ?」


 現れた。ヴァイトの目の前。タクトを一閃。

 ヴァイトは反応した。けど、肩口を切り裂かれた。


 そしてまた、消えるレクト。


「馬鹿野郎。俺も叫ぶんだよ」

「!」


 すう。

 ヴァイトが息を吸い込む。拘束された手で、魔剣を握って。


「【ベルゼビュート】ォォォォオ!!」


 爆発。

 そんな錯覚がするほどの轟音。私もトミちゃん達も、吹き飛ばされる錯覚。尻餅をついた。


 バカン。

 勢いよく、ヴァイトの手錠が吹き飛んだ。あの巨大な剣を。

 片手で、振り回した。


「さあて。ようやく試し斬りだ。なあ【ベルゼビュート】。あの機人とかいう奴。食っちまおうぜ」


 睨む。虚空。


「…………俺は引かんぞ。隊を全滅させて、おめおめ帰れるか。お前の首級を挙げなければ、それは死んだと同じだ」

「あァ――大変だなァ兵隊さんよォ!」


 突進。直進。ヴァイトは全速で斬り掛かる。初太刀。体重を乗せた最強の一撃。


 空振りに終わる。


「当たらんぞ。この【隠形剣オンギョウケン】の前では!」

「良いぜ今度は俺が疲れるまで付き合えよ!」


 ぶん。ぶうん。

 毎度、凄い音が鳴る。少し離れたこちらまで衝撃波が届くような。あんな大きな剣が、まるで紙でできているかのように振り回すヴァイト。


「…………あれ、試作段階ですら工場の誰も、両手でも一度も振り回せなかったんだけど」


 マモリさんが呟く。うん。あんなの、無理だよ。使いやすさでいうと、最悪の剣だ。

 それを振り回している間は、敵も迂闊に近付けない筈。


「どうにか、あのレクトの居場所が分からないかな」

「……あれは『光学迷彩』。量産化はされてないだろうけど、機剣としては実用化されたって訳ね」

「こーがく……」


 機剣のことは分からない。姿を消せるなんて、反則だ。


「っ! クソっ!」

「おっ? 今の惜しかったか? よーし、右腕も完全復活だ。段々コツ、掴めてきたなァ! 反撃してみろ!」

「何故分かるんだ! 見えてるのか!?」

「馬鹿野郎。『殺気』が出てんだよ! てめえも俺も、『殺人族』だろーが!」


 いつのまにか、私達は一箇所に固まって。いつものように、ヴァイトの戦いを観る。

 消える敵ならいつ私達に向かってくるかと思ったけど、ヴァイトの獣のような超感覚の猛攻撃を掻い潜ってこっちまで来るなんてできっこない。


「周囲警戒。ユクが飛んでる。わたしはこっち見てるから」

「分かった」

「うん」


 トミちゃんは、もう油断しない。してはいけないと、たった今、今日、体験して学んだ。

 私もだ。見張りくらい、できないといけない。

 特に空。レクトは、飛行船を呼んでいた。帰る手段だ。つまり、人界中央へ行く手段。

 それにも、敵は乗ってる。ともすれば連戦になる。


 もう人質にはならない。足手纏いには。相手は私達の居場所と特徴を知っていた。そういう機械があるんだ。だからもう、トミちゃんの不意打ちも通用しない筈。


「ぐあっ!」

「あ――肩イッたなァ! お疲れさん!」

「やめっ――!」


 決着。


 腕がもげるくらい肩に負傷を受けたレクト。その足がついに止まり、魔剣【ベルゼビュート】によって上半身が弾け飛んでいった。


「ヴァイト!」


 走る。まず。

 私が、声を掛けたかった。

 謝りたかった。


「ごめん! 私油断してて――」

「ふぅーーーーっ」

「ヴァイト?」


 ベルゼビュートを地面に刺して。それを杖代わりに、寄り掛かるヴァイト。

 疲労してる。明らかに。


「ああ、怪我ねえか? ミツキ」

「……私はないよ。ねえヴァイト、大丈夫?」


 呪いだ。新しい魔剣だからかな。こんなに早く?


「とにかく、ここから離れましょう。今なら国境は越えられます。他の警備隊やさっきの機人の援軍が来る前に」


 マモリさんが、ベルゼビュートを鞘に納めて持つ。ついでに、レクトの機剣と、あの飛んでた人の機剣も回収する。


「タキちゃん」

「うん」


 私とタキちゃんで左右からヴァイトを支える。トミちゃんは周囲警戒。ユクちゃんは空から警戒。


「…………」


 なんだか。

 勝ったのに、勝った気がしない。


 言い表せない不安が、多分皆の中にあったと思う。

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